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マッチングアプリの女に誘われて人生初のコンカフェ行ったら信じられないくらい気まずい体験をした話

二月も後半に差し掛かったある日の夕暮れ、行き交う人々が各々の家に向かうために電車に乗り込む大きな流れを避けながら逆走する男が1人いる。

そう、私だ。ガラガラの車内から抜け出し、目の前の帰宅ラッシュの波に若干躊躇しつつも、その足取りは衰えない。彼の心はただひとつの好奇心に従って歩を進めていく。

事の発端は某マッチングアプリで出会った女性との会話である。

大学のテストが終わって暇を持て余していた私は、その暇を潰すためにタッ○ルで指がもげるまで右スワイプをしていた。

ちなみにTin○erは何故かアカウントが利用停止になってしまったので使えなかった。

Ti○derと違ってタップ○は男性の場合、メッセージをするには月額利用料を支払わなければならないので、その金を無駄にしたくない一心でスワイプしていた。

そんな中、とある女性とマッチングした。

若干地雷感のあるメイクと服装をしたその人は、塩対応、会いません、苦手だと感じたらすぐブロックしますといった、なんでマッチングアプリやっているのかよく分からないようなプロフィールをしていた。

マッチングアプリをやると、まだプロフィールを設定してないのに次から次へといいねが来てウザイと知り合いの女性が言ってたので、恐らくはそれを嫌ってのことなのだろうか。

とりあえずこちらから挨拶のメッセージを送ると、意外とすぐに返事が帰ってきた。

送られてくる文章はどれも素っ気ないものだったが、まあ塩対応らしいしこんなもんかと思いながら会話をしていた。

しばらく話していると、「さっきコンカフェの面接して、これから体入なんだけど来ない?」とメッセージが来た。

体入とは体験入店の略称で、とりあえず一日だけ働いてみない?と言った軽い感じのもので、1度体験した後にそこで働くかを決めるらしい。

…いやいや唐突だな。

私はこれまでの人生で、いわゆるコンセプトカフェと呼ばれるものには入ったことがなかった。元から行きたいとは思ってなかったし、これからも行くことはないだろうと思っていた。

しかし、誘われてしまったからには行ってみるしかないだろう。私のフットワークの軽さを舐めるな。誘われれば県外だろうが国外だろうがどこにでも行く。

幸いにも、そのコンカフェは駅の近くにあったおかげで比較的に楽に到着することができた。ビルの中にあったその店は、重々しい扉と大量の張り紙のせいで、まるで異世界にでも来てしまったかのような錯覚を覚える。

さあ!いざ入店!と決意してから10分。そもそも私は入店の方法が分からないのだ。このまま入ってもいいのか?中にいる子に案内してもらうのか?何も分からない。

とりあえずその子にどうやって入ったらいいのかを聞くと、そのまま入っていいらしい。拍子抜けである。

ノックをして扉を開けると、中には2人の女の子がいた。
1人は茶髪の化粧が濃い女の子で、もう1人は黒髪の小柄な子。

「体入の子に呼ばれて来たんですけどー」

と言うと、2人は言ってる意味が分からないとでも言うように顔を見合わせる。

いや、片方だけならまだしも、なんで二人共不思議そうな顔をするんだよ。どちらかは俺を誘ったことを覚えてろよ。

とりあえず茶髪の子に案内されて席に座る。
飲むと異様に歯がギシギシするコーラを飲みながら、ここは何をする場所なのかを聞いてみた。

「ここは女の子とお話するところですよー」

そりゃそうだ。女の子2人と椅子とテーブルしかないのに他に何をするというのだろうか。

というわけで他愛もない雑談をする。Tinderで練習したトークスキルを舐めるな。沈黙なんてさせないぜ。

茶髪の女の子とは多少話が盛り上がったのだが、もう1人の子は一切話に混ざってこようとはしない。

こちらとしても仲間はずれは好きでは無いのだが、こちらから話を振っても

「あっ…はい…」

「そうですね…」

確信した。俺をここに呼んだのはこの子だ。てかなんで呼んだ張本人が会話に混ざってこないんだよ。おかしいだろ。

しばらく話すと、茶髪の女の子は退勤する時間になってしまった。

「今日は楽しかった!また話そうねー」

と言って去っていった彼女の背中を俺は意地でも引き止めるべきだったのかもしれない。

次の子は1時間後に来るらしいので、それまで待っててね。との事だったので、1時間待つことにした。

突然だが、コミュニケーションとはキャッチボールによく例えられるが、それは、ボールを投げる側とキャッチする側がいて初めて成り立つものという共通点があるからだろう。

重要なのは、どちらかがその役割を放棄した瞬間にコミュニケーションは崩壊するということだ。

「そういえばさ、タップルで俺の事呼んだのって○○ちゃんだよね?ここで働いてみてどうだった?」

「…………いいです」

「………………そうなんだー」

「…………………」


……………何が!?!?!?
仮にもお店の女の子とお話するというコンセプトのお店でお話を放棄しないでくれよ!!!!!

え?俺この子と1時間一緒にいなきゃいけないの?待ってくれ待ってくれ。
というか、今日初めて出勤する女の子を一人にするってのは一体どういうことなんだ?

店内には何故かBGMすらかかっていない。茶髪の子が帰る時に切ってしまったのだ。


ただ、ひたすら、無音。やることがないので虚空を見つめながら立っている女と、やることがないので30秒に1回コップに口をつける水飲み鳥と化した男。密室で男女二人、何も起きないはずがなく……。という展開もなく、ただただ時間が無常に過ぎていった。


水飲み鳥。こんなかんじのやつがコップに顔面突っ込んだりする。


無言の時間の末に、遂にその時が来た。
私は時計を見る。ちょうど1時間が経過。新しい子は……来ない。

「あっ……あのさ、茶髪の子が帰ってから1時間経ったけど誰も来ないね…」

「……」

無言の返事とともに、女の子は奥の方に引っ込んでいく。どうした、遂に私と一緒にいるのが嫌になったのか。1時間も無言で過ごした仲じゃないか。

「……えっと、あの、次の子、来れなくなっちゃったみたいです……」


よし、帰ろう!
そこからの行動は早かった。残り3割ほどになったコーラを飲み干し、会計で女の子が慌てているのを見ながら、店を後にした。

外は完全に真っ暗になっており、冷たい風が私の頬を撫でる。1時間を無駄にした後悔と、もっとあの時間を楽しく過ごす方法があったのではないかという己の無力感に打ちひしがれながら、あてもなく歩いていく。

腹が減った。そういえば、あそこでは結局コーラしか飲んでなかった。
ふと横を見ると、黄色のMのイニシャルが煌々と光っている。私は常夜灯に吸い寄せられる蛾のように、ふらふらと店に入り、ダブルチーズバーガーのセットを食べた。





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