(連載小説)秘密の女子化社員養成所⑨ ~女顔に整形される研修生たち~
「おじゃましまーす、研修生の菊川悠子を連れて参りましたー。」
遥香がそう言いながらドアを開け、続いて麗子に促されるようにして悠子も保養所棟内にある美容室に入った。
「お待ちしてました。ささ、そこに座ってさっそく始めましょうか。」
とにこやかにこの美容室の店長を務めている東山 由香(ひがしやま ゆか)に出迎えられ、悠子は不安げな表情のままカット椅子に腰掛けた。
「じゃあまずは眉毛を女の子らしい形に整えて、その後でぱっちりお目目になるようにまつエクをしちゃいましょうね。うふふ。」
そう言われてもメイクされるだけでも恥ずかしくてたまらないのにその上強制的に顔まで女らしくなるようにいじられてしまう事に更なる不安と恥ずかしさを覚え、押し黙っている悠子を麗子は「ほら店長さんがこうして優しくおっしゃってくださってるんだし、挨拶ぐらいしなさい!。」と叱る。
「は、はい・・・・・よ、よろしくお願いします。わ、わたしの顔をお、女らしくきれいにしてください・・・・・。」
「はーい、分かりました。まあ仕方ないわよね、昨日この島に来たばかりでまだ慣れてないのもあるだろうし。でも心配しないでいいわよ。私たちが菊川さんのお顔をちゃあんと女らしくしてあげるからね。ふふふっ。」
そう言われたものの、確かに由香の口調や言葉遣いは優しい感じだがこれから悠子が顔に無理やりされる一連の美容整形は普通に考えるとまともな事ではないし、そうかと言って今の自分の立場では黙って従うほかなく、せめて痛くないように、そして出来れば美しくなれるように仕上げて欲しいと願うのが精一杯だった。
カット椅子に座るとケープをかけられ、いよいよ悠子の顔は女らしくなるためにいじられはじめた。
「わたし・・・・・これから女らしい顔になっちゃうんだ・・・・・。」
そう心の中でため息をついた悠子だったがまずは眉毛をハサミと眉毛セット用のカミソリで女性らしい形に整えられていく。
「女の子はね、男とは違って眉はシャープにしてた方がいいの。それに眉を整えただけで大分お顔の感じが変わってくるのよ。」
「は、はあ・・・・・そうなんですね・・・・・。」
眉をどうしたこうしたと言われても今までそんな事なぞほとんど考えてこなかった悠子にとってはこんな風に生返事をしながら聞いているほかない。
その横でひと足先に美容室に入っていた穂波と美容師さんの会話が聞こえてくる。
「園田さんってほんとうにお肌きれいで色白でうらやましいわー。それに”ひと通り”済ませてるからあたしたちも楽。うふふ。」
「あらそうですか?。お褒めいただいてなんだか恥ずかしいですね。でもおかげ様でわたしこの島に来る前から結構顔をいじってましたから。」
「ひと通り済ませている」とか「あれこれ顔をいじってました」だの昨日から思っていたのだがこれ以外にもどうも穂波だけは他の研修生とは立ち振る舞いが違う。
それに指導役の社員からも「園田さんは前からピアスの穴あけや眉カット、それにお髭の永久脱毛も済ませてるみたいだし元々二重だからこのまつエクが済んだら医療棟で唇にヒアルロン酸入れてもらってプルプルになったら今日はこれで完了なんであとは休憩でもしてらっしゃい。」と言われている。
そんな穂波の事を不思議に思いつつ、悠子は眉カットが終わったので引き続き今度はまつエクをされていたのだが、横で同じようにまつエクをされている当の穂波は全く嫌がる素振りなどは見せず、それどころか結構楽しそうに美容師さんと会話をしている。
「でも同期の子たちはこれだけちゃんと整形してもらっても無料なんでしょー?。わたしもう既にいっぱい自費でいじっちゃったもんでいいなーって思うんですよねー。でもそれより何よりこの島は”女のわたし”にとって理想的な施設であり職場ですからいいんです。」
「”女のわたし”にとって理想的」と穂波は言うがはて?・・・・・。
