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全技術目録(ホール・テクノロジー・カタログ)
2047年、世界は「知識の極限」に達していた。
「マキナ・アーカイブス」と呼ばれる男——本名は不明——は、古今東西の技術と発明を熟知し、それらの歴史的背景、応用可能性、技術的パターンを体系的に理解していた。彼の知識は単なる博識の域を超え、すべての技術の根底に流れる「普遍的な原理」を見抜く能力を備えていた。
彼はこの知識を単なる知的満足のためではなく、最大限に活用していた。最適な水の濾過システムを導入し、食料の保存技術を駆使し、健康管理には最も効率的な医療機器を自作した。すべてのエネルギーは最新の持続可能な技術で賄われ、彼の生活は極めて快適で合理的だった。
だが、彼の目的はそれだけではなかった。
「これらの技術の本質を、もっとシンプルに、もっと普遍的にまとめれば、人類全体の知の財産になるのではないか?」
彼はそう考え、「全技術目録(ホール・テクノロジー・カタログ)」を作成した。それは単なる百科事典ではなく、歴史上最も汎用的で実用的な技術を厳選し、誰もが簡単に実装できる形で記したものだった。紙媒体とデジタルの両方で発行され、誰でもアクセスできるようにした。
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人類は歓喜した。
このカタログにより、発展途上国の人々は基本的な衛生技術を学び、エネルギー問題に直面する地域は最適な解決策を得た。工業先進国の研究者たちは、新たなブレークスルーのヒントを得ることができた。数年のうちに、世界はかつてないほど豊かで平和な状態に近づいていった。
しかし、すべてが順風満帆ではなかった。
ある日、彼の元に一通のメッセージが届いた。
——「すべての技術の本質を理解した者が、決して知ってはならない真実がある。」
マキナ・アーカイブスは戸惑いながらも、その言葉の意味を考えた。そして気づいた。
彼のカタログが示した技術のパターンは、単なる道具の進化ではなく、一つの法則に従っていた。
それは「再帰性」——技術は常に同じ原理のもと、循環しながら進化していた。火を使う技術は、核融合に至るまで本質的に変わらず、通信技術もまた、狼煙(のろし)から量子通信に至るまで、情報を伝達するという一点に収束していた。
つまり、技術の歴史は、ただ「既に存在するものの再発見」に過ぎなかったのだ。
そして、彼は見つけた。
カタログの最後のページに、彼の記憶にはない記述がある。
「このカタログが完成した瞬間、技術の輪は閉じ、次の周期が始まる。」
——その瞬間、世界は一瞬にして無に帰した。
マキナ・アーカイブスの目の前で、文明は消滅した。
都市は影も形もなくなり、大地はただの荒涼とした大地に戻った。インターネットも、書籍も、全ての記録が消え去った。まるで、技術そのものが最初から存在しなかったかのように。
彼はひとり立ち尽くしていた。
——これが「技術の法則」だったのか。
技術は無限の発展を遂げるのではなく、ある一定の段階まで到達すると、すべてがリセットされる。そして、再び最初から繰り返される。
「だから人類は常にゼロから技術を発明してきたのか……」
彼はようやく理解した。
そして、彼の目の前には、一冊の本が落ちていた。
表紙にはこう書かれていた。
「全技術目録(ホール・テクノロジー・カタログ)」
彼は静かにその本を拾い上げた——人類史の最初の技術者として。
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