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出遇ったその日から、ずっと

「憶えているかい 初めて遇った日」
 これは、今年30周年を迎えるネオロマンスシリーズのイベントで歌われる、シリーズ全体によるイベントソング「僕達のAnniversary」の歌詞の冒頭。
 いつも、イベントの熱気が最高潮になっているクライマックスの中で聴き、何度も口ずさんできた慣れ親しんだ曲の歌詞が、突然に目に飛び込んできたのは、コロナ禍で人と会うことが軒並み制限された時のことだ。
 それまで、年に何回もあったネオロマンスのイベントもピタリと無くなってしまって、家にいるしか無かった。
 グッズの整理をしていて、何気なく歌詞カードを開いた時、突然にこの言葉が、グッと胸を突いた。

 私とネオロマが出遇ったのは、何年前かは割愛するが、私がまだ10代の頃だった。
 某赤い帽子の配管工がカーレースをしたりお姫様を助けたりするゲームや格闘系はボタン操作が難しくて苦手、RPGもレベル上げや装備を揃えるのがうまくいかなくてボスが倒せずにいるなど、ゲームは楽しくて面白くて好きだけど、クラスの皆ほど夢中にはなれないもの。そんな立ち位置だった。
 そんな中である日、近所の中古ゲームショップで、気になるゲームソフトを目にする。

「アンジェリーク」

 初の、女性向け恋愛シュミレーションゲームだという。
 プレイステーションのソフトだ。
 パッケージは、まるで少女漫画の表紙のよう。
 主人公らしい金髪の女の子と、いかにもライバルな見た目の青髪縦ロールの女の子。
 そして、それを見守るように描かれたギリシャ神話に出てくるような格好をした9人の男性たち。
 もともと西洋ファンタジーや神話が好きなこともあってか、何故かとてもキラキラと輝いているように思えた。
 主人公はある日、宇宙の女王を選ぶ試験を受けることになり、不思議な力を司る9人の守護聖様の力を借りながらライバルと切磋琢磨し、試験や恋に挑んでいく…というゲームだとパッケージの裏に書いてあった。
 恋愛シミュレーションゲームというジャンルはそれまでにもあったが、男性向けという印象があった。
 友達の家でやらせてもらったこともあり、女の子たちは可愛いし面白いゲームだったけれど、いまいちピンと来なかった。
 しかし「アンジェリーク」を見た瞬間、悟った。

(そうか。私はこれがやりたいんだ)と。

 しかし、その反面で葛藤もあった。
 当時は、オタクというのは嘲笑される時代。
 まして、ゲームやアニメに夢中だなんて知られた日には、それだけでからかわれる対象になるようなことだ。
 それに、別に2次元の世界に恋愛対象を求めているわけでもない。
 欲しいと思ったものを素直に受け止めるには、当時の私の心は複雑すぎた。
 「欲しい!」と思った自分の心に、様々な言い訳をして首を横に振り、その日は帰った。
 しかし、帰ってからも「アンジェリーク」の可愛くてキラキラしたパッケージが頭から離れない。
 次の日も、同じ中古ショップに行って、同じソフトを見た。
 でもやはり、買う決心がつかない。
 当時の財源は、お小遣いだけである。
 少ない財源で毎月、友達とドーナツを食べに行ったり、誕生日プレゼントを買ったり、お揃いのシャーペンを買ったり、プリクラを撮ったりカラオケをしたりしていた。
 その貴重なお金を、ゲーム1本に使うのは大博打もいいとこだ。
 価格は3,000円前後。当時は大金のレベルだった。
 ゲーム・アニメに理解のない親には、前借りを頼めるはずもない。
 仮に買ったとして、ものすごくつまらなかったり自分には合わなかったりしたら、ガッカリ感も半端ないと想像し、見るだけ見て、また帰った。
 それでもまだ、キラキラのパッケージは頭から離れない。
 中でも、騎士のような格好の赤髪の守護聖様が気になった。
 遂に、親のパソコンで「アンジェリーク」を調べた。
 どうやら人気のようで、主人公はアンジェリーク、ライバルはロザリアという名前で、守護聖様それぞれのお名前と声優さんを知った。
 赤髪の守護聖様はオスカー様と言って、声を当てているのは堀内賢雄さんという方だと知った。

(どうか、次に行くときまで売り切れてませんように)

 買うか迷ってるくせに、都合の良い神頼みをしながら、悶々とした日々を過ごした。
 何週間か経って、私はまた同じ中古ゲームショップに行って、アンジェリークのソフトを手に取っていた。
 欲しい。いや、でも……。
 けど、やりたい。いや、でも……。
 この期に及んでもグルグルと悩み続け、手に取ってはソフトを棚に戻し、グルリと店内を一周して、また同じ棚の前で止まる。
 そんなことを2、3回繰り返した。
 そして、考えた。
 今日は、あった。今日まであったから来週もあるかもしれない。……でも、今度こそ無いかもしれない。
 いっそ、目の前から無くなったら、諦めがつくかも?
 ……いや。そうはならない。
 私はきっと、次に来た時にこのソフトが無かったら、隣町まで自転車をこいででも、同じものを探すんじゃないか。
 グルグルと考えながら、答えはもう出ていた。
 衝動的に、悩みに悩んだ「アンジェリーク」のソフトを手に、レジへ走った。
 そこから家に帰るまでは、あまり記憶がない。
 遂に、ずっと欲しかった「アンジェリーク」を手に入れたぞ!と、高揚感が胸を占めた。
 その日はたまたま家に誰もおらず、走り込む勢いでテレビの電源を入れ、プレイステーション(確か、2)を起動した。
 急くように、ソフトを入れる。
 ここまで来たら、一刻も早くアンジェリークを浴びたかった。
 そこが、長く深い沼の入り口になろうとは、知る由もなかった。
 オープニングから流れてくる、アニメーション。
 それがまず、第一の衝撃だった。

