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私が「社会課題としての性風俗」に関心を持った理由

「風テラスを始めた理由を教えて下さい」

「性風俗をめぐる問題に関心を持ったきっかけを教えて下さい」

メディアの取材や講演、寄付者の方々との交流の場などで、こうしたご質問を頂く機会が増えております。

これまで自分の本の中で書いたり、メディアの取材の中で答えたりしてきたのですが、改めて考えると、きちんとウェブ上の文章でまとめたことがなかったことに気づきました。

自分の原点を確認するためにも、この機会に記事としてまとめたいと思います。

1.「援交世代」に生まれて

私は1981年生まれです。野球で言えば「松坂世代」に近いのですが、個人的には、援助交際ブームの真っ只中で育った「援交世代」だと認識しています。

1990年代後半、首都圏を中心に女子高生の援助交際ブームが起こり、売買春の是非や性的自己決定権の有無、当時話題になっていた少年犯罪との関連等をめぐって、メディア・教育者・アカデミズムを巻き込んで、様々な議論が巻き起こりました。

それに付随して、サブカルチャーの世界でも、村上龍の『ラブ&ポップ』、桜井亜美の『イノセントワールド』、榎本ナリコの『センチメントの季節』などなど、売春や援助交際をテーマにした作品がたくさん生まれました。

地方の公立高校にいた私は、実際の援助交際ブームとは無縁の地域にいたのですが、上記の作品群を浴びるように読んで育ちました。それと並行して、社会学者の宮台真司さんの書籍にハマるようになります。

当時は、宮台さんが少年犯罪や援助交際などの教育問題について活発に発信していた時期でした。進学校に適応できず、悶々とした日々を過ごしていた当時の私にとって、社会学の視点から、現代社会の様々な問題を鮮やかに説明する宮台さんの本は、麻薬のように刺激的なものでした。

宮台信者になったエピソードを含めて、高校時代の黒歴史の話は、拙著『孤独とセックス』(扶桑社新書)にまとめております。帯イラストは、高校時代~現在に至るまで作品を愛読している漫画家の日本橋ヨヲコ先生です(超自慢)。あっ、新書はかなり恥ずかしい内容なので、「読みましたよ~」と報告しないでください笑。

NPOの代表の中には、自らの団体が取り組んでいる社会課題について、何らかの原体験や当事者性を持って動いている人が少なくありません。

私自身は、実際に自分が援助交際をしている女子高生だったわけではない=当事者ではないので、特に「これが原体験だ」と言えるようなリアルの経験はありません。

強いて言えば、「援交世代」の真っ只中に多感な高校時代を過ごし、多くの議論や作品に触れる中で、「社会の視点から、道徳的な固定観念や価値判断に囚われず、売買春の問題を客観的に考える」というスタンスを身につけることができた、という点が、自分にとっての原体験なのかもしれません。

2.大学時代、ゼミのフィールドワークで見出した問い

高校時代から社会学、そして売買春の問題に関心を持っていたこともあり、大学では社会学を専攻し、ジェンダーやセクシュアリティの問題を扱う上野千鶴子ゼミに入りました。

当時はコンタクトにピアスでした。若いな。。。

上野ゼミでの体験談は、『情報生産者になってみた』(ちくま新書)第二章の「上野ゼミに入った社会学オタクが社会起業家になるまで」にまとめております。

上野千鶴子さんは、著書『差異の政治学』(岩波書店)の中で、「今日あらゆる分野で、ジェンダーだけで対象を分析することはできないが、同時にジェンダー抜きで分析することもできなくなった」と述べています。

現代において、社会課題と考えられている現象の背景には、必ずと言ってよいほど、ジェンダーやセクシュアリティの問題が絡んでいます。

そのなかでも、性風俗・JKビジネス・パパ活など、金銭を介して性的なサービスのやり取りが行われている領域には、多くの人にとって見えない問題や見たくない問題が凝縮されている。

