頑なにカタカナ?米津玄師の曲名表記を考察してみた
「頑なにカタカナ」はポリシー
いつかのインスタライブで「歌詞の中に英語を入れない理由は何ですか?」というリスナーからの質問に対し、米津玄師の回答には意外なほど強い信念があった。
「これは自分の中でいつの間にかポリシーみたいになってるんだよね」
とは言え、数曲に英文歌詞が存在し実際に英語で歌ってもいる。
ただし、歌詞表記はすべてカタカナだ。しかも「I love you」は「アイラブユー」ではなく「アイラービュー」、「I want you」は「アイウォントユー」ではなく「アイオンチュー」と歌になった時の聴こえ方をそのまま表記している。
米津にとって「アイラービュー」も「プリーズヘルプミー」も「英語ではなく日本語の延長線上にある和製英語という意識」だと言う。
最新シングルのカップリング曲「ETA」も「Wake up girlfriend/boyfriend」「Good night old friend/best friend」と歌っているが、歌詞表記は「さあ起きて子供たち」「もうおやすみ古い友達」になっており、どこまでも日本語に拘っていることが窺える。
タイトル文字表記の基準
私たち日本人は漢字、ひらがな、カタカナを無意識にミックスしたり使い分けたりしている。これだけでもしばしば外国人に驚かれるが、時々アルファベットも混ざったりするのだから、改めて考えてみるとなかなか複雑だ。
歌詞だけでなく話し言葉でも美しい日本語を紡ぐ米津玄師。彼は音として聞く言葉と、文字として見る言葉を丁寧に熟考し、綿密に計算し厳選しているように思う。それは当然曲のタイトルも同様だろう。
既発の全94曲+著書の付録「love」も含めた95曲の文字表記の内訳を見るとアルファベットが最も多く、そのほとんどが英語だ。(フランス語1曲)
タイトルだけは「頑なにカタカナ」ではないようだ。
使っている単語自体は決して難しくはないが、一般的な英語力だと意味や発音がわからないかもしれない曲もある。例えば「fogbound」「KARMA CITY」「Calibou」「PLACEBO」「ETA」あたりはネット検索した人もいるのではないだろうか?
アルファベットは
大文字と小文字で印象が違う
筆者も「fogbound」の意味が分からなくて辞書を引いた。
直訳すれば、「霧によって旅行や仕事に支障がある状態」で、英和辞典にはこうある。
まさしく「fogbound」という曲にふさわしいタイトルであると同時に、全て繊細なアルファベット小文字にすることで、濃い霧の中で行き先を見失った寄る辺ない諦観が表現されているように思う。
カタカナで「フォグバウンド」と書くと、どこか可愛らしく、全て大文字の「FOGBOUND」だと妙に力強く、この曲のフワフワと漂うような不穏さが削がれるような気がする。
他にも全て小文字のタイトルは「orion」「amen」「vivi」「love」の4曲。
逆に全て大文字なのは「MAD HEAD LOVE」「LOSER」「PLACEBO」「KARMA CITY」「WOODEN DOLL」「TOXIC BOY」「TEENAGE RIOT」「POP SONG」の8曲。(ETAは略語で小文字表記しないので除く)
比べてみていかがだろうか?
なんとなく小文字タイトルはダウナー系、大文字の方はアッパーな感じがしないだろうか?(KARMA CITYなど例外はあるが)
「Flowerwall」
そんな英単語はない?
