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米津玄師の「心」と「頭」は何が違うのか?

「米津玄師の歌詞を因数分解して分かったこと」<第31章>

*<プロローグと第1章〜30章+番外編Vol.1〜3>は下記マガジンでご覧ください。↓

 久しぶりに米津玄師の「歌詞を因数分解して分かったこと」連載を再開するにあたり、数ヶ月間書きあぐねていた「心」と言うテーマに改めて取り組んだ。

 米津は歌詞に「心」と言う言葉を38曲(全体の41.8%)で使用している。さらに「心」と同じ意味で使っている「胸」「ハート」「心臓」「魂」を加えると、重複もあるが述べ56曲もにもなる。
*”PaleBlue”、”orion”で身体の一部として使用している「胸」は除く

 しかし、いくら歌詞データを眺めても、「心」って何だっけ??と言う迷宮にハマる一方だ。

「心」と「頭」の違いって何?

 散々悩んで思いついたのが”何かとの対比で「心」を浮き彫りにすること”。心と対になるものは「身体」かもしれないが、今回は「頭」の方が明確になりそうな気がした。

 そこでTwitterを使いこんなアンケートを実施。

質問:
もし、米津玄師のどちらかを覗くことができるとしたらどちらを見てみたいですか?

・心の中
・頭の中

 ありがたいことに1,417人もの方にご協力いただいた結果は、真っ二つに割れていた。

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 コメント欄を見ると、「心こそ素の部分」だから見てみたいと興味を唆られる人がいる一方で、「心の中は覗いてはいけない」「心は彼だけのものだから」との慎ましい理由で「頭」を選んだ人もいる。

 また「心=感情、頭=理性」だとか、「頭=心」だとの捉え方もあり「心」と「頭」の定義も様々だった。当然だろう。

 そもそも、「心」と「頭」の区別は心理学、脳科学、哲学など様々な分野の専門家が長年に渡る研究を重ねても明確な答えは見つかっていないのだ。

頭の中は覗き見ることが出来る

 実は「f MRI」と言う装置で頭の中を可視化することがとっくに実用化されており、被験者さえ無意識の”忖度のない本音”を測定することができる。どこまで詳細に解明できるのかは不明だが、”技術的には”米津玄師の頭の中だって覗くことができるわけだ。

 こうして見えた「本音」は、果たして「心」と言えるのだろうか?

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 さらにDecNefと言う技術では直接的に脳をコントロールすることまで可能だと言うから驚く。

人の感覚や行動、感情を、無意識のうちにはっきりと変えることができます。実際には白黒のモノに色が着いているように見えたり、人の顔の好みを変えたり、判断を下すときに自信がわくようにしたり、恐怖記憶を消したり、さまざまなことが実証されています。

2017年 日経ビジネススクール インタビューより
国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所の川人光男所長

 実用化には様々な課題があるだろうが、脳科学、人工知能などの進歩・発展は恐ろしいほどに目覚しい。

歌詞に出てくる頭の中はどうも穏やかじゃない

 「頭」と言う歌詞は11曲(全体の12.1%)に登場する。

*類義で「脳・脳みそ」「右脳」「前頭葉」「扁桃体」を4曲で使用
*”優しい人”で身体の一部として使用している「頭」は除く

 この11曲の歌詞を見る限り、米津は「頭」を「思考・意識」と捉えているようだ。そして、その頭の中は穏やかではない。

 考え過ぎたり、考えがまとまらない苦悩が「ぐしゃぐしゃ」とか「こびり付く苔」などと表現されている。特に頭の中にペンキを溢してしまった”ポッピンアパシー”は重症だし、”MAD HEAD LOVE”の「脳」もヤバいことになっている。

騒ぐ頭と腹の奥がぐしゃぐしゃになったって
(ピースサイン)

ぐしゃぐしゃの頭の中
(シンデレラグレイ)

頭の中にこびり付く苔どうにかしなよ
(caribou)

頭の中ペンキ溢してしまったのさ/
頭が痛い鮮やかな色に塗れて

(ポッピンアパシー)

もう愛から愛へ愛されて愛まで
脳みそ全部そんな感じ/
スッカラカンの脳で歌うたって/
こんがらがった脳で歌うたって
(MAD HEAD LOVE)

 頭の中が「無」になってしまったのはこの3曲。「頭」と「心」の対比が象徴的に描かれている”首なし閑古鳥”の「頭」は呆けて小さいまんまで落ちていってしまう。

僕の声と頭はがらんどう
(ゴーゴー幽霊船)

空っぽもう気づかない
(TOXIC BOY)

お前の頭はどこだい?/
いつか頭は呆けて落ちてった
(首なし閑古鳥)

 米津が書いた「頭」の歌詞で最もインパクトがあるのは”Moonlight”ではないだろうか?

