ウイスキー小噺 第012回:ジャパニーズウイスキーの定義について考える④
日本洋酒酒造組合は2021年2月に「ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準(以下、「本業界基準」)」を公表しました。ジャパニーズウイスキーの品質やブランド力を維持向上させるため、ジャパニーズウイスキーの定義を明確化するのが目的です。
前回までの記事
①:https://note.com/whisky_kobanashi/n/n7a7ff0f9faab
②:https://note.com/whisky_kobanashi/n/n215064a6c750
③:https://note.com/whisky_kobanashi/n/n61dcbc275462
前回は、本業界基準をそのまま法制化することの問題点について考えてみました。「ジャパニーズウイスキー」の定義の厳格化により蒸留所の新規参入のハードルが高くなりすぎないか、という観点での問題提起でした。
今回も、法制化の抱える問題点の続編です。
日本の蒸留所の数はずいぶんと増えましたが、リリースされるのはシングルモルトばかりで、「ジャパニーズブレンデッドウイスキー(注:ここでは、国内製造原酒のみで製造されたブレンデッドウイスキーを指します)」があまりないのことにはお気づきでしょうか。
今回は、「ジャパニーズブレンデッドウイスキー」の観点から、本業界基準を法制化することの問題点を検討してみます。
おさらい・・・本業界基準における「ジャパニーズウイスキーの定義」
以前紹介した、本業界基準におけるジャパニーズウイスキーの定義をおさらいしておきましょう。
重要な要素を簡単にまとめると、
・水(日本国内で採水)、穀類(麦芽は必ず使用する)を原料として日本で製造された蒸留酒であって、
・容量700L以下の木製樽で、
・最低3年間熟成すること
となります。
この定義に従ってブレンデッドウイスキーを作ることを考えてみましょう。
ブレンデッドウイスキーとは、モルトウイスキーとグレーンウイスキーを混ぜ合わせてたものでした。
新規蒸留所で製造されているのはほとんどがモルトウイスキーですので、彼らがジャパニーズブレンデッドウイスキーをリリースしたいのならば、「自分でグレーンウイスキーを作る」「国内の別の蒸留所からグレーンウイスキーを購入する」のどちらかになります。
グレーンウイスキー蒸留所の建設
グレーンウイスキーは連続式蒸留器を用いて製造するのが一般的であり、ポットスチル(単式蒸留器)を使用するモルトウイスキーとは異なる設備が必要となります。
シングルモルトウイスキーと比べてブレンデッドウイスキーが比較的安価で販売されているのは、大規模な連続式蒸留器を用いて大量生産した低コストなグレーンウイスキーを用いていることが一つの要因です。お手頃なブレンデッドウイスキーを販売するには、大規模なグレーンウイスキー蒸留所が必要不可欠です。
新規蒸留所は小規模であることがほとんどで、資金面やオペレーションといった面で、大規模なグレーンウイスキー蒸留所を建設するのはかなりハードルが高いと言わざるを得ません。
【注】
ポットスチルを使ってグレーンウイスキーを製造することは可能ですし、実際にそうしている蒸留所もあります。ただ、ポットスチルを使用すると大量生産によるコストメリットは得られないため、お手頃なブレンデッドウイスキーを作るのはなかなか難しいと言えます。
外部からグレーンウイスキーの調達
自社でグレーンウイスキーを作るのが困難なら、誰かが作ったグレーンウイスキーを買ってくればいいのですが、残念ながら、日本には原酒を外部に販売する(樽の状態で販売することを指します)という商習慣は根付いていません。
例えば、サントリーは白州蒸留所と山崎蒸留所でモルトウイスキーを、知多蒸留所でグレーンウイスキーを生産していますが、その原酒はすべてサントリーのウイスキーのために使われます。知多蒸留所に行って、「ジャパニーズブレンデッドウイスキーを作りたいので、グレーンウイスキーを樽のまま売ってくれませんか?」とお願いしても、たぶん売ってくれないでしょう。
日本でグレーンウイスキーを大規模に生産しているのはサントリー、ニッカ、キリンの大手3社くらいです。その3社が外部にグレーン原酒を販売しておらず、かつ、さきほど述べた通り自社でグレーンウイスキー蒸留所を建設するのはかなり難しいとなると、新規蒸留所が本業界基準を順守してジャパニーズブレンデッドウイスキーを製造することは極めて困難です。
まとめると、
・自前の大規模グレーンウイスキー蒸留装置を有するのは大手のみ
・自前でグレーンウイスキー蒸留装置を有する大手は、(恐らく、)外部への原酒の販売をしていない
・この状況下で本業界基準を法制化してしまうと、大手以外は「ジャパニーズブレンデッドウイスキーを作れない」ことになりかねない
という問題意識です。
なお、私が認識している限り、大手以外で本業界基準を満たしたジャパニーズブレンデッドウイスキーをリリースしているのは桜尾蒸留所の「戸河内」くらいです。
まとめ
今回は、本業界基準をそのまま法律にしてしまったら、大手以外は「ジャパニーズブレンデッドウイスキー」を作れないのではないか?というお話でした。実際、新規蒸留所から「ジャパニーズブレンデッドウイスキー」がほとんどリリースされていないことからも、この問題意識は的外れではないと思います。
「ジャパニーズシングルモルトウイスキー」が美味しく飲めるなら、ブレンデッドウイスキーを作れないとしても問題ないのでは、という考え方もあると思います。シングルモルトを中心に飲む方ほど、こういう考えになりやすいのではないでしょうか。
一方で、私は「ジャパニーズブレンデッドウイスキー」の普及を進めることは、ジャパニーズウイスキー業界がより洗練されていくために(何を指して「洗練」というのは人によって違うかもですが)、とっても大事だと考えています。
次回に続く。。。