見出し画像

メイン取引先がファンドに乗っ取られた話(2)

前回のあらすじ

メイン取引先がファンドに乗っ取られた話(1)
創業間もない当社は怪しげな話術で経営者の懐に入り込む"占い師"岸先生に振り回されながらも上手く利用されることで案件を次々に獲得。エックス社の案件では新分野にキャッチアップすることで信用を得てどんどん増員を依頼されることに。エックス社は当社のメイン取引先になり、さらに要望に応えようとするがエンジニアが足りない。採用を行うにも超売り手市場の優秀なエンジニアは築古極狭オフィスの零細当社に入社してくれるはずもなく、打ち手がない我々は溜息をつくしかなかったのであった。


蜜月

オフィス移転

西口先生「今度、ウチのCFOの鈴木が東京にオフィス探しに行くけん、悪かばってん案内しちゃってくれんかな?」

銀さん 「承知しました。ゼクシィとご案内差し上げるようにします」

エックス社は前回記事の通り福岡で営業を行っていましたが、市場が小さいため東京に進出して勝負をするそうです。エックス社のサービスはインフラに直結するものであり、一度受注してしまえばスイッチングコストの高さから継続利用によるARR(Annual Recurring Revenue:毎年繰り返し得られる収益)が積み上がるため、東京進出の費用も割に合うと考えたのでしょう。

銀さん 「鈴木さん、ようこそ東京にいらっしゃいました。オフィスを探されているということで、羽田空港からアクセスが良いところだとこの辺りが良いと思います」

鈴木CFO 「飯がうまかところはあるっちゃ?」

銀さん 「はい、近くに有名な蕎麦屋があります。御社にはいつも大変お世話になっていますし、今日はよろしければ夕食をご馳走させていただけませんか?」

鈴木CFO 「おお、そりゃ悪かね」

-30分後-

鈴木CFO 「東京の蕎麦は香りがよかし、コシが強うてうまかね。天ぷらもばりうまかったばい」

銀さん 「お口に合ったようで何よりです」

鈴木CFO 「次は綺麗か子と飲みたかね」

銀さん (何言ってるんだこいつ・・)

ゼクシィ(卑しいやつ・・)

天の声(お前にウルトラCを叩きこむ好機を与えてやろう)

ゼクシィ「!?」

ゼクシィ「行きましょう! ただ、酔いが入る前に今回のご出張の大事な目的であるオフィスについてお話があるのですが」

鈴木CFO 「なんね?」

ゼクシィ「ご提案です。私は普通の人より不動産に強いですし、この辺の土地勘もありますし、今回の数日のご出張では良いオフィスは見つからなかったということにして、私が後で代わりに探すというのはどうでしょうか? あと、オフィスを借りても東京で採用を進めるまでは空いてしまいますよね? 弊社に間借りさせていただければ、私が留守を管理しますし、今我々がいるオフィスの賃料と同額で良ければお支払いしますし(15万円だけど)、両得ではないですか? それから次の店はおっぱいが大きい子がたくさんいるところと、DJがたくさんいるところと、ギャルがたくさんいるところ、どこが良いですか?」

鈴木CFO 「おっぱいが大きいギャルがおるところがよかねー」

ゼクシィ「卑しいやつ・・(提案の方はいかがですか?)」

鈴木CFO 「あーうん、よかっちゃない? それで」

ゼクシィ「本当ですか! もし後でダメとかなったら今日のことを西口先生にご報告しなきゃいけなくなりますからね? 良いですね?」

鈴木CFO 「・・よかたい」

銀&ゼク「「ご新規1名様ごあんなーい!!!!」」


というわけで、当社は港区の東京タワービューのオフィスを見つけて引っ越すことができました(間借りだけど)。内装もオフィス家具も全部エックス社負担、広々L字デスクにヘッドレスト付きの椅子のキラキラオフィスです。

零細企業なのに一等地にオフィスを構えられたぜ!の図(イメージです)


採用拡大

キラキラオフィスに移転をすると内定承諾してくれるエンジニアが増え始めました。どんどん採用して、どんどんエックス社や岸先生からの紹介案件に投入します。稼働先が増えると資金繰りに余裕ができるようになり、採用費が増やせてさらに採用が進みました。また、売上の20%を得る岸先生も調子づき、案件はどんどん獲れていきます。当社は順調そのものでした。

また、このあたりから若手のポテンシャル採用もできるようになりました。当社のベテラン勢はデスマーチ(プロジェクトにおける過酷な労働状況)が当たり前の時代を生き残ってきた百戦錬磨の叩き上げばかりでしたが、エンジニアとして経験が浅くても理系出身でシステムを基礎から体系的にしっかり勉強できる人を厳選して採用することにしました。この時にほぼ未経験で入社した20代後半男性は現在当社の準エース格として活躍してくれています。彼らが今のベテラン勢と同じ年齢まで経験を積んだ時には遥か高みに登ってくれていることでしょう。


暗雲

当社はエックス社のおかげでエンジニア採用を進められていた一方で、少しずつエックス社以外の取引を獲得するようにも動いていました。それは単純に一社依存は経営的によろしくないということと、エックス社に「危うさ」を感じていたためです。

エックス社の代表である西口先生は福岡で中規模の弁護士法人を経営している成功者で、弁護士としての手腕が優れているのはもちろん、正義感に溢れ、懐が深くて部下の弁護士の面倒見も良く、弁護士でない私から見ても魅力的で大変素晴らしい先生でした。ただ、西口先生の強みを活かし、足りないところを補う経営チームができていないように思えました。

