番外編2:本当に医者になりたいか?後悔しないか?


研修医一年目の誕生日のこと

(一部改変、というか記憶が曖昧)


 午前0時、年齢が増えた。この時自分は病院のデスクで重症心不全の治療について勉強していた。集中治療室の入院患者を主治医として診ており、自分がちゃんと勉強して治療しないと患者が死んでしまうからだ。もっともどれだけ治療しても救命できる見込みは少なかった。しかしだからといって匙を投げるわけにはいかない。午前1時ごろに病院で寝た。

 午前5時、指導医からPHSに連絡があり起きた。救急車で心筋梗塞疑いの患者が来るという。そのまま治療室に直行した。検査の結果、予想通り患者は心筋梗塞であり、治療した上で入院とした。主治医は私である。入院に必要な書類を作成し、患者および家族に諸々説明し、治療に必要な点滴や薬剤などをオーダーした。この時点で、確か午前9時くらい。

 ひと段落した所で少しだけ休憩した。仮眠をとりたいところだが、上記以外に5人くらい主治医として入院患者を診ていたので、回診に行った。その回診の途中にPHSが鳴った。集中治療室の患者について報告があり、集中治療室に向かった。状態が増悪しており、昇圧剤の流量を変更した。それも含めカルテを書いていると、今度は先ほど入院した患者のことで呼ばれ、病棟に急いだ。

 午後は少し休みたい、と言いたいところだが、午後は患者の検査を予定していたので、検査室に向かった。検査中またPHSが鳴り、入院患者のことで報告を受けた。検査中ですぐには行けないので口頭で指示した。検査後はもちろん休む間もなく、報告を受けた患者のところに行った。

 とあちこちに呼ばれまくって疲弊していたが、あまり休めなかった。集中治療室の患者が思うように良くならない。むしろ増悪していた。この夜も本を開き勉強を続け、気づけば誕生日は終わっていた。寝ても集中治療室から呼ばれるだろうと思い勉強し続けた。予想通り集中治療室から呼ばれたので病棟へ向かった。この時、午前3時だった。


それでも、医者になりたいですか?


 もっとも、上記はたまたま誕生日だっただけで、一年365日ずっとこうだったわけではないんですけど。ただ二週間くらい毎日夜中に呼ばれて、患者だけでなく私も死にそうになってましたけどね。また、こういった経験を積んだおかげで治療や病状のコントロールが上手くなり、二年目では呼び出し回数がぐんと減りました。

 さて前述の記載を見て、やれ労働基準法がとか、そんなに働きたくないとか、そんなに働けないとか、そう思うなら医者にはならない方がいいです。医者の世界にも働き方改革が導入されつつあるでしょうが、誰かが夜中も働かなければならないことには変わりありません。はっきり言って、医者はブラックなんです。給料は一見高そうですが、単位(労働)時間当たりの給料で考えると割に合うかは疑問です。給料が高いから、という理由で医者を志している人は、銀行員を目指した方が良いと思います。

 逆に、「給料が安かろうが休めなかろうが、患者のために我が人生を尽くしたい」という人は医者に向いていると思います。あなたにはそれくらいの覚悟があるでしょうか。私は研修医の二年間、ほとんど寝場所は病院でした。勉強するため、そしてすぐに患者の対応ができるようにです。また志願して、二年目では人の倍だけ当直をしました。これは自分で勝手にやったことなので人には強要しませんが。


 さらに、医者はその仕事をする以上、勉強し続けなければいけません。医学部で教えられる知識は氷山の一角に過ぎず、むしろ医者になってからの方が勉強は大変です。ある程度広い知識を持った上で、自分の専門領域については深く習熟しなければならず、またそれは日々アップデートされるので一度覚えたらお終い、とはなりません。また座学で習得できることだけではなく、検査や治療の手技(手術など)も身に着け、他人と円滑にコミュニケーションできるようにもなる必要があります。

 

医学部入学後に退学した人たち


 私の同期で留年も退学もしなかったのは、8割くらいです。なおその内1割弱が国家試験で不合格となり国試浪人になりました。国立大学の医学部医学科に入学できた、つまり頭が悪いわけではないはずなのに。医学部の試験はすべて必修科目なので、一つでも単位をとれなかったら留年決定という理由はあるでしょう。また、知識の暗記をとかく求められるので「数学は得意だが暗記は苦手」という人は不利かもしれません。これはこれで医学教育に問題があるとは思いますが(いつか記事にします)。ただ、これは私の感想にすぎませんが、入学後にどれだけ強く、医者になりたいというモチベーションを持っているかがポイントな気がします。

 要するに、入学前の成績・偏差値がいくら優れてようが、入学後もスムーズに試験を乗り越えられるとは限らないのです。成績が良いから医者になろうかな、という人はこのトラップに引っかかるかもしれません。

 留年のディスアドバンテージは大きいですが、それでもまだ医者になれたならましです。一番悲惨なのは、退学です。問題をおこして退学処分になった場合もそうですが、試験に落ち進級できず、自主的に退学するのは本当に悲しく思います。私の同期の内、四、五人が進級できず、大学を去りました。この中には現役合格の人もいました。すなわち浪人した私より頭が良かったはずなのですが。

 確かに向き・不向きというのは、やってみないと分からないこともあります。こういう進級できない場合に他学部へ移籍できたらよいのですが、私の母校のようにそういう制度が無いこともあります(というより多分その方が多いでしょう)。すると退学した後に他学部に入りたいなら、また大学受験をしなければなりません。なかなか難しいかもしれませんが、大学受験で学部を選択する際、将来自分がそれに打ち込める、その道の専門家になりたいという強いモチベーションがあるかどうかは非常に重要だと思います。


医者になったのにやる気のない人たち


 これはこれで悲惨です。何が悲惨か。「やる気の出る」職業に就けなかった本人にとって。そして、そういう医者に当たってしまった患者にとって。

 医者に向いてなかろうがやる気がなかろうが、医学部に入学・卒業して国家試験にも合格すれば医者になってしまいます。正直「なんで医者になったんだ?やる気が無いなら辞めればいいのに」と思うんですが、たまにそういう医者に遭遇します。そして、やる気は無いが実力はあるというわけでもなく、むしろ実力も無いパターンが多いです。

おそらくこういう人は、実際の医者は自分が想像していたものと違っていたとか、他にやりたい職業があるわけではないとか、大学受験をやり直してまで他学部に行こうとは思わない、などと考えたのでしょう。

 しかしそれでも医者になったのなら、職業として選び働くのなら、やる気どうこう以前にしっかり勉強し、働かなければなりません。病気で苦しむ患者を見て何とも思わないのでしょうか?

 


 入学前に高いモチベーションや興味があるからといって、入学後もそのモチベーションを保てるとは限りません。しかし医者になるにあたり、入学前の強いモチベーションは必要条件に思えます。退学した人たちや、モチベーションの感じられない医者を見ると、そう思えてならないのです。

医学部に入る、ないし医者になることがゴールではないでしょう。

「良い医者になる」ことがゴールのはずです。



過酷な労働環境でも耐えられますか?

退職するまで勉強し続けられますか?

受験の時に成績が良くとも医学部では進級できない人、国家試験に受からない人がいます。

成績が良いからといって医者にむいているとは限りません。「自分は医者にむいていない」と感じ、無気力に医者をしている人がいます。

医学部に一度入ってしまえば、簡単には他の学部に変更できないかもしれません。


それでも医学部医学科を受験しますか?


それでも医者になりたいですか?


本当に後悔しませんか?



堂々と「それでも医者になりたい、後悔しない」と言える人に、医学部医学科を受験してほしいと思います。


以上





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