本物①


私の前には、戦国時代から抜け出してきた足軽のような格好をした男が訝しげに立っている。

「本当に大丈夫なんだろうね?いまだに半信半疑だよ」

私は仕立てのよいスーツに身を包み、鷹揚に応じた。

「安心してください。"本物"をお見せしますよ。」

そばから見たらひどくおかしな光景に映るに違いない。ここは貸衣装屋か何かだろうか。いや、違う。もっと素晴らしいものだ

「あなたを紹介してくださったご友人から何かご不満はお聞きになりましたか?」

「うーむ…確かに不満どころか彼は褒めちぎっていた。しかも言っている事が真に迫っていた。目の前で起こったことを話すあの様子、あれは普通じゃなかった」

「そうでしょう。私達はこのサービスを本当のお金持ちで、かつ教養を持ち、秘密を守れる間違いのない方にしか提供していません。」

教養を持つと言われて男は顔をほころばせた。

「そうだろう。世間では私を成金とかいうやつもいるが、わしほど歴史を愛し好きなものもおるまい。そこらの学者よりよほど詳しいぞ」

目の前にいるこの男は、株式投資で巨万の富を財を築いた後、自分の私財で故郷にある古い城の修復を一人で負担し話題になった生粋の歴史オタクなのだ。

「そうでしょうとも。あ、そろそろお時間です。こちらへ。」

「うむ」
私は男を別室へ案内した。


私がこの事業を思いついたのは5年前、その頃、私はある放送局でかなりの地位を築いていた。来年あたり、1年を通じて一人の歴史上の人物を描くあの誰もが知っているドラマの監督になるのではないか。そう誰もが噂していた。しかし………


「大河ドラマは来年度を持ちまして終了いたします。」

記者会見で局のトップが沈痛な面持ちで説明している。

「長年皆様に愛され親しまれてきました大河ドラマですが、多くの人物を取り上げ一定の使命を果たしたと考えております。今後は……」

私は途中から目の前が真っ暗になり、テレビの音が聞こえなくなった。

私は子供の頃に観たある大河ドラマ見て以来、その虜になり、この業界に入った。

見るのと作るのでは大違いで、初めはずいぶん苦労したが、徐々に才能が認められ、自分が密かに目をかけた各分野のスタッフも育成し、万全の準備をしていたのに…。

局は大幅なリストラも敢行、私も給料が下がり、顔見知りの何人かが局を去った。私は抜け殻にようになり、上から指示されたつまらない作品を惰性で撮るようになった。今まで培った技術や知識が何の役にも立たなくなり、まさにいける屍。

「〜さん、見てくださいよ。俺たちは安い給料でこき使われてるのにこんなやつらもいるんですね。」

スタッフが渡してきた新聞には、この国で何人目かの宇宙旅行に行ったある大金持ちの帰還が大々的に取り上げられていた。

「せいぜい何日かの旅行で、俺たちが何万年働いても払えないお金を出すんだから、あるところにはあるんですね〜」

私はその新聞をぼんやり眺めながら、思った。こういうやつらは世の中の贅沢をやり尽くして常人が思いつかないことになら大金でもポンとだすんだな。そしてふとあるアイデアを思いついた。


私が思いついた事業、それは歴史上の有名なシーンを忠実に再現し、それを大金持ちの客一人のために本物のように見せるというものだった。本物のシーンが見られるならいくらでもお金を出すやつはきっといるはずだ。

 大河が終わり、時代劇専用の役者、エキストラ、時代考証など大河で食べていた人は困窮している。彼らに声をかければスタッフはいくらでも集まる。

 しかしいくつか問題があった。どんなに本物のように作ってあっても、現実と地続きでは所詮作り物、遊園地を貸し切ってショーを見ているのと同じだ。それでは大金は払ってくれないだろう。

 その時、私はある男を思い出した。その男は腕は確かだが売れない催眠術士で、私が若い頃番組で使ったもののド派手な手品などに比べ地味だったため一回で降板されたやつだ。

私は男に連絡し、呼び出して自分の計画を話し、術をかけた人間に自分が歴史上の実際のシーンにいるかのように錯覚し、あわせてこちらが作ろうとしているものに都合のいいように、調整する暗示をかけられるかというものだ。
長年売れずに催眠術の腕を磨いていた男はたやすいご用といわんばかりに私に暗示をかけた。
すると私は、突然あの日の関ヶ原に立っていた。聞こえる鬨の声、山から下る大軍勢、わぁ…となったところで暗示が解けた。

「なかなかのものでしょう。ここに暗示を補完するセットや役者がいれば…」

「素晴らしい。これだけ払うからうちの専属で頼む」

私はその後、口が固く信頼できるスタッフを密かに集め、並行して匿名掲示板で、時間跳躍の技術が極秘に開発されたたらしいという噂を流した。秘密研究所の研究員を名乗り、暴露するというスタイルだ。荒唐無稽かと思うかもしれない。実際、ほとんどの者はばかばかしいと一蹴した。しかし、辛抱強く名前などを変えてやっていると、本当ではないかというものが何人か現れ、専用のスレッドがたち、まとめサイトがたつようになった。

 人間、特に男はオカルトが嘘だとわかっていても心のどこかで本当であってほしいという心が必ずある。わざわざ専用のスレッドがたつということは、そろそろ頃合いだ。

 私は慎重に財産、歴史知識、性格、口の固さなどを調べ上げたある男にターゲットを絞った。その男はある急成長している建設会社の社長で、かつ新撰組の大ファン。社訓まで新撰組の隊規を元に作ってあり何人も退職者が出て現代の新撰組を自称する筋金入りの男だった。

 はじめ男は疑わしそうに話を聞いていたが、もし満足できなかったら、払った金額を倍にして返すというと急に手のひらを返し話にのってきた。

あとは男を時間跳躍までの訓練と称して、呼び出し、適当なセットでもっともらしい訓練をやらせる。そして催眠術士監修の元、徐々に暗示をかけていく。男がこうだったんじゃないかという歴史知識と最新の研究とのすり合わせ、セットの外には行けないような暗示、男のチューニングが進む。そして本番、男には新撰組が尊王の志士を襲撃した池田屋の雇われ人として避難した桶の中でその光景を見てもらった。

新撰組と志士が命懸けで斬り合っている只中にいられたら、邪魔だし段取りが狂う。それにあえて見えづらいところから見たほうが強烈なイメージで残るはずだ。

 時間旅行を終え帰ってきた(と思っている)男は感激の涙を流しながら私に大金を払い、信用できる他の客を紹介したいと言ってきた。私はこの事業はあたると確信した。


「社長、大変です!」

昔の苦労を回想していた私はスタッフの慌てた声に現実に引き戻された。(続く)

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