それに悠子自身もこの島に来てから無理やり「わたしは女です」と言わされているし、何度もそう言う事で自分の中の感覚や性自認も「女」になってきつつあるから自分で自分の事を「女」と言うのは指導役の社員の手前もあるだろうからそれほど不思議には思わない。
ただ無理やり女装させられて女性として扱われ、その上で厳しい女子化研修を受けさせられるこの研修所が穂波にとってはなんで「理想的」なのだろうか?・・・・・。
悠子は多分穂波はリップサービスでそう言っているのだろうと思って聞いていると穂波の口からは信じられない言葉が聞こえてきた。
「わたし実はトランス女性なんですよね。だから本来の自分の姿が遠慮なく堂々と平日の日中、しかも会社でも出せるのはほんとありがたい事です。」
えっ!!・・・・・園田さんってトランスジェンダーなんだ・・・・・
びっくりする悠子のそばで更に続けて穂波はこの島に来る前の大阪支店勤務時代には日常的に顧客と会う職種でもなかったし、支店内の社員たちにも服装や髪形にそこまであれこれ言われなかったので会社には中性的な髪形や服装で出勤し、それ以外にもこっそり男性用の無香ファンデーションを塗って下着は女性物をつけて出勤していたし、家に帰れば即座に着替えてスカートを履き、フルメイクをして女性の姿になっていたと言う。
そう言えば初めて穂波に会った時に男にしては少し変わった長めのヘアスタイルだなと思った事や昨日の入所式で研修生代表として「私にとって女性として、そして女子社員としてこの長期研修に参加させて頂ける事は身に余る光栄でございます。」と挨拶していたのもそうだし、何よりそうして普段から自分は女だと自覚を持って過ごす期間が長かったのであれば言葉遣いや立ち居振る舞いすべてが既に女らしくて慣れているのには納得がいく。
「この島にいる間はお洋服やお着物、それに下着や化粧品、アクセサリーまで全て基本的に無料でしょ?。家賃や食費もかからないし、おまけにこうして足りないところを整形までしていただけるなんて本当にわたしは幸せ者です。今まで我慢してきてよかったー。」
とまつエクをされながら話す穂波は本当に嬉しそうだった。しかし無理やり女装させられるどころか女らしい顔に整形までされている悠子からするとその感覚は理解できなかった。
でも横で穂波と美容師が話すのが聞こえてきて、悠子としては別に聞きたくもなかったのだが耳に入るので仕方なくそうしていると穂波が「今まで我慢してきてよかったー。」と言いたくなるのも分かるような気がした。
穂波は京都にある超一流国立大学を卒業しており、専攻はバイオ関連で更に大学院に進んで専門的な研究をしていたと云う「才媛」なのだった。
そして自分がトランス女子だと気づいたのは小学校高学年の頃で、中学生になるとその気持ちはより強くなっていった。
石川県の田舎町で生まれ育った穂波の通っていた中学校は制服が昔ながらの男子は学生服で女子はセーラー服だったが、ご多分に漏れず穂波も着たくもない学生服に身を包みながら同級生たちのセーラー服姿を指をくわえてみている毎日だった。
心が思春期の女子の穂波としては夏の水泳の授業では海パン一丁になり上半身裸で乳首が丸見えになっている事がまるでヌードやバストを人前に晒しているようでとても精神的にも負担で且つ恥ずかしくてたまらなかった。
そして入りたくもないけど仕方なく入らされた運動部系の部活では顧問の熱血教師が「おまえら!気合を入れるために”男子”は全員丸坊主だ!。」と言い出し、なんで「女子」の自分が部の決まりとやらで今でさえしたくもないガリガリに刈り上げられた超ベリーショートの髪形にさせられているのにその上ツルツル・クリクリの坊主頭になれだなんて「女子」がそんな髪形にできる訳ないじゃない・・・・・と思い、結局悩んだ末に退部した。
すると今度は「あいつは”男子”のくせに坊主にするのが嫌で部活を辞めた根性無しだ」と言われ周りから冷たい視線を浴びさせられ、嫌な思いをした。
