酔っぱらいの戯言

 朝焼けの滲んだオレンジの街に、あぁなんて綺麗なんだと、足は止めても涙は止めることが出来なかった。
夜の街に集う夜光虫みたいな、よく顔も覚えていないようなあの人たちはどこへ行ったのだろう。

アルコールと、燻る紫煙の匂い。
食品と吐瀉物と、すれ違った人の香水の臭い。

 明かりの灯らぬ道は静かに息を潜め、看板の降りた店はそこに存在すらしていなかったように身を隠す。
まるで摩天楼のように艶やかな街は、柔らかな朝陽に覆われてどこかへ去ってしまった。

 始発、未だ人もまばらな電車で席に座る、真面目そうなサラリーマンの糊のきいたワイシャツと手元の単行本の紙の白さが目に沁みた。
白い光を纏うサラリーマンは、あの艶やかで汚れた夜をきっと知らない。
人々の熱気にネオンが揺れるような、酸いも甘いも一緒くたになったあの夜を。
使い古したパレットのような、汚くて鮮やかで全てが混じり合ったあの夜を知らない。

 知らなくていい。あんな毒々しい輝きは、知らなくていいなら、知らない方がましだ。そんなことを酒に浸った頭で薄ぼんやり考えながら、込み上がる胃酸と涙の混じった唾液を飲み込んだ。

 毒だ。あの輝きは、あの煌めきは少なくとも清らかとは言えない。朝の光を吸い込んだような清々しさや、洗い立ての洗濯物のような清廉さは微塵もない。
毒を浴びた後の朝陽はひどくつらいのだ。毒を浴びたあとでは清すぎるし、強制的に浄化されていくような感覚はまるで聖水を浴びせられた吸血鬼のような気になる。

 どうせおれは吸血鬼だよ。小汚くて毒に塗れた化け物だよ。酒に溺れて遊び呆けてるろくでもない奴なんだよと心の中で悪態をついて、目を閉じる。
マスカラを洗い流す涙はそのままに、閉じた瞼の裏に浮かぶネオンに思いを馳せる。目の奥に残る光の残影だけが唯一、己を安寧に運んでくれるような気がした。
朝日に包まれて身を溶かす吸血鬼のように、己も塵芥となり消えて無くなればいいとさえ思う。

 そこまで一気に考えてふとアホらしくなった。
何が吸血鬼だよ。おれは人間だわアホか。くだらねぇ。

 酔いに浸るとつい思想が飛躍する自分の悪癖に一抹の恥ずかしさを覚えて、喉の奥で小さく笑いながら舌先のアルコールの風味を咀嚼し直した。

 声の響きはいいのにやたらと癖のある不明瞭な車掌のアナウンスを子守唄に、棺桶にしちゃやたらと開放的な車内の座席に身を委ね、自称吸血鬼は朝日に微睡みながらネオンの街の夢を見る。

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