アルファベット表記タイトルの中で謎なのが「Flowerwall」だ。Flowerとwallの間にスペースがなく、「FlowerWall」のようにキャップ&ローでもなく頭文字だけ大文字にした1語になっている。
が、そんな英単語は辞書*にはない。
(stonewall、firewallという言葉はあるがいずれも”石の壁”、”火の壁”という意味ではない)
*ジーニアス英和/オーレックス英和/プログレッシブ英和/オックスフォード英英/ロングマン英英:調べ
だが「Wallflower」という単語は存在している。
「独りぼっち・仲間外れ」という意味だ。パーティなどで誰にも相手にされず1人ポツンと隅っこにいる人のことを「壁の花」という日本語もあるが、同じような意味である。
「Flowerwall」は、孤独だった主人公が”悲しみも優しさも希望もまた絶望も分け合える”人と出会い、何があっても2人で乗り越えて行こうとする歌だ。
そこで「Wallflower」をひっくり返したのではないだろうか?もう「独りぼっち」ではないと。
深読みし過ぎだと思うが、何らかの意図がなく存在しない英単語をタイトルにしたとは考えにくい。
タイポグラフィー的なタイトル表記
アルファベットは大文字・小文字をどう使いわけるかで印象が変わる。さらに同じ読み方でも英語か他言語かでも表記が違う。
「décolleté」という曲ではフランス語表記を採用している。eの上についている点を”アクサン”というが、これが入るだけでスペルが同じ英語の「decollete」よりもフェミニンな印象になる。
パリの娼婦街サン・ドニの風景が似合いそうなこの曲にぴったりだ。
中国語表記の「爱丽丝」も、もしカタカナで「アリス」だったり、アルファベットの「ALICE」だったら、まんまダイレクトに「不思議の国のアリス」に接続してしまい、常田大希の歪んだギターがギュインギュイン鳴ってるヘベレケ狂乱のワンダーランドの雰囲気は出なかったであろう。
この曲名表記に関しては米津本人が下記のように言及している。
カタカナ表記の英語タイトル
外国語をカタカナで表記したタイトルは21曲あるが、うち完全に外来語として日本に定着しているのは「カナリヤ」「パプリカ 」「メトロノーム」「ピースサイン 」くらいだろう。
また、「カムパネルラ」「サンタマリア」は固有名詞、尊称。「アイネクライネ」はドイツ語で”小さい”という意味である。
上記以外のカタカナタイトルを英語表記し適当に直訳すると以下のようになる。
Unbelievers(不信者たち)
will o' the wisp(鬼火・狐火)
Cinderella Gray(シンデレラの灰色)
Disco-balloon(円盤風船)
Donuts hall(ドーナツの穴)
No.9(9番)
Fluorite(蛍石)
Petrichor(石のエッセンス*)
*ギリシャ語由来
Poppin' apathy(ひょいと現れる無気力)
Mirage song(蜃気楼の歌)
Melancholy Kitchen(憂鬱な台所)
Living Dead Youth(生きる屍の若者)
Hope Land(希望の地)
Toy Patriot(子供騙しの愛国者)
「ペトリコール」「ウィルオウィスブ」「フローライト」などはいきなり難読になる。
「トイパトリオット 」は歌詞を見るに「玩具みたいな迎撃ミサイル」ということだろうが「Patriot」の第一義は「愛国者」であることから、うっかり辞書を引くと余計わかりづらくなる。
興味深いのは「ホープランド」。英語表記すれば「希望の地」という意味になるが、この曲が示唆する現実は厳しい。
狭いコミュニティ内での閉塞感、孤独感に理解を示し優しく手を差し伸べているようで、最終的には「あとは君次第」と突き放している。
余談だが、アイスランド出身の人気バンド「シガー・ロス(Sigur Rós )」はホープランド 語で歌うことがある。それは「その言葉と一緒になると良い音のするノイズ」として創作された架空の言語だ。つまり意味を持たない「音」としての言葉である。
↑2002年のアルバム()より。ホープランド 語で歌われている曲
実在しない「ホープランド」。言語として存在する「ホープランド 語」。米津の歌う「ホープランド」がシガー・ロスにヒントを得たかは不明だが、どこかでリンクしているようにも思える。
「実際にないものでも”君次第で自由に創り出していいんだよ”」と。
曲名の表記はその文字選びにも、いろんな意味や願いや美意識が複雑に絡み合ってるに違いない。それは大切な子供に命名するのと同じことだから。
最後まで読んでいただき、いつもスキ・フォロー・シェアしていただき本当にありがとうございます!
*文中敬称略
*Twitter、noteからのシェアは大歓迎ですが、記事の無断転載はご遠慮ください。
*インスタグラムアカウント
@puyotabi
*Twitterアカウント
@puyoko29
米津玄師を深堀りした濃厚マガジンはこちらです。↓
<Appendix>
*赤文字はシングル曲