4/1 嘘をつく

今日はエイプリルフールである。1年で1日、この日だけは嘘をついても良い日とされている。不思議な行事というか、習慣である。

私は嘘をつくのは苦手だ。すぐ表情に出てしまって隠すことができないし、何より「嘘をついた」という事実から来る罪悪感でもやもやしてしまう(人狼ゲームが苦手な所以である)。できることなら、嘘はなるべくつかずに生きていきたい。たとえエイプリルフールの日であっても、だ。

「優しい嘘」という言葉がある。私がそれを身をもって体験したのは、高校に入学した直後に付き合った彼氏と別れた時のことだ。私が呼んでいたあだ名の頭文字を取って、ここではM氏と呼ぶことにする。

M氏は私と同じ学校ではなく、市内有数の強豪の吹奏楽部に所属しており、朝から晩まで練習漬けの毎日を送っていた。中学校は同じだったので家は近かったが、部活が忙しく会える時間は少なかった。連絡手段はいつもLINEで、それも私がいつも一方的に送っていた。そんな状態が続いて半年ほど経ったある頃、一通のLINEが届いた。初めて、本当に初めて、彼の方からくれた連絡だった。

「しらはなのことを嫌いになった訳では無い。が、自分ではしらはなを幸せにする自信が無い。別れよう。その方がお互い楽になれる。」

私は驚かなかった。滅多に会わない、連絡も頻繁ではない、キスはおろか手を繋いだこともなかった。私は"カノジョ"でもなんでもない、友達以下の存在だった。

M氏は自分の不甲斐なさを強調し、私の方に非はないということを繰り返した。「嫌いになった訳では無い」というと、好きだという感情は消えていないかのような言い方だが、それは嘘だ。好きだとか嫌いだとかいう次元の話ではない。「最初から興味が無かった」のだ。元はと言えば私の方から告白して始まった関係だった。高校生になって、新しい環境に浮かれていた。M氏はそんなふわふわした気持ちのまま、私の告白を安易に受け入れてしまったのだ。彼は半年経ってようやく、自分は初めから今までずっと、何の感情も抱いていなかったことに、気がついたのだ。だから、嘘をついた。「自分は確かに、"カノジョ"のことを好きだったのだ」、と。

「優しい嘘」は通常の嘘より、嘘をついた相手のみならず、嘘をついた自分をも、傷つけてしまう度合いが、大きいのだ。たぶん。

M氏とはそれっきりで今は全く連絡を取っていないが、風の噂によると、どうやら幸せなキャンパスライフを送っているようだ。
優しい嘘をつくのは、私が最初で最後の相手のであって欲しい。幸せになれよ、M氏。

今日はこの辺で。またどこかでお会いしましょう。(ノ)`ω´(ヾ)モチッ

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