(ムービーが流れるなんて、豪華!!)

 さらに、キャラ達から声がしたのも衝撃!!
 当時、フルボイスはおろか、キャラがペラペラと喋るゲームなんてやったことが無かった。
 そして、想像以上にキラキラとしていて、例えるなら「可愛い」と「美しい」を全て詰め込んだような世界が、目の前にドカーンと広がってきたような心地がした。
 あっという間に、私は「アンジェリーク」の虜になった。

 私が買ってきたのは「アンジェリーク」シリーズの中でも「アンジェリーク デュエット」というタイトルのものである。
 最初、プレイヤーはアンジェリークとして試験に臨む作品が発売されたのだが、その後、人気が上がったので、ライバルのロザリアでもプレーできるようにリメイクされたソフトだった。
 これが、私にとっては非常に相性が良かった。
 私は昔から、どこか素直じゃないところがあり、漫画やアニメの主役たちを好きにはなれないという悪癖があった。
 当時はその理由がよく分からなかったが、恐らく「主人公だから」という理由で様々なドジや失敗を笑って許され、オイシイとこを持っていくような展開に、子どもなりの反発心を抱いていたのかもと今は思う。
 しかし「アンジェリーク」は、違った。
 主人公としては、プレーヤーの分身たるアンジェリークがいるけれど、ライバルのロザリアはアンジェリークと対等に扱われる。
 恋愛する対象である9人の守護聖様は、アンジェリークにだけ夢中になるわけでは決して無く、ロザリアにも恋をする。
 ロザリアは、試験だけではなく恋愛のライバルでもあり、油断していると恋も試験も何もかも負けてしまうシステムになっていた。
 そして、私は絵に描いたようにロザリアに何もかも惨敗して試験に負ける。
 守護聖様方は、ほとんどがロザリアを支持。
 みるみる落ちていく守護聖様方の親密度に比例して、お部屋へ訪ねれば眉間に皺を寄せられる。試験のために育成地へ力を送ってほしいのに、逆に引き上げられる。散々だった。
 では、恋愛の方をと、パッケージで一目惚れした赤髪のオスカー様のところへ足繁く通ったが、特に何も起こらずに終わった。
 悩みに悩んで買ってきた「アンジェリーク」を遊びだしてから、わずか数日の出来事だった。

(何、だ、これ!!!?)

 試験に負けて恋にも敗れ、聖地を去っていくアンジェリークを見ながら、ザワッとした大きな波のような衝撃が私の胸の内に押し寄せた。
 私は恋愛シュミレーションゲームをやっていたはずだ。
 だというのに、実際は女王試験に躍起になるしかなく、恋愛は「れ」の土俵にも上がれなかった。
 ずっと、
 しかし、ここで「クソゲー」と、コントローラーを放る選択肢はなかった。
 それは、故郷に帰るアンジェリークが笑顔だったことも大いに影響しただろう。

(あぁ、これはBADエンドではなく、数あるエンディングの1つなんだな)

と、素直に思えた。

 とりあえず、もう一回やろう!
 今度は、ロザリアでやれば勝てるかもしれない。
 終わったばかりのセーブデータに、新しい物語を上書きし、私はまたコントローラーを取った。
 今度は、ロザリアがアンジェリークに大敗した。
 守護聖様のほとんども、今度はアンジェリークの支持に回った。
 でも、オスカー様とは少しだけ仲良くなれた。
 オスカー様は、それまで出逢ってきたどの2次元キャラよりもかっこよくて御声もセクシーで、一気に心を奪われた。
 何回目かの惨敗でコツを掴み、遂にオスカー様と両想いになった時も、また大きな衝撃だった。
 なんと、恋愛成立も声付きのムービーが流れる。
 全宇宙一モテる設定のオスカー様が、声付きで動いて愛を紡ぐ姿は、マジでお嬢ちゃん世代だった私には刺激が強く、ドキドキで壊れそうというか、心の中の均衡的なものが何もかも壊れた。
 今は、ハマることを「沼る」とか言うが、そんなレベルではない。
 どちらかというと、心の中のイマジナリー富士山と浅間山が歴史的大噴火を起こしたような気分。
 頭の中はオスカー様でいっぱいになり、私は来る日も来る日も「アンジェリーク」で遊ぶようになった。
 気が付くと、最初に「アンジェリーク」と出逢ってから10年の歳月が過ぎていた。
 その間、私はだんだんと「アンジェリーク」の続編ソフトを買い、攻略本を買い、抜け出し様のないアンジェリーク沼の奥底で回遊するようになった。
 当時、アンジェリークを含むネオロマンスシリーズは、飛ぶ鳥を落とす勢いの絶頂期。
 私が夢中になっていた頃には、すでに何作ものソフトが発売され、関連のドラマCD(ゲーム作品のドラマCDがいくつも存在するのも衝撃)やOVA、キャラクターソング、ネオロマ専用の雑誌、キャラクターデザインの由羅カイリ先生が連載している漫画……と、多種多様に展開していた。
 それから、アンジェリークの声優イベントである。
 今でこそ、2次元作品の声優さんが一堂に会すイベントも珍しくなくなったが、その元祖はネオロマであるらしい(と聞いた)
 当時はとにかく珍しく、その存在を知った時は「一体、どんな空間で何をするの?」と、不思議でならなかった。
 しかも、年に数回、大きなホールで開催するというのだからこれまた衝撃だった。

