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フエ

 寝台列車というものに憧れがあったので、その交通手段を用いてフエに向かった。
 乗車時刻は20時半、四つのベッドが備えられた客室に入ると、すでに消灯している。もぞもぞの動く気配があり話し声も聞こえてくるが、挨拶するのもはばかれて二階のベッドへ上ろうとするも、上がり方がわからない。日本じゃないのだからさもありなんと思い、一段目の人が寝ているベッドを踏み台にして上がる。読書灯はあったのでそれをつけ、荷物を整理してつつ、なんともなしに隣を見ていると、狭いベッドに頭と足を交互にして二人一組で寝ている。そういうのもありなのか。確かに運賃高いしな。やることもなく、腹も減ったので、私もすぐに就寝。
 翌朝五時には皆起き出している。昨日の二人で一組はさすがに大人と子どもだった。それにしても狭いのは確かだと思うけれど。
 腹が減り、食堂車というものに憧れがあったのでそちらを目指そうとするも、どこにあるのかわからない。とりあえず車両探索でもしようかと思い、前方に進行するがありそうな気配がない。今度は後方に向かったが、そちらから車内販売のワゴン車がやってきて、すれ違うのに難儀する。また一台と来たときに面倒くさくなってしまい、すれ違いがてらカップラーメンと細長いパンを購入してそれで済ましてしまう。

エースコック進出してたのか


 トイレ横に給湯機があり、その前に人が座っている。危なっかしいからどいて欲しいのだが、そんな様子もなく、横から手を伸ばしておそるおそるカップ麺にお湯を注ぐ。車両は揺れる。カップ麺のカップの素材が薄いので手が熱い。お湯が指にかかる。悶絶する。
 それでも床に落としてぶちまけなかった私を、私は褒めたい。


 フエに到着し、チェックイン。荷物を下ろし、夜になりつつある街をぶらぶら。
 その途中、道ばたで飲んでいる酔っ払いに声をかけられ、これも出会いかと混ざり込む。ベトナム人三人とドイツ人が一人おり、バイクタクシーの運転手とその客らしい。バイクタクシーの運転手と聞いて、あ、ヤバいかもと思ったが、目の前のビールの誘惑に勝てずそのまま杯を交わし続ける。それからしばらくして、ドイツ人がなにやら紙に草を巻きはじめたので、なんだそれと聞くと、マリファナだと答える。ドイツで合法なのか聞くと、違うと答える。ベトナムで合法なのかと聞くと、違うと答える。ベトナム人たちはニヤニヤしている。
 我に返った私は、さてそろそろと、席を立とうとした。すると、おいおい明日の観光の段取りがすんでないじゃないかと引き留められる。いや、明日はひとりで観光するつもりなんだと言うと、じゃあここの会計はすべてお前が払えときたもんだ。私は財布の中身を見せて200,000ドンしかないとアピールする。ベトナム人がそこにATMがあると言う。私はカードは持ってきてないと応える。それじゃあお前どうするつもりだと聞いてくるので、とりあえずこの金はここに置いていくから、いったん宿に戻るよなどとテキトーなことを言って急いでその場を後にした。幸い彼らは興が冷めたのか、追ってくることはない。 
 篠を突くような雨が、フエの街に降り注いでいる。
 まったく、現地に着いたその日に、ムダな散財をしないと気が済まないのか。
 私はずぶ濡れになって反省しながらも、やっぱり現金を別にしておくって大事よなあとも思っていた。

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