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あじさい診療所 ①【ショートショート 1622文字】

俺は、毎年待合室のカレンダーが2枚めくられた頃に目を覚ます。

まず、ぐうんと伸びをし、手足をゆっくりと開く。
うん、悪くない。
首を少しずつ持ち上げる、顎をあげる。
よし、絶好調。

道行くひと達が、向いのハナミズキに目を奪われているすきに、俺は俺の出番の準備をするんだ。
今年は何色になろうかなあ?
去年は赤紫になったら、あの子もちょっとだけ俺に気がついてくれたもんな。

だから今年も赤紫!
いや、まてよ。
同じじゃ同じ反応で終わるか。

所長のジイさん、肥料の配分うまいことやってくれよな。
今年は、もうちょい酸性の方がいいと思うんだよね。
あの子には、薄紫か淡いブルーの方がお似合いだからさ。
俺、今年は勝負かけるんだからさ!

     ・・・・・

俺が、あの子に会ったのは、おととしの雨の日。
透明ビニール傘さしてうつむく女の子が、僕の前に立ったんだ。
早く入っちまえばいいのにさ、曲げた人差し指を唇に押し当てて、もたもたしてたのよ。

雨はどんどん強くなるし、雨粒の跳ねっ返りで淡い水色のスカートの裾濡らしちゃうしさ。

普段短気な俺、我慢してたけれど、とうとう堪りかねて
「オイ、勇気もって突き進め!」
って叫んだらさ、その子急に顔あげてさ。

でも瞬間、俺、びびったよ。
完全、血の気失せてるし。
絶対、あれは雨の寒さじゃなかったよ。

それから、週イチで通ってきたよ。
ジイさん、ちゃんと話聞いてやってよなって、柄にもないこと本気で願っちゃったよ、俺。
まあ、閑古鳥鳴いてる診療所のわりには、あの子が出てくるの遅いから、ジイさんそれなりにまともなことやってんじゃないかとは思ったけどね。

12回くらい通った頃には顔色少しよくなってさ(俺もよくカウントしてたよな)、こっちも、もう色なくしちゃってカサカサで、そろそろ潮どきだったから丁度よかったよ。

それから程なく俺は冬眠しちゃったから、あの子がその後どうなったかは知らん。
でも、翌年、そう去年ね、再び目覚めたら、まだあの子通院してた。

いやあ、嬉しかったよ。
本当はさ、通院しなくて良くなる方がいいわけよ。
でも俺も自分勝手なとこあるからさ、姿見つけたときは正直嬉しかった。

またハナミズキが満開になった後に、俺も絶好調になってさ、正々堂々と見てもらえる準備はできたの。

あの子、さす傘がビニールから赤いのに変わってた。
嬉しかったね、俺。
そんなパワー出てきたんだ!ってさ。

俺は、ジイさんの肥料調合で赤紫だったわけ。
そしたら、あの子「あらっ?」って感じで俺に気づいてくれて、ガン見してくれたわけ。
眼があったときは、柄にもなく俺、紅潮したよ。

そのとき、恋に落ちたね。ヤバいよ。
俺とあの子じゃ住む世界違うからさ。
でも、俺も腹くくったのよ。
好きになったんだから、真一直線いいじゃないって。


でもさ、あのジジイのせいで、いや本当はおかげで、あの子、2ヶ月に一回の通院になってて、俺の絶好調のときの再開も極端に減った。

だから、今年にかけてるのさ。

     ・・・・・

俺は、気合入れた。
あの子の気を引いて、俺の気持ちが伝わるように。

ジジイも気を引き締めて肥料調合してくれたみたいでさ。
今年の俺は、過去最高かもしれん。
まあ自画自賛だけどな。

     ・・・・・

今日は土砂降りだ。
俺は人間と違って土砂降り大好きだ。
生き返る。

でも、きっと今日、あの子は来る。
俺は知ってるんだ。
だから、もう少し小降りになってくれ、あの子のために。
ひいては俺のために。



来た!
今年も赤い傘だ!
いや、まてよ、去年とは違うな。
地紋にハートがある。

きっとあの子は、もっと元気になったんだ。



あの子が近づく。
俺は身構える。

どうか、俺に気付いてくれ。




「あら、また色が変わった。
 毎年かわるのね、ここのあじさい。
 今年が1番キレイ」


そして、その子は、あじさいに触れた。
右手には傘を持っているから、左手で。


その左手。


その薬指。


キラリと指輪が、光った。

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     ・・・・・

「今年のコイツの出来は最高だったな」 
所長が独り言をつぶやく。

コイツ、誰かに恋でもしとったか?

    ・・・・・

今回のショートショートは、ちるさんのこの投稿へのこのコメント

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この流れです。
ちるさん、刺激をありがとう💕

今回はできるだけ柔らかく、を目標にしました。
少しは、バカ真面目から脱することできたかな?

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    ・・・・・ end ・・・・・

タイトル画像 : 箱根の紫陽花。

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