2018年に刊行した『パパ活の社会学』(光文社新書)の帯。
イラストは高校時代に愛読していた榎本ナリコさんに描いて頂きました。

それゆえに、光が当たらず、公の場で議論されることも少ないために、様々な問題が黙認・放置されたままになってしまう。

一方で、世間が性風俗や売買春をどれだけ否定しても、それらが消えてなくなることはない。是非論や道徳論を唱えることにも、意味はない。では、どうすればよいのか。

ゼミの研究で性風俗業界のフィールドワークを行なっていた私は、歌舞伎町や渋谷、池袋の性風俗店をインタビュー調査で回りながら、当時電話帳のように分厚かった『MAN-ZOKU』(風俗情報誌)から、同じく電話帳のように分厚い『<民主>と<愛国>』(社会学者・小熊英二氏の著作)まで、性風俗と社会学に関する文献を読み漁っていました。

起きている間中、ほとんど性風俗と社会学のことばかりを考え続けていたある日、歌舞伎町からの帰りに新宿の大ガード下を通っているときに、一つのアイデアが天から降ってきました。

性は、個人の人生を左右する強烈な魔力を持っている。人の感情を一瞬で天空まで跳ね飛ばすこともできれば、同じく一瞬で奈落の底に叩き落とすこともできる。人を孤独の闇に突き落とすトラップにもなれば、そこから脱出するための翼にもなりうる。

主に夜の世界だけで利用されてきたその魔力を、社会学的な理論枠組みを使って、どうにか社会性のある形にデザインすることはできないだろうか。

「性産業のソーシャル・デザイン」を実現することができれば、極めて大きな社会的意義があるし、自分自身を含めて、多くの人が楽になったり、救われたりするはずだ。

まだ誰も想像すらしたことがないフロンティアであり、世界で自分にしかできない仕事、一生を賭けるに値する仕事なのではないだろうか?

この閃きがきっかけになって、大学を卒業した後は、性産業のソーシャル・デザインを目的として、社会的な切り口で、現場で起こっている課題に切り込むような活動や事業をやりたい、と考えるようになりました。

「性風俗と社会をつなぐためには、どのようなソーシャル・デザインが必要になるのか」という問い。

幸か不幸か、その後の私の人生は、この問いとの格闘になります。

大学卒業の3月。本郷キャンパスの赤門前にて

3.ホワイトハンズ:「性産業の社会化」に向けたチャレンジ

大学卒業後、26歳のときに立ち上げたホワイトハンズは、「新しい性の公共をつくる」というミッションを掲げた非営利団体です。NPO法人の設立申請に3回も落とされるという悲劇を味わい、最終的に一般社団法人として法人化しております。

ホワイトハンズ創業の経緯や逸話は、『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』という死ぬほど恥ずかしいタイトルの新書にまとめてあるので、よろしければご笑覧ください。

ホワイトハンズで最初に始めた事業が、脳性麻痺や神経難病の男性重度身体障害者を対象にした「射精介助」です。

性風俗の世界で行われているハンドサービス(通称「手コキ」)を、自力での射精が困難な男性の重度身体障害者に対象を絞り、「性欲発散のための娯楽」ではなく、「本人のQOLを維持するためのケア」という文脈に置き換えて提供すれば、社会性の得られるサービスとして確立できるのでは、という仮説がベースになっています。

「性風俗と社会につなぐ」という問題意識は、このときから変わっていません。ただ、当時は「性風俗を社会に合わせて変える」「変えられるはずだ」という思いが強かったのかな、と思います。

つまり、性サービスには社会性を付与できるし、社会性のある性サービスは市民権を得られるはずだ、と考えていました。

戦略は不変ですが、戦術は後に変わります。

4.セックスワーク・サミットの立ち上げ:「セックスワークの社会化」は可能か?

2012年、性風俗の問題を議論するトークイベント『セックスワーク・サミット』を立ち上げました。

夜の世界で働く人たち同士がつながる場をつくるため、そして昼の世界からは見えづらい夜の世界で起こっている課題を社会に発信していくために、当事者・支援者・男性客・店長・ライター・研究者など、多彩なゲストをお招きしてトークを行うイベントです。

このイベントは、現在も「夜職サミット」と名を変えて、12年間続いています。

6年間の開催記録をまとめた『セックスワークジャーナルジャパン 2012-2018』

開始当初、サミットのテーマは「セックスワークの社会化」でした。初期のイベントの開催レポートをまとめた『セックスワーク・ジャーナルジャパンVol.1』の巻頭言を読むと、当時の私の問題意識が伝わるかと思います。

セックスワークジャーナルVol.1 巻頭言

射精介助と同様、性サービスには社会性を付与できるし、社会性のある性サービスであれば、市民権と発言権を得られるはずだ。それらを手にすることができれば、性風俗の現場で起こっている様々な課題も解決できるはず、と考えていました。

