執事ノラくんと両片想いss

 これはいわゆる職場恋愛というやつだ。
 厳密には、勝手に好きになっただけで恋愛ですらないかもしれない。
 相手は同僚。仕事はドジだし、夜中騒いで昼間寝てるしで、執事としてはダメダメだ。
 でも、英語力じゃ敵わないし、なにより嬉しいときに見せてくれる笑顔が好きだ。あの笑顔を見るためにこの仕事ができている。
 そう。この恋は決して成就してはいけない。ましてや想いを伝えるなんてもってのほかだ。あの子はきっと応えてしまう。
 僕のことが嫌いでも、関係を維持するために頑張ってしまうだろう。真面目で、表面上では強く当たっても一人で悩んでいて。そういう子なのだ。僕が我慢していれば全てうまくいく。
「ノラくんと一緒に付き合えたらなぁ」
 そんなことを部屋で一人呟く。何かの拍子にノラくんに伝わってしまえば、なんてありえないことを願ってしまう。
「――くお嬢様、なにを――」
――コンコンッ
 こんな夜中に何の用だろう。
 お嬢様方は寝ているか、部屋で配信をしている時間だと思うけど。
「はい、いかがいたしましたか――って」
 そこにいたのは先ほどまで悩んでいた原因、ノラくんだった。
「こんな時間にどうしたの?」
「あっいや…そのお嬢様がですね?どうしてもって」
 しかし、そこにはノラくん以外にいない。
 ノラくんは何かを察したようにため息をつく。
「えっと…とりあえず部屋に入れてもらえませんか...?立ち話もなんですし」
 ノラくんを部屋に招き入れる。よく考えれば好きな人と二人っきりなわけだけど…きっとノラくんは微塵もそんなこと考えていないんだろうな。僕はこんなにドキドキしているのに。
「はい。紅茶で良かったかな」
「あ!ありがとうございます!えへへ…○○くんは気配り上手ですね」
「そんなことないよ。ただ...」
 ただ好きな人のことだから覚えてるだけだよ。なんて心で呟く。
「いや、なんでもない。そういえばこんな夜中にどうしたの?お嬢様方が何か?」
 お嬢様方が何かするのは日常茶飯事だ。飲み物を持ってこいなんて簡単なものから、着ぐるみを用意しろなんてものまで多岐に渡る。
「いえ、そういうわけではなくて」
 ノラくんが言葉に詰まる。何か相談だろうか。
「相談とかなら、お嬢様方とかの方が...」
「ちがうんです!そうじゃなくて...」
 見る見る内にノラくんの顔が真っ赤になっていく。
「だから...その...」
「ほら!○○くんいつもボクのために頑張ってくれてるし、恩返ししたいなぁって思ってですね?」
 早く来いと言わんばかりにノラくんは自分の膝をぽんぽんと叩く。
 そこ僕のベッドなんだけど…
 ノラくんの隣に座る。10cmくらいの近いのに触れていないくらいの距離。自分のベッドのはずなのに、全く知らない場所みたいだ。
「そうじゃなくて」
 引っ張られて頭をノラくんの太ももに乗せる格好になる。つまり膝枕だ。
「ノラくん!?これはちょっと!」
「いいからこっち見ないでください。あまり動かないで。チクチクするので」
 恥ずかしさと嬉しさで思考がぐちゃぐちゃになる。あと理不尽さで。
「よしよし…いい子ですね…」
 小さく暖かい手で優しく髪をなでられる。
 心地よく深い眠りに沈みそうになるのを心臓の鼓動が邪魔をする。
「〇〇くんはこういうの嫌ですか?」
「え?」
「いやあの、男の人って膝枕とかなでられるの好きだって、そう!お嬢様に聞いて。試したくなったといいますか...」
「嫌じゃないよ。ありがとう」
「それなら良かったです」
 ぎこちない会話のあと、数分間だけこの時間が続いた。
「○○くんって甘えんぼさんですね。ボクが急に変なことし始めたのに受け入れちゃって。なんかかわいいです」
 変なことしてる自覚はあったのか…この屋敷にいるのがお嬢様方だけで良かった。もし他の男にこんなことしていたら嫉妬で狂っていたかもしれない。絶対勘違いするからやらないでね?
「○○くんいつもありがとうございます」
「この間の食材、○○くんが用意してくれたんですよね?」
 先週、急遽パーティをすることになった。
 といっても華やかなものではなく、ゲームの料理を再現したいとかお嬢様方の誰かの発言がきっかけで開催された。
