『「身体を売る彼女たち」の事情』の裏事情(第1話)
新書で一番悩むのは、何といってもタイトルです。
今回もメッチャ悩みました。
ここは潔く前作を踏襲して『性風俗のいびつな現場2』でいいのでは、と思ったのですが、「蔵前のハイエナ」の異名を持つ筑摩書房の担当編集Hさん(「ハイエナ」の由来を知りたい方は、Hさんが5年がかりで編集した名著・上野千鶴子さんの新刊『情報生産者になる』をご参照ください)いわく「2は絶対ダメです」とのことだったので、代替案を考えることに。
第一案としては、アメリカの政治学者であるロバート・パットナムの『われらの子ども』が個人的に好きだったので、『私たちのデリヘル』という案を出しました。
風俗やAV関連の書籍、判で押したように『彼女たちの~』『~な彼女たち』を連発しがちですが、『彼女たち』というフレーズには、そこはかとなく「自分たちとは無関係」「他人事」感を覚えるんですよね。働く女性たちを客体にして上から目線で消費している感じ。
いやいや、問題なのは「彼女たち」ではなくて「お前たち」だろ、と突っ込みたくなることもありますよね。
そうした現状へのアンチテーゼとして、『彼女たち』ではなく『私たち』のデリヘルである=すなわち、性風俗の世界で起こっている問題は、私たち自身の問題でもある、ということを訴えたく、『私たちのデリヘル』というタイトルを提案しました。
しかし、今回の新書、デリヘル以外にJKビジネスの話もかなりの割合で収録されているので、タイトルを「デリヘル」だけに絞ってしまうのはちょっともったいない、という思いに駆られました。
それから、Hさんといくつかタイトル案を出し合って、議論を重ねました。
〇『デリヘル VS. 生活保護』
⇒私はこれでもよいのでは、と思ったのですが、Hさんいわく「ギャンブル要素が強すぎる」ということで却下
〇『デリヘル依存ーー性風俗の光と陰』
⇒悪くはないのですが、やはりタイトルをデリヘルのみに絞るのはどうかなと
〇『デリヘルの真実』
⇒新書のタイトルに「真実」を使う勇気と度胸は、ちょっと無かったです。むしろ一面的な「真実」などどこにもない多面体の世界こそが風俗ですし。
〇『性風俗のトリセツ』
〇『風俗嬢のトリセツ』
⇒ポップな感じは悪くないのですが、「トリセツ」という言葉自体が将来的に死語になりそうな気がして、ちょっと躊躇しました。
だんだん煮詰まってきたのですが、ここでピカッ!!と電球がロマサガのように頭上で閃きました。
「彼女たち」というベタなフレーズを逆手に取った形にするのはどうだろうか。
「彼女たち」などどこにもいない、そこにいるのは他でもない「私たち」だ、ということを暗に匂わせるタイトルにすれば良いのでは。
そう考えて、「身体を売る」というベッタベタな言葉を組み合わせて、
『「身体を売る彼女たち」の正体』という案を出しました。
「身体を売る」という一面的な言葉で語られる「彼女たち」の正体は、実は私たちが生きている社会構造から生み出される諸課題=すなわち「私たち自身」に他ならない、という含意を込めたタイトルです。
これで100%決まりだろう、と思ってHさんに打診したところ、「『正体』だと収まりが良すぎる気がします。相川七瀬の『彼女と私の事情』が思い浮かんだので、これを参考にして『「身体を売る彼女たち」の事情』に変えませんか」という提案を頂きました。
なぜ相川七瀬?!と思ったのですが、私もHさんと同い年で、中高生時代に相川七瀬を聴いて育った世代なので、「相川七瀬に免じて、事情でもいいかな・・・」と揺れてしまいました。
それでも「事情」だと今一つパンチが弱いような気がしたので、『「身体を売る彼女たち」の実像』ではいかがでしょうか、としつこく再提案しましたが、最終的に「事情」で確定しました。
決まってみれば、『「身体を売る彼女たち」の事情』、とても良いタイトルだと思います。
新書のタイトル、著者の好みや思い入れでつけると大抵コケるような気がするのですが、かといって編集者の言う通りのタイトルにしてもうまくいかないような気がします。
やはり著者(人間)と編集者(ハイエナ)の生死をかけたバトルの中から生み出されるタイトルこそが、密林(Amazon)の売り場で輝きを放つのではないでしょうか。AIがいくら進化しても、「売れる新書のタイトル」を自動的に出力することはできないだろう、と改めて思いました。
というわけで、我々の渾身の一冊『「身体を売る彼女たち」の事情』、2018年10月4日発売です。皆様のご予約、お待ちしております!
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