つまり、当時の主語は「性風俗」だったんですね。性風俗が主語になりうると思っていた=性風俗業界に関わる人達には、それなりの主体性や当事者意識があると思っており、非営利団体として、それらをエンパワメントする形で、業界と社会を変えていくことができるのでは、と考えていたわけです。

この考えは、サミットの開催を重ねるにつれ、そして2015年の風テラスの開始に伴い、大きく変化していきます。

5.「セックスワークの社会化」は無理ゲーだった

セックスワーク・サミットは、性風俗の問題を公で議論できる数少ない場として、全国から多くの方々に参加して頂くことができました。本noteの記事でも、当時の開催レポートをいくつかご覧頂けます。

一方、当事者の女性や支援団体、研究者やライター、男性客など、風俗業界に様々な立場や角度から関わっているゲストの方々と接し、数年間にわたって議論を積み重ねていく中で、「セックスワーク(性産業)の社会化」は無理なのでは、という考えが強くなっていきました。

そもそも、「セックスワーク」という言葉自体、海外のフェミニストやLGBTの活動家によって生み出されたものであり、国内の性風俗の現場では全く使われていません。

そして何より、性風俗は「社会の常識やルールを無視した、グレーゾーンのサービスだからこそ、高収入を稼げる」という側面があります。

性風俗の世界で働く人たちにとって最も重要なことは、「今日、いくら稼げるか」であって、差別や偏見、性労働従事者の権利などの観念的・社会的なことには、何の関心もない人が圧倒的多数である、ということにも改めて気づきました。

性風俗で働く人たちが、当事者意識や権利意識を持って、社会の中での市民権や発言権を獲得するためにソーシャル・アクションを起こす、ということは考えづらい。かといって、社会性のない状態=現場で日々発生している様々な被害や不幸を放置するわけにも行かない。どうすればよいか。

6.社会化すべきは「性風俗で働いている人たちへの支援」

迷っている最中に、鶯谷の激安デリヘル「鶯谷デッドボール」との出会いで、ヒントが見つかりました。

新書の取材で訪れたデッドボールの待機部屋では、多重債務や生活困窮、精神疾患や軽度知的障害など、法的・福祉的支援が必要な状態であるにも関わらず、誰にも・どこにもつながれないまま、性風俗で働き続けている多くの女性たちと出会いました。

「このお店の中に、ソーシャルワーカーがいれば・・・!」

そう考えた私は、弁護士とソーシャルワーカーに声をかけて、お店の協力を得て、女性たちがお客の指名を待っている部屋=待機部屋で相談会を開始しました。これが風テラスの出発点です。

「セックスワーク」や「社会化」といった、観念的な机上の空論を振りかざす前に、まずは現場で困っている人たちの「今日の不安」を解消するために、必要な支援を届けるべきではないか。

セックスワークの社会化は無理かもしれないが、性風俗で働いている人たちの支援は、この数十年で若者の支援やホームレスの支援が「当たり前の支援」になったように、確実に社会化することができるはずだ。

性風俗業界そのものや、性風俗に対する社会の偏見やスティグマをどうこうしようとするよりも、性風俗の世界で孤立・困窮している人たちに対する支援を社会的に確立させることで、結果的に現場のリスクを下げることができれば、表面的な法規制よりも高い効果で、現場で起こっている様々な課題も解決できるはずだ。

その結果として、性風俗で働く人たちに対する社会的な偏見や差別も減らすことができるはずだ、と考えるようになりました。

7.性風俗のいびつな現場

2016年に刊行された私の代表作であり、最も売れた本の一つです。鶯谷デッドボールとの出会いの経緯や、デッドボールの待機部屋での最初の相談会の模様も掲載されています。本書を読んで、風テラスのことを知ってくださった方も多いと思います。

本書は、「性風俗の現場で、今何が起こっているか」「その背後には、どのような社会問題が潜んでいるのか」「それらの問題は、どうすれば解決できるのか」という3つの問いに明確な答えを出すことに挑戦した、初めての書籍です。

妊婦・母乳風俗店、激安店や地雷専門店、熟女専門店など、福祉的な課題を抱えた女性たちの集う店舗の取材を通して、

☑️ 性風俗の世界で起こっている問題は、性風俗の世界だけでは解決できない(風俗は、単独では生活困窮者のセーフティネットになりえない)

