俳句の鑑賞《65》
季語:薔薇の芽(初春・植物)
冬の時期の薔薇は、葉を落とした枝ばかりになったものが多く、とてもさみし気。
ですが、少し暖かくなると、そのような枝に顔を出すのが、赤い小さな「薔薇の芽」。意識しなければなかなか目にも入らない、小さな芽ですが、そこには健気な、新しい命があります。
そのような小さな命を見つけた作者、しばし見つめたのちに、ふと視線を移し、空を見つめます。そして、あの明るい空にも、今は見えないたくさんの星々がいること、に気づきます。夜と同じく、星も流れとんでいることでしょう。
「昼もどこかで星とんで」、まるで童謡のような、優しくて、わくわくするような措辞。春のはじまりを、読み手もしっかりと感じることができます。
読めば読むほど、好きになってゆく句のひとつです。
追記
村上主宰から、Xポストにて伺いました。
金子みすゞ「星とたんぽぽ」の影響を受けている句、とのことです。
季語:春光(三夏・生活)
飼い猫であっても、野良猫であっても、多くの人にとって猫は、かなり見慣れた動物であるために、その髭についても、普段はあまり気に留めることはなさそうです。
ですが、作者は、目の前の「猫のひげ」が猫の「貌をはみ出」ていることに、ひょいと気づきます。恐らく、それは、「春光」のせいに違いありません。
明るくやわらかな陽射し、人にとっても、猫にとっても、寒い冬ののちの、待ち侘びた光なのです。
明るい春のなか、猫も作者も、エネルギーに満ちている様子が伝わります。
季語:夜長(仲秋・時候)
実印を捺すという作業は、日々の生活ではあまりなく、大切な書類を扱っているとき、などに限られます。
その実印を「六つ捺す」作者。私の実経験からでは、相続の際の書類、土地や家の売買の際の書類、を思い出しました。さぞかし、慎重にじっくりと時間をかけて書類に目をとおし、緊張しながらの捺印だったことでしょう。
まさに、「夜長」という季語がぴったりであります。
無事に捺し終わった際のお気持ち、すらも伝わってまいります。
季語:冬薔薇(三冬・植物)
一句目の「薔薇の芽」に対して、「冬薔薇」の四句目。
多くの葉を落とし、棘の目立つ枝ばかりになった冬の薔薇の木に、忘れたように咲く「冬薔薇」。周りも限られた色の中、その薔薇は、非常に印象的であります。
さみし気でありつつ、確固たる強さも。
そのような冬薔薇が見える場所で、作者は、何やら書いているもよう。色鉛筆のスケッチでもあり得そうですが、「かたく光る」という措辞から、私には、昔ながらの尖った鉛筆が見えてまいりました。濃いグリーンのHの鉛筆。
何か大切な手紙の下書きでもしているのでしょうか。
「かたく光る」と、字余りの着地が、作者の決心をも表しているように思えてなりません。
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「南風」村上主宰と津川顧問句集の「俳句鑑賞」の経緯はこちらの記事に。
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