その後も穂波は誰しもあるようにしかも田舎町に住んでいるとあっては自分がトランスジェンダーであると云う事をよりカミングアウトできる環境ではなく、誰にも相談できず悶々とする中学・高校生活を送るほか無かった。
ただ田舎の高校と云っても最近は一応申し訳程度にLGBTQについて教わる機会があり、穂波の通っていた高校でも年に一度くらいはLGBTQやマイノリティに関する授業があった。
しかし教える方もそこまでLGBTQに対しての知識や理解がある訳でなく、教わる生徒の方も興味本位で聞いている程度が大半だった。
各種SNSは自分のパソコンで見るのは見ていたが、田舎の高校生でまだウブな穂波は鍵を掛けたり規定に反する投稿をしすぎて閲覧できなくなるアカウントを散見しているうちにSNSに余り関わりすぎたらもしかして面倒な事になるかもしれないと思い、自分からツイートしたりはせずせいぜい「いいね」をする程度に留め、主に閲覧するだけで積極的な利用はしなかった。
そして大学入学を機に京都で一人暮らしを始めた穂波は超一流有名国立大学の学生と云う事で幸いな事に家庭教師のバイト先には困らず、どちらかと言えば接客や力仕事とかは余り得意で無かったので他のバイトはせずに授業が無い時はもっぱら家庭教師をする事に精を出した。
するとおかげで学生にしてはそこそこの収入を得る事ができたのでそれを元手にまずはネットで見つけた女装サロンへ行ってみたのだった。
授業が無い平日の午後にマンションの一角に目立たないようにあったその女装サロンへこっそりと行き、とても緊張しながら穂波はドアを開けた。
そこのサロンのホームページやSNSを見る限りでは昼間からやっているし、お客さんのツイートから推測しても怪しいお店ではなさそうだった。
それでも女装と云う世間的にはアブノーマルなジャンルのお店には変わりなく、もしかして「秘密クラブ」みたいな感じでヤバい事が日常茶飯事で行われていたり怖い店員さんが出てきたりするのではなかろうかとビクビクしながら構えていた。
そんな事を思いながら中に入るとこじんまりとした女性物を売っているどこにでもあるお店と云った感じだったので、少し安心しつつもオドオドしながら店の片隅にあるレジを兼ねた受付へと足を運んだ。
「あ、あの・・・・・はじめてなんですが・・・・・。」
「あっそうなんですね。今日は何か女装用品はお持ちですか?。」
「いえ・・・・・なんにも持ってきてないんです・・・・・。」
そんな風に「よくいる女装初心者」と云った感じでごく普通のやりとりをしているうちにどうやらヤバいお店ではなさそうだと少し安心した穂波にお店のスタッフが「じゃあお客様は”初回のお客様限定・女装体験コース”ご利用と云う事でいかがですか?。下着セットも入ってますのでお得ですよ。」と言うのでうなずくとスタッフがコースの内容とシステムの説明を始めた。
「ではまずこちらへどうぞ。」「は、はい・・・・・。」
このサロンでは下着は持ち込みか女装初心者等で持っていない場合はお店で売っているものを買って付けてもらうシステムで、穂波は下着売り場に連れて行かれてメジャーでアンダーバストを測られた。
測り終えると「結構細身ですねー。じゃあこれくらいのサイズがいいかな?。」と言いながら店員から穂波に合うサイズのオーソドックスなデザインのブラとパンティ、それにガードルとキャミソールの下着セットと胸に入れるパットと黒のパンストも一緒にを手渡され、受付でサロンの使用料と合わせて支払いを済ませるといよいよ奥にある女装サロンの部屋へ通された。
「ご新規さん入りまーす。」と言うとドアが開き、手に下着セット一式を持った穂波がオドオドしながら中に入るとそこは化粧品の匂いが充満し、女物の服が所狭しと並んでいる今までに経験した事のない「異空間」だった。
