【エッセイ②】夜なべマフラーのぬくもり
初めてマフラーを編んだのは、小学校2年生のとき。きっかけは、クラスで行われたクリスマス会のプレゼント交換だった。
教室は、女の子を中心に、プレゼントを何にするかという話で持ちきりになる。私は、せっかくのクリスマスなら手作りのものがいいだろうと考えて、学校から帰るなり祖母の家に駆け込んだ。
「あのね、今度学校のクリスマス会で、プレゼント交換するの。でね、私マフラー編みたいんだ。おばあちゃん教えて!」
毛糸を選ぶところから、プレゼント作りは始まった。プレゼント交換はくじなので、誰に当たるかは当日までわからない。
「これは太いし、いーい糸だから編みいいよ。」
というおばあちゃんの勧めにしたがって、男の子に当たっても女の子に当たっても大丈夫そうな、深い緑色の糸を選ぶ。
コツを覚えてしまうと、あとは簡単だった。こたつにあたってテレビを見ながらでも、おしゃべりしながらでも、よそ見しながらでも、ずんずん編める。
「若いからまさか(さすが)物覚えがいいねえ。」
と、おばあちゃんに言われて照れくさかった。
毎晩、編み終わりの段に鉛筆を通すとき、少しずつ長くなっていくマフラーを持ち上げては、ひとり静かな喜びに浸っていた。もう少しで完成だと思うと、自分が使うわけでもないのに、ほっこりと嬉しくなった。
その喜びは、長くは続かなかった。クリスマス会当日、たしか、4時間目のことだった。プレゼント交換のとき、私は紙袋に入れたマフラーの行方を、なんとなく目で追っていた。当たったのは、男の子だった。
直後、袋の中を覗き込んだ彼の言葉が聞こえてしまった。
「うわ、マフラーかよ!いらねえ。」
家に帰ると、おばあちゃんがいた。
「プレゼント、喜んでくれたけ?」
と聞いてくるおばあちゃんに、私はなんと答えたのだろう。私が再びマフラーを編むのは、もう少し先のことになる。
それから2年が経ったある日、同じクラスのサッカー少年が、夜な夜なマフラーを編んでいるという話を耳にした。毎晩遅くまで彼の部屋の明かりがついているのを不思議に思ったお母様が、そっと様子を見に行かれると、なんと一心にマフラーを編んでいたらしい。自分へのプレゼントなのでは?と、お母様はとてもたのしみにしていらしたそうだ。
ところが、待てど暮らせど、マフラーは一向に編みあがってこない。実はそのマフラーは、学校まで毎日片道3㎞以上を歩いてくる、同級生のSくんのために編んだものだったのだ。Sくんはそれを首に巻いて、どんなに暖かかったことだろう。
いまでも、私はその話を思い出すと、涙がこぼれそうになる。マフラーは、ほどけばたった1本の毛糸にすぎない。しかし、それを誰かのために編むことで、体だけでなく、心をも温めることができる。どの手編みマフラーにもそれぞれに、人と人とのドラマが編み込まれているのだ。