(アンジェリークって、すごい! すごすぎる!)

 すっかり「アンジェリーク」の虜になっていた私には、何もかも輝いて見えた。
 ネオロマシリーズは、アンジェリーク以後に日本によく似た異世界に飛ばされる和風ファンタジーの「遙かなる時空の中で」、音楽で紡ぐ現代ファンタジーの「金色のコルダ」を発表し、あっという間に大大大人気コンテンツとしての地位を、不動のものにした。
 長くなるので割愛するが「遙か」「コルダ」共に「アンジェ」に匹敵するほどの面白さと奥深さと感動と難易度とが存在し、オスカー様からちょっと、そちらによそ見をしたあまり、私はネオロマ全作品をやる羽目になった。
 その後に出た「ネオアンジェリーク」「ミスプリ!」「下天の華」も全てやった。
 もちろん、ゲームだけで熱が収まるはずもなく、放課後のドーナツやプリクラを卒業して、自分で稼いだお金を持てるようになってから、イベントやグッズに手を出すようになった(笑)

 だって、仕方ない。
 ネオロマは、最高に面白いのだ。

 ただの、2次元作品とは違う。
 まるで、隣りにいて語りかけてくるような臨場感がある。
 キャラ自身の苦悩や難題は、どこか上手くいかない自分の日常と被ることもある。
 つい、感情移入してしまう。
 自然と涙が零れる場面がある。
 大笑いする場面がある。
 頼む頼むと、画面に向かって懇願してしまうような場面がある。
 ドキドキ。キュン。ガーン!イヤーッ!
 様々な感情が、自分の中で目まぐるしく動いていく。
 大好き、大好き、大好き!
 何度もその言葉を繰り返さざるを得ないほど、心を囚われる。
 そうして気が付いたら、30周年の今年まで、私は「アンジェリーク」と、そこから始まった「ネオロマシリーズ」に、頭のてっぺんから足の底までどっっっぷりと浸かってしまっていた。
 何も、ずっと好きでいようと決めたことは無い。
 ずっと応援したいとか、続いてほしいから何作品も買ったりしているつもりもなかった。
 ただ「好き」だった。
 その「好き」が、自分の両手にコントローラーを握らせ続けたのだ。

 ロザリアや、守護聖様方は言う。
 アンジェリークには、どこか不思議な魅力がある、人を引き付ける何かがあるのだと。
 それこそ、女王に相応しい力なのだと。
 どこにでもいる普通の女の子で、失敗だらけで泣き虫のアンジェリーク。
 ちょっとしたことで落ち込んで、ドジばっかり。
 私は、そんな子が主人公だからってご都合的に成功するのを見るのは、好きじゃなかったはずなのに。
 いつの間にか、大好きで掛け替えのない大切な存在になっていた。
 それは、アンジェリークが、私と一緒にあの地獄のような試験も、冷たい守護聖様方の視線も乗り越えてきてくれたからかもしれない。
 そして、女王として凛と輝いていく姿を、ずっと見続けられたからだろう。
 そう考えると、私も彼女の魅力に大いに惹きつけられた1人に違いない。

 さて、冒頭の言葉に戻る。
 残念ながら「アンジェリーク」と出遇ったその日が、何月何日だったのか正確には思い出せない。
 けれど、これから先何年経ってもずっと、実家の近くにある中古ゲーム屋で、何週間も悩み続けて「アンジェリーク」を買ったことを、私は忘れない。
 あの日、ロザリアに促されて開いた扉の先のきらびやかな世界を、忘れない。

 アンジェちゃん、ありがとう。
 貴女に出遇ったおかげで、大切なものがいっぱい増えたよ。
 素敵な出会いが沢山あったよ。
 悲しいこともいろいろあって、難しいこともいくつかあったけど、乗り越える強さを持てたよ。
 そんな私の隣りには、いつもいつもネオロマがあって、その原点は貴女の笑顔なんだと思い出させてくれた。
 どうかこれからも、みんなを照らし続ける貴女でいてね。

 30周年、おめでとう!

 これから先も、ずっと大好き。

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