エックス社は調達した資金を溶かしながらの経営であり、黒字化するか売上拡大して再度資金調達をしない限りはいつか資金が底をつく時がやってきます。銀さんと私が感じていたエックス社の「危うさ」とは、経営チームが機能していないことによる事業を突き詰める甘さ、希望的観測な営業、内外から付け入られる隙の多さ、状況理解と意思決定のセンスの欠如、運の悪さでした。

2つほど例を挙げます。

サービスのキメラ化

「この機能がないと売れない」。新規サービス開発でこのワードが出てきたら黄色信号です。開発を請ける側である当社にはありがたいですが、ユーザーに言われるままにあの機能もこの機能も欲しいと拡張するのは逃げているだけです。新規サービスは「顧客に何を提供するのか」というコアの部分を磨くべきであり、磨いても顧客に刺さらないのであればピボット(方向転換)するしかありません。そのキメラ化の開発は当社が担っていたわけですが、難易度が高い開発とはいえ岸先生に紹介料を支払うために受託費が20%高い状態でしたし、割の合わない投資だったと思います。

また、エックス社は東京進出で勝負するために資金調達を行ったわけですが、それは福岡でしっかりユーザーに受け入れられることを確認してからにすべきというのは誰にでもわかることです(当社にはありがたいですが)。東京に進出すれば売れると思い込むのはアメリカ留学すればバスケットボールが上手くなると夢を見る高校生と大差がありません。

パワーグリッド社

エックス社の新規サービスのキメラ化の一つにAI機能があり、その研究をパワーグリット社という大学発ベンチャー会社に依頼していました。同社のwebサイトを見ると一見綺麗なデザインではあるものの、直近で数十億円を調達したというニュースリリース以外には研究論文を発表したというくらいしか内容がありませんでした。

当時、当社もゆくゆくはいわゆるAIを利用した自社サービスを開発したいと考えており、参考にするため西口先生に同社に依頼して出てきた成果物を見せてもらいましたが、銀さん曰く「難しい技術を使っているわけでも何にどう時間がかかっているのか不明」でした。

単純に担当者が無能なのかエックス社が舐められていだけなのかはわかりませんが、それにしてもパワーグリット社にはあまりにも人がいない、技術が見えない「おかしさ」がありました。

西口先生になぜパワーグリット社に依頼しているのか聞くと、やはり「岸先生が連れてきたから」でした。エックス社にとって岸先生は「出資を受けたファンドから来た人」です。岸先生がこの会社を使ったら良いと言ったら、相当な理由がない限り断れるはずがありません。しかもパワーグリット社も恐らく岸先生に紹介料20%を(略)

結局、パワーグリット社ではAI研究が遅々として進まず、当社が一部研究を請け負い始めることになりました。これが後々の当社の自社サービス開発に繋がるのですが、それはまた別の話。


烏合

宇宙ロケットは緻密な設計を基に精工な部品を作り、組み立て、何十にも検査を行ってから打ち上げますが、それでも事故は起こります。十分な出力の確認が取れていないエンジンを積んで行き当たりばったりなオペレーションで燃料タンクから現金が漏れた状態で飛んだらどうなるでしょうか。これがエックス社の状態であり、原因は経営チームにあると思われるのは既に書いた通りです。

上記のキャバクラクズエピソードに出てきたエックス社の鈴木CFOは西口先生の高校時代の同級生とのことです。後に西口先生は鈴木CFOのことを「こんくらい仕事できんっちゃ思わんやった」と言っていましたが、どうしようもないくらい能力がない人でした。鈴木CFOは長年にわたって西口先生の弁護士法人の経理・財務を担っていた実績からエックス社のCFOも任せられたようですが、弁護士法人は西口先生という人物自体が価値なわけです。西口先生の手腕とブランドで仕事が舞い込み、後は部下の弁護士達に任せておけば十分だったのでしょう。

聞くところによると鈴木CFOは経理1つを取っても、作業は全て部下の女性に任せて自分は何も見ずに承認するだけといった感じでした。たぶん見てもわからないのだと思います。管理体制も体をなしておらず、当社との取引における事務は全て私がコントロールすることができました。そんな鈴木CFOの年俸は福岡に住みながら1,500万円で、子供を有名私立中学校に行かせていると語っていました。へー。

マーケティング管掌の役員は福岡の新聞社に勤めていた人だそうです。エックス社では何をやっているかと聞いてみたら、webマーケティングのためにひたすらweb記事を書いていますと。え、お前は営業やってないの? 東京進出は?

労務と人事管掌の役員は業務を社労士や人材紹介エージェントに全丸投げしているだけでした。業務内容を聞いた私はそうなんですねとこんな顔をするしかありませんでした( ◜◡◝ )

当初、エックス社はさぞや背水の陣の心理状態と思いきや、内情を聞けば聞くほど「お仲間」達で仲良くしている雰囲気が漂っていました。『V字回復の経営』の著者・三枝匡氏が言う「危機的な会社ほど社員が牧歌的」どころか、エックス社は屋台骨を担う役員が牧歌的だなと私は感じていました。エックス社の役員達は、会社が向上することでなく今日と同じ日が延々と続くことが幸せと思っていたのでしょう。


―その温みは現金を燃やして得ているのに


いよいよ次回、エックス社は乗っ取られます。


『メイン取引先がファンドに乗っ取られた話(3)』に続く
フォローとスキをたくさんもらえると更新が早くなるかも

いいなと思ったら応援しよう!