自分の頭 今すぐ引っこ抜いてそれであなたとバスケがしたい
(Moonlight)

 ”Moonlight”はアルバム「Bootleg」を象徴する楽曲であるが、そのジャケットには頭のない男が描かれている。

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 この曲における「頭」の意味は米津がブログに記したこの1文から推察できる。

考えなくてもいいことをあれこれ考えて自意識でパンッパンに張り詰めた脳みそから、まるで栓を抜いてビーチボールを萎ませるように、余計な自意識をお酒は逃がしてくれるのだ。(2017年 公式ブログより)

 過剰な自意識で膨らんだ頭を引っこ抜きボールにしてバスケがしたい。そんな気分が歌と絵に表現されている。

「頭と目ばっか肥えて行き青白い顔」と歌う”百鬼夜行”もまた鬱屈した自意識を描いているのかもしれない。

米津玄師はどんな「心」を歌っているのか?

 では、米津は「心」をどういうものだと捉えて歌詞にしているのか?

曖昧な心
信じられる心
嗄れた心
痛む心
どうにならない心
あなたによく似た心
凛と澄む心
ガラクタみたいな心
病んだ心
受け取る心
煩わしい心
冷めきれないままの心
痣だらけの心
虚ろな心……


 例えば、上記の「心」を「頭」に置き換えてみてほしい。意味やニュアンスがかなり違ってしまう。

「心から〜」「心残り」「心遊ばせ」のような慣用句はもちろん、心を主語にした下記のフレーズを見ても「頭」に置き換えることは難しい。

心は晴れやか
心は帰れない
心は不揃いなまま
心開けなくて
心満たしてよ
心が重い
心は行く
心溶け出して
心あるまま
心は揺れる

 こうして比べてみると「頭」と「心」は明らかに使い分けられているように思う。少なくとも米津の歌詞において「頭=心」ではない。

 おそらく「私に心を見せてくれ(心像放映)」や「誰かの心の中見たいくせに(懺悔の街)」と歌っているものも「頭」では代替できないのだろう?

 だが、「胸」を想いや記憶の「容れ物・居場所」として捉えている歌詞が多く、これらはすべて「心」と言い換えても成立する。

上手く伝わらない想いだけが胸に残った
(Nighthawks)

消えちゃいそうな光がきっとまだ 胸に住んでいた
(打ち上げ花火)

胸に残る一番星
(かいじゅうのマーチ)

僕の胸には嵐が 住み着いたまま離れないんだ
(春雷)

まだ胸に夢を灯し
(飛燕)

胸に残り離れない苦いレモンの匂い
(Lemon)

胸の奥、心の中にあるくだものが涙を吸い込み
(こころにくだもの)

「心」は最も普遍的なものなのかもしれない

 頭とは言い換えられない心とは??ふと思い出したこのインタビューにヒントがあった。

1000年前の人間たちが感じていた怒りや悲しみ、喜びは、きっと今の自分たちが感じているものと変わらないだろうと。
(略)
もし1000年後にタイムスリップすることができて、そこに暮らしている人と話ができたとしたら、文化の違いは感じるだろうけれども、最終的には友達になれると思うんですよね。
(2020年 ナタリーインタビューより)

 もしかしたら「心」とは固有で複雑なものではなく、思っているよりもずっとプリミティブで普遍的なものなのかもしれない。

 感情や、本能とも呼ばれる遺伝子の記憶、何かを美しいと思う気持ち、欲も愛もまた、いつの時代でも変わらぬ「心」なのではないか?太古の民も未来の人類も、今を生きるあなたも米津玄師も皆んな似たような「心」を持っているからこそ、根っこの部分で共感し合える。

 膨大な語彙が生茂る樹海のような思考回路を、這いずり回って選んだ言葉が透明な心に色を添えた時、歌に米津の血が通う。

 4年前、米津はブログでこんなことを書いていた。

感情というものの正体も早く解明されてほしい。言語化が不可能な領域を人間はまだ持っていて、そういう混沌の空間が芸術の領域として守られているのだろうけど、そこらへんをなんかエーアイとか機械とかにこじ開けられたらどうなるだろう?(2017年 公式ブログより)

 前述の脳科学技術の研究では、人の技能や行動パターンをコピーしてロボットに移植するという試みまで行われているそうだ。そう遠くない将来、米津玄師の脳を解析したAIが米津っぽい曲を作り出すようになるかもしれない。

 その歌は私たちの心を揺らすのだろうか?


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<Appendix>

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