ひらがなエッセイ #22 【に】
ある大学で刃物の切味を数値化する測定器を造ってみたところ、 皆が面白がって古今の名刀を研究室に持ち込んだ。様々な名刀の斬れ味の数値化に皆が心を躍らせていたのだが、その中で一本だけ、何度計測しても数字が安定しない【日本刀】があったという。持つ者の心の闇によって斬れ味が変わるというその刀の伝説は、金属工学を通して証明された。その刀の名は村正。数ある【日本刀】の中で唯一、妖刀と呼ばれている刀だ。
村正について伝説や逸話は沢山残されているが、身も蓋も無い話をするならば、逸話が沢山残されている理由は、低価格で斬れ味が良く、市場に多く出回っていたからである。そしてたまたまその時のお偉いさんの不幸の際、その刀が使用されている事が多かったから妖刀認定を受けたと言うだけの話だ。
私は心優しき科学の子であるから、霊的なものは信じないスタンスで暮らしているが、何故だか、言葉には魂が宿る、というスーパー神秘的でロマンティックな思想は受け入れている。だもんで、妖刀、という響きを帯びて無機物に命が宿った可能性を否定し切れないでいる事は確かである。不思議な事は不思議なままで、そっとして置いた方が良いのかも知れないね。妖刀、格好良いじゃないか。
以前書いたかどうか忘れたが、私は眠れない夜には目を閉じて【日本刀】の鞘をスッと抜き、パチンと収める空想を繰り返す。座頭市みたいな居合のイメージでは無く、10㎝程抜いてまた収め、また少し抜いて、収める、を繰り返す。実際聞いた事があるのかどうかは覚えていないが、あの音が好きなんだ。江戸か。
東京国立博物館には、現存する【日本刀】の最高峰に君臨する大包平(おおかねひら)や天下五剣などと一緒に村正が展示されているらしい。これだけ有名にも関わらず国宝に指定されない妖刀は一体どんな気持ちでいるのだろうか。機会が有れば一度足を運んで見ようと思う。
雨の日の夜に街灯の下をトボトボと歩いている野良猫の姿をした妖刀と私が出会い、異世界に転生して冒険が始まっていくありふれたアニメ設定の空想にヨダレを垂らしながら、今日は眠るとしよう。スッ、パチン。
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