 そのときの食材担当がノラくんだったのだが、寝過ごして買い物に行けず…とかそんなことがあった。急いで隣町まで出かけてどうにか食材を揃えたのだった。
「ほんとに助かっちゃいました。ボクがドジしてもいつも助けてくれて、気を配ってくれて、なんでボクのこと助けてくれるんですか?」
「それは......」
「あぁ…まあ仕事だから…ですよね。ごめんなさい。変なこと聞いちゃって」
 今どんな表情をしているのだろう。ここでノラくんが悲しそうな表情をしてくれていたら、なんて考える僕は性格が悪いのだろう。自分本位で、自分とノラくんが同じ気持ちなんてありえるはずもないのに。
「○○くんって今好きな人いますか?」
「急にどうしたの...?」
「いいから答えてください」
「…いるよ」
「それって身近な人ですか...?」
「うん。そうだよ」
 まるで告白をしているようだ。いっそこのまま質問を続けてくれたら…
「お嬢様方…かわいいですもんね」
「ボクより大人っぽい人の方が良いですよね」
「いや、それは」
「ボク、聞いちゃったんです」
「○○くん来週いなくなっちゃうんですよね?」
「だから今日勇気だして来たんです」
「みるくお嬢様に相談したら、もしかしたら何年も会えないかもよって言われて、そしたら部屋の前まで連れてこられたんです」
「なのにお嬢様どこかに逃げてしまって」
「好きな人に想い伝えなきゃ後悔するよって言われて」
「○○くんはボクのことどう思ってますか?」
「仕事は草むしりくらいしかできないし、それも助けてもらってばっかりで、なんで○○くんはボクのことそんなに優しくしてくれるんですか?」
 頭に涙の感触が伝わってくる。驚きで思考がまとまらない。想っているのは僕だけだと思っていたのに。ノラくんを助けるのも、全部僕の下心だ。好きな人と少しでも長くいられたら、良く思われたら、仕事ができるところを見せてカッコイイね、そんな風に言われたいだけだった。
「ボク4日間寂しかったんです」
「どうにか○○くんを楽にさせてあげようと思ったけど空ぶっちゃって」
「働きすぎで部屋に閉じ込められちゃって」
「寂しかったんです。もう会えないんじゃないかって」
「毎日何をしてるんだろうとか、考えるほどつらかったんです」
 僕も同じだった。ノラくんのいない日は何をしても身が入らなかった。まるで世界から色が失われたように感じていた。僕はここまでノラくんのことが好きだったんだ、そう気づかされた4日間だった。
「○○くんがどこかに行っちゃうって聞いてから、夜に色々考えるようになっちゃって、でも想いを伝える勇気がでなくて」
「みるくお嬢様が連れてきてくれなかったらボク、たぶん後悔してたと思います」
「○○くん、好きだよ」
「ずっと一緒にいてほしいです」
「ああ、僕も同じ気持ちだよ」
「え......」
「ずっと迷惑なんじゃないかって思ってた」
「ノラくんは僕のことなんとも思ってないって」
「それでもきっと無理して気持ちに応えてくれるから、想いを伝えるのはやえよう、心の内に秘めておこうって決めてたんだ」
「僕は二人だけの思い出がほしい。どこへ出かけるのも、何をするのも、二人で思い出をつくっていきたい」
「好きだよ、ノラ」
 幸せな時間だ。もしみるくお嬢様に相談していなかったら、部屋まで連れてこなかったら、ノラくんが勇気を振り絞らなかったら、でももうそんなこと考える必要はない。これからは一緒にいられるんだ。
「でも、来週いなくなっちゃうって」
「それなんだけど、間違ってるよ」
「え」
「執事見習いの研修で離れるだけだから、長くて2日間だけなんだけど...」
「そうなんですか!?」
「でもボク呼ばれてないんですけど!」
「見習い卒業するためのものだからノラくんはちょっと...」
――ガチャ
「ノラよかったねぇ」
「みるくお嬢様!?もしかして聞いてたんですか!?」
「それよりも○○くんの件、あれ嘘だったんですか!」
「うそにきまってるじゃん。こうでもしないとノラたちいつまでたってもしんてんしないもん」
「あ、はやくおねえさまたちにほうこくしなきゃ」
明日から散々からかわれるんだろうなぁ…

おわり


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