☑️ 福祉を介して、性風俗と社会をつなぐべき

と主張しています。

「性風俗と社会をつなぐ」という戦略を実行する上で、ホワイトハンズの創業~セックスワーク・サミットのテーマであった「性サービスを社会化する」という戦術を、福祉の視点から性風俗を「社会問題化」する=性産業で働く人に対する支援を社会化する、という戦術に切り替えた、というわけです。

刊行から10年近く経ち、風テラスの活動を通して、延べ1万人以上の女性の相談を受けてきたことで、当時と考え方の変わった部分もありますが、性産業で働く人に対する支援を社会化する、ということについては、2015年10月の鶯谷での相談会から現在に至るまで、風テラスの日々の活動を通して、弛まずに実施しております。

8.風の世界と社会をつなぐ「風穴」を開けろ

風テラスをスタートしてから2年後の2018年、活動の中で得られた知見をまとめた新書『「身体を売る彼女たち」の事情 自立と依存の性風俗』を刊行します。

本書では、性風俗の世界を、自助だけでは生きられないが、公助にも頼れない人達が集い、グレーゾーンの中で生きるために支え合っている「いびつな共助」として捉えています。

女性たちが「いびつな共助」に頼らざるを得ない背景には、経済的困窮、障害や病気による困難、生育歴による困難などが重層的に絡んでいますが、それらは偏見と不可視の壁に阻まれて、見えづらくなっています。

夜の世界で生きる女性の背景にある社会課題

「いびつな共助」の中で生きる人たちを社会的に包摂するためには、排除や差別、そして倫理的なジレンマと戦いながら、ハームリダクションの視点から、よりマシな「いびつさ」をデザインしていく必要がある。

そうした漸進的かつ現実的な活動の積み重ねによって、共生社会を実現していくべき、と主張しています。

風テラスの創業初期、吉原の相談会にて

本書のラストで私は、風俗に対する差別や偏見、排除や隔離の問題を解決するためには、「性風俗の世界で働く人たちの法的な立場を改善すること」が必要である、と主張しました。

風紀の維持や性道徳の観点だけで語られがちだった性風俗の問題を、「働いている当事者の安心と安全をどう守るか」という権利擁護の観点へと180度切り替える。

その法整備を行うことができれば、性風俗の仕事は「有害業務」や「人身売買」ではなく、「接客業」として認知され、警察の裁量による理不尽な摘発リスクも減る。金融機関から融資を受けることができるようになれば、長期的な視点での経営ができるようになり、税金の無申告も減る。NPOや行政との連携も容易になる。

「繁華街の風紀や性道徳を守る」から「現場で働いている人の権利を守る」へのパラダイムシフトを実現することができれば、社会の側が作り出している性風俗への差別や偏見は大幅に緩和される。

これこそが、風の世界と社会をつなぐ「風穴」になるのでは、と当時は考えていました。

しかし、この考えがいかに甘いものであったか、ということを、2020年のコロナ禍で思い知らされることになります。

9.「風」の止まった日 ~コロナ禍の「性風俗サバイバル」~

2019年12月、地元・新潟の性風俗店で働くシングルマザーの女性たちを取材した『性風俗シングルマザー 地方都市における女性と子どもの貧困』を刊行しました。

本書の中で、私は「地方都市における夜の世界=水商売や性風俗の世界には、その街の社会課題が凝縮している」と分析した上で、「これからは、地方都市における『課題解決の学校』として、夜の世界の現場によい意味で注目が集まるようになるだろう」と予言しています。

この予言は、わずか4ヶ月後に現実化することになります。それも、圧倒的に「悪い意味で」。

2020年から始まったコロナ禍は、夜の世界にとって、歴史に残る未曾有の災害でした。そして、夜の世界の現場に、かつてない規模で社会の注目が集まった時期にもなりました。

緊急事態宣言に伴う歓楽街の休業、店舗の閉店などで、性風俗で働いていた多くの人たちが、深刻な孤立・困窮状態に追い込まれ、風テラスにも全国からこれまでに経験したことのない質量の相談が殺到しました。

