先生#3(受験の話)
高校3年生はクラス替えはなく、クラスメイトも担任副担任も2年生からの持ち上がり式だ。
とうとう受験生。
私の高校はいわゆる進学校ではなく、複数の専門学科から成る。
卒業後の進路は、就職と進学が半々。
私は就職組だった。
40歳年の離れている父は、私が二十歳のときに定年を迎える。
別に行きたい大学も、大学に行ってまで勉強したいこともないのに、高い学費を支払ってもらうのも申し訳なくて、就職を選んだ。
かといって、入りたい企業もやりたい仕事もなかった。
部活で絵を描くのは好きだったけど、自分がそれで食べていけるとは思えない。
正直、どこでもよかった。私にできる仕事があるなら。
地元は好きだし、実家も家族も好きだし、実家から通える近いところでいい。
お給料は多少低くても、実家暮らしならなんとかなるだろう。
そういう薄っぺらな条件で第3希望まで企業を絞り、3年生になってすぐの進路希望調査票を提出した。
GW明けだっただろうか。
副担任の先生に、ある企業をすすめられた。
先生たちは、私たちの進路のために企業訪問をしてくれる。
おすすめされたのは、副担任の先生が訪問してきた企業だという。
そこは九州では結構大きく展開している企業で、私は全く視野に入れていなかった。
転勤があったからだ。
もともと選択肢にもなかったので、断るつもりだったけど、副担任の先生に「あなたに合っていると思う」と言われたら、少し気になってしまった。
今、希望している企業も、どうしても入りたいわけじゃなかったから。
家で、すすめられた企業のHPを調べた。
航空写真が美しい明るいHPから、企業理念からなにから一通り目を通した。
採用情報のページに社員紹介があった。
その社員からのメッセージに心を掴まれてしまった。
それは「あなたと一緒に働ける日を楽しみにしています。」という一言だった。
今思えば、そんな一言は誰だって言える。
けれど、当時やりたいこともなく適当に希望先を選んで、こんなんでいいのかなと悩んでいた私にとっては、とても温かい言葉だった。
私も進路に悩んでいる学生にこういう言葉をかけられる人になりたい。こういう人が働いている企業で一緒に仕事をしたら、私もそういう人間になれるんじゃないか。
短絡的な思考回路が一瞬で出来上がって、そのときにはもう、ここに行きたいと思っていた。
6月の最後の進路希望調査で、初めての企業名が出てきて、先生は驚いていた。
私の高校の就活は、学校に求人が来て、単願なのでほとんど一発で決まる。不合格だった場合は、みんなの残り物や2次募集が来た企業をまた受ける。
私が第一志望とした企業は、毎年受験者はいたものの、合格者が出た翌年は不合格、その翌年は合格、と隔年で合格者が出る傾向にあって(当校調べ)、私の年はその分析からすると不合格になる可能性が高かった。
先生には「本当にいいのか?」と何度も確認された。
でも、初めて、行ってみたいと思えた企業だったから、挑戦することにした。
受験対策は、私なりに一生懸命した。
筆記科目も作文も、一番苦手な面接やグループディスカッションの練習も。
夏休みはほとんど毎日学校に行った。
ほとんどの部活動は夏休み前に引退していたけど、美術部は2学期の体育祭の看板準備や12月の大きな美術展の準備もあり、3年生も活動を続ける。
午前中は部活をして、午後は受験対策、そんな日々だった。
大変だったけど、学校で先生に会えると嬉しかった。
作文の添削をしてもらうために、何度も先生に会いに行った。下心も込みで。
原稿用紙一枚の作文で、どうしても話が脱線してしまう私に先生は「無駄に長くするのが得意だな」と言った。こういう言葉も先生から言われると、笑えた。
「とにかく短いから結論と理由を端的に」先生の助言をもとに何枚も作文を書いた。
受験は2日間あった。
1日目は筆記科目、2日目は作文と面接。
勉強はしたと思っていたのに、1日目の筆記はボロボロだった。
ほとんどの科目が半分以上分からなくて、解けなくて、泣きそうだった。帰りのバスで、不合格を確信していた。
明日の試験も行きたくない。行きたくない。でも。
その夜、先生に「電話していいですか?」とSMSしたら了承の意思表示があったので、電話した。
筆記が半分以上分からなかった、たぶん不合格ですけど、明日の作文と面接も頑張らないといけませんよね?
そういうことをボソボソと話したと思う。
先生はいつもの感じで淡々と「当たり前だ」と言って、背中を押してくれたから、2日目も私なりに頑張った。
私は不合格を確信していた。
だから、不合格通知が来るまでは目一杯、現実逃避をしようと決めていた。
受験対策中ずっと我慢していた『ズートピア』をTSUTAYAで1週間レンタルして、5回くらい繰り返し観た。
受験の合否通知を受け取るために、放課後、職員室に呼ばれた。
結果は合格だった。
嘘だ、あんなにボロボロだったのに。
個人面接では「人と接するときには笑顔が大切だと思うと答えたけれど、今、笑えていないけど大丈夫ですか?」と面接官に言われたし、グループディスカッションでも自分から立候補したホワイトボードへの書記役が勤まらなくて、他の子と途中で交代になったのに。
先生が「よかったな」と言ってくれたから、よかった。よかったな、と思った。