サロンと云うだけあって既に花柄のワンピースを着た先客の「女性」が携帯をいじりながらソファに腰掛けていて、奥の写真スタジオのような本格的な撮影コーナーでは髪をアップに結った華やかな振袖姿の「女性」がポーズを取りながらにこやかに、そしてどことなくうっとりしながら写真撮影に興じている。
少し戸惑っている穂波を見てメイクスタッフが「どうされました?。」と聞いてくるので「いえ、みなさんきれいですね・・・・・。僕、いえ、わ、わたしもメイクしてもらってスカートを履いたらみなさんのようにきれいな女性の姿になれるかな?・・・・・。」と恥ずかしそうに言うのだった。
そしてにっこりとしているスタッフに「大丈夫ですよ。お任せください。じゃあ着替えましょうか。」と促され、穂波は大量に並んでいるレンタル衣装の中からまずこれから着る記念すべき初めての女性物を選ぶ事にした。
とは言え今まで女性物を着た事がないので具体的なサイズも分からず、あれこれ数多くあるレンタル衣装に目移りしてしまって穂波はまごまごしてしまった。
それで仕方ないのでスタッフに洋服選びをお任せするとコーディネートが一発で決まるのでいいからとワンピース、それも白のレースのオーソドックスなデザインの清楚なものを選んでくれ、それを持ってフィッティングルームのようなところで下着と併せて女物に着替えた。
そしてまるで美容院にあるような大きな鏡の前に座り、はじめてのメイクが始まった。
はじめて間近で嗅ぐ化粧品の匂いやスポンジやメイクブラシが自分の頬を伝う今までにない感触に戸惑いながらもどこか心地いい。
そんな気持ちの中、今自分の顔がどうされているのか分からない状態である事と相まって不安もあり、その反面念願だった女性の姿への変貌への期待が心の中で同居しつつ穂波は仕上がりを待った。
やがて「はい、メイク終了しました。じゃあ目を開けて女性になった自分を見てみましょうか。」とスタッフに言われ、閉じていた目をそっと開けた。
「えっ?・・・・・これって・・・・・。」
そこには髪形がストレートロングの色白で肌のきれいな清楚系の顔立ちをした「年頃の女の子」が鏡に映っている。
「かわいくなりましたねー。やっぱりお若いし肌もきれいだからお化粧のりもいいし、どこから見ても完璧な”女の子”ですよー。」
そうスタッフに言われ、改めて鏡をまじまじと見てみると鏡の向こうの「清楚系の年頃の女の子」もまじまじとこちらを見ている。
恐らくこの白のワンピースを着たストレートロングの女の子は自分なのだろう。でもメイクしてウィッグを被り、ワンピースを着るだけでこんなに変われるのだろうか?・・・・・。
そう思いつつ促されて姿見の前に移動するとそこにもメイク台の大きな鏡に映っていたのと同じく白のワンピースを着たストレートロングの髪形の清楚系女子が映っていて、穂波が体を少し動かすとふんわりとワンピースの裾が揺れ、鏡の中の清楚系女子が着ているワンピースも同じように裾の辺りがふんわりと揺れた。
「ぼ、僕・・・・・、いえわ、わたし・・・・・女の子になっちゃったんですね・・・・・。」
「そうですよー。今のあなたは白のワンピースのよく似合うとっても可愛いどこから見ても女の子ですよー。うふふふ。」
そしてしばし穂波は姿見の前で立ち尽くすようにして鏡の中の「清楚系女子」に見入っていた。
ずっとずっと自分の中で心と体の性が一致していなく、それでなくても誰もが何かと悩み多き思春期なのをより他の人より多く悩んだり苦しんだりしながらやり過ごした自分が今こうしてワンピースを着てメイクをしてもらう事でやっと憧れでもあり念願でもあった女性らしい姿になれたのだ。
「これがわたしの望んでた”ほんとうの自分”なのね・・・・・。」
そう思いながら首を傾げたり頬に手をやったりすると同じように鏡の中の清楚系女子も首を傾げ、頬に手をやる。
