小説『SAUDADE #2』移民会社と違うブラジル、帰れなかった
昔、移民船の笠戸丸で日本からブラジルへ渡るには約50日以上かかった。船内の環境は、どこも人だらけで密集し、不衛生だった。ブラジルの地へ到着する前に、船内で病気になり亡くなってしまう人もいた。
知らない者どうし励まし合いながらの渡航だった。
皆、新しい生活にむけて前途洋々だった。
実際、移民会社は、「ブラジルへ行けば何でも手に入る」と皆に説明していた。
ブラジルへ到着した一行に用意されていると聞いていた農地は、何もなかった。日本から乗ってきた船はすでに港を出航している。帰る手段もお金もない。
現地のコーヒー農場主に雇われたひとたちもいた。
案内された家は、扉もない牛小屋のようなところだった。粗食でも重労働に耐え、勤勉な日本人はブラジル人農場主から大変重宝がられた。
タツオは結婚したばかりの妻と、兄夫婦と、その15歳の息子とブラジル移民船へ乗った。ブラジルへ到着してから、みんなでジャングルへはいった。休みもなく、ヤシの木や、葉で家をつくり、毎日木を切って燃やし、畑をつくり、野菜や果物の木を植えた。
過酷な労働つづきだった。妻と、授かった子どもはブラジルの土になった。
タツオは、ブラジルに残る決心をしていた。今は新しくできた家族も家もブラジルにあり、帰る場所はブラジルにしかない。日本で生まれ育った家は、親も亡くなり、世代も代わり、すでに帰る家ではなくなっているのだった。
現在、日本へ出稼ぎ労働でやってきた日系ブラジル人たちは、仕事や、生活の面でも外国人扱いされ、ブラジルを恋しく思うひとも多い。
《SAUDADE(サウダーデ)》ライブの時間がちかづく。バンドのメンバーの一人が、脇にギターを抱え、店の奥の小さなステージへやってきて、チューニングを始めた。もう一人は、ドラムセットの前に座り、優しくドラムを叩く。
客席から、数人の拍手や歓声や指笛が聞こえてきた。マイクを片手に持った長い黒髪の20歳代前半位の女性が歩いてくる。客席の何人かと話をしながら、歩いている。ステージの正面までやってきた時、店内のライトが消え、ステージだけが明るく照らされた。
褐色の肌、長いまつ毛、引き締まった体、長い手足。
「こんばんは、リカです。今日はありがとう。ゆっくり楽しんでください」
リカは、ギターと、ドラムのひとと笑顔を交わし、頭でリズムをとりはじめ、指を弾くと同時に演奏がはじまった。ボサノヴァのリズム、熱い風や、波の音のようなリズム。