そうした中、国によって夜の世界で生きる人たちを排除する政策が行われたことを契機に、性風俗の世界で孤立・困窮している人たちを守るための署名キャンペーンやクラウドファンディングなどが立ち上がり、これまで性風俗の世界に関わっていなかった多くの方々が、声を上げてくださりました。

コロナ禍の相談現場での葛藤、風テラスの行なったソーシャルアクションの詳細は、拙著『性風俗サバイバル』にてまとめております。

これまで性風俗の世界に関わっていなかった多くの方々が声を上げてくださった一方で、現場で働く当事者や経営者が声を上げる場面は、ごく一部にとどまりました。

これだけ社会的に露骨な差別を受けても、業界も当事者も動かない。そもそも、現場で働いている人たちの中に、当事者意識や職業意識自体がない。

そして、これだけの歴史上類例のない追い風が吹いたにも関わらず、性風俗の世界で働く人たちの法的な立場を改善することについては、ほとんど何の成果も上げられなかった。

こうした厳しい現実に直面したことで、性風俗は、そもそも「業界」でも「職業」でもなく、不倫や不況のような「現象」(=個人の社会的な営みの中で発生したものであるにもかかわらず、個人の力では制御困難になっているもの)に近いのでは・・・と思わされました。

「現象」に近いのだとすれば、性風俗はソーシャルアクションの主語にはならないし、なりえない。主体が存在しないのであれば、法的な立場の改善もしようがない。「セックスワークの社会化」も「法的な立場の改善」も、机上の空論にすぎなかった・・・と痛感しました。

一方で、新たな希望も生まれました。ソーシャルアクションの渦中にいた人間として、コロナ禍に巻き起こったムーブメントは、「非当事者が声を上げた」というよりも、「みんなが当事者になった」と表現する方が正確である、と感じました。

声を上げずにはいられない時点で、その人の中には、何らかの当事者性が芽生えているはずです。

性風俗のように、当事者に社会的なスティグマが付与されているがゆえに、当事者が声を上げづらく、当事者意識を持つこと自体ができない領域においては、「みんなに当事者になってもらう」ことが、課題解決のための一つの解ではないだろうか。主体がないのであれば、みんなでつくればいい。これは、非常に大きな発見でした。

どんな人も、性風俗や売買春の問題に、無関心ではいられるが、無関係ではいられない。誰もが一定の当事者性を有している。

だとすれば、それぞれの有している当事者性や問題意識の濃淡に合わせて、可処分所得や可処分時間の範囲で、この世界の課題解決に関わっていけば良い。全身全霊のフルコミットメントでなくても、半身の関わりでいい。

業界団体がなくても、匿名でも、オンラインでも、「私たち当事者」は、団結できたし、声も上げられた。そして、試行錯誤を繰り返しながらも、確実に社会を変えていくことができた。これこそが、コロナ禍に得られた、最も価値のある事実でした。

10.世界最古の問いを解くために

売春は、世界最古の職業であると言われています。

同時に、世界最古の社会課題の一つでもあります。

歴史上、数え切れない為政者や宗教者、政府が、売買春を道徳的・倫理的・社会的な「悪」として、法律で禁止してきました。しかし、売買春の撲滅に成功した国家や宗教は、人類の歴史上、一つもありません。

現在の性風俗産業も、売春を法規制した結果、その副作用として生まれた産物であり、実態はほとんど売春と変わらない状態になっている業種・業態もあります。

「撲滅(浄化作戦)」や「法規制」では、この問題を解くための解にはならない、ということは分かった。では、何が解になるのか。

私自身、はっきりした答えを持ち合わせているわけではありません。しかし、10代の頃から考え、試行錯誤を繰り返しながら、風テラスの実践の中で見出してきた切り口=「福祉を介して社会とつなぐ」「みんなに当事者になってもらう」などを手がかりにして、目の前のハードルを一つずつ超えていけば、必ずこの問題を解ける日が来る、と信じています。

夜の世界の課題マップ

これまで誰も解くことができなかった社会課題。この問いを解くためには、一人でも多くの仲間が必要です。一人では解けない問いも、みんなの力を合わせれば、必ず解ける。

これまで誰も解くことができなかった問いを解くため、そして夜の世界で生きるすべての人に「今日の安心」と「明日の選択肢」を届けるためのチャレンジに、ぜひ、あなたも当事者として加わって頂けると嬉しいです。

コロナ禍の収束した2023年、夜の池袋にて

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