そしてその仕草を横でスタッフが見ては「お客様はほんとうに女の子みたいですねー。見ててちょっとこれが”男”だなんて誰も思わないですー。」と半分ヨイショも入っているのだろうけどえらく誉めてくれ、またそのやりとりを花柄のワンピースと振袖姿の先客二人が横目でチラチラ見ている。
ひとしきり姿見で女の姿をしている自分を見つめ、女になった実感が徐々に沸いてきた穂波はメイクスペースから部屋の中央にあるソファに移動した。
それほどではないが踵の高いパンプスを履くと目線が先程より高くなったせいか目の前の光景が少し違ったようにも見え、また踵の高い履物に慣れないせいかよろよろしながら歩き、その度にワンピースの裾が揺れ、股のあたりから男の時には感じた事のないスース―した無防備な感触が伝わってくる。
どこからともなく漂う化粧品やアロマオイルの匂いに包まれ、女性が好みそうな小洒落ていて可愛らしい内装とインテリアのこの部屋でワンピース姿の穂波も先客がしているように膝を揃えてソファに座り、ネイルをしてもらった指でテーブルに置かれてある女性向けファッション雑誌を無造作にめくっていると自分はまるで元から女性だったような気分に浸ってしまっていた。
平日という事でお客もそれほど多くない事もあり、穂波のメイクを終えてひと仕事済んだスタッフたちもソファに腰掛けて先客たちと会話しているのだがその内容もファッションや美容、また女性が好むスィーツや料理を提供している飲食店の事などのいわば「女子トーク」ばかりで、女性としての経験の浅い穂波は聞いているだけだったがそれだけでも楽しい気分になれた。
それでもスタッフが話の内容も含め穂波や先客を完璧に女性としか見ていない事やまるで「女の園」のようなこの部屋の雰囲気は穂波にとってはなぜだかとても心安らぐものがあった。
穂波を見るスタッフや先客の目も、確かに先客は女装のベテランなのか洋服や着物の着こなしや立ち居振る舞いも慣れた感じで、また違和感なく女言葉で女性が好んでするような内容の会話をしてはいるが、ただベテランなのはいいけれどその分「若作り」感が年頃の女子が着るような振袖やデザインの可愛い系の洋服を着ているとどうしても出てしまっていた。
それに比べて正真正銘の大学1年生と云う「お年頃」の穂波は自然に清楚系女子と云った感じが出ていたのでスタッフからは賞賛の、そして先客からは穂波の若さと美しさに羨望と嫉妬の入り交じった視線が注がれていた。
しばらくそんな風にサロンで過ごしているとスタッフに「そう言えばお客様は女の子としてのお名前は何か決めてはりますか?。」と聞かれたので
「ええ、一応・・・・・稲穂の”穂”にウエーブの”波”で”ほなみ”って名前なんですけど・・・・・。」
と穂波は今まで温めていた自分の女性名を初めて人前で名乗った。
石川県にある実家の近くの高台に穂波は煮詰まった気持ちになるとと気分転換を兼ねてよく出掛けていた。
そこは目の前に棚田が広がっていて秋には稲穂が黄金色に輝き、また向こうに見える日本海が天気のいい日には穏やかな波と一緒にどこまでも広がっていて、この景色が大好きだった穂波はいつもそこで時間を忘れて景色を眺めてはあれこれ物思いにふけっていた。
自分のジェンダーやセクシャリティの事をはじめ友人たちとの人間関係、そして進路や将来の事などあれこれ色々と悩んではいたがここに来てきれいな景色に癒され、また時には自然を前にして悩んでも仕方ないと割り切る事でなんとかこれまでやってこれたのもあるし、この風景が自分の原点だと云う思いから語感も女の子らしいので「穂波」と云う名前にしたのだった。
「”ほなみ”ちゃんなんですねー。とっても可愛らしくてお客様にぴったりでいいお名前ですねー。じゃあそのお名前で登録しておきますねー。」
そうスタッフに褒められながら「穂波」と女性名で呼ばれたり、また初めて自分から人前で「穂波」と女性名を名乗ってそれがすんなり受け入れられた事で穂波の気持ちはますます女らしくなっていた。
(つづく)