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(ミニ小説)気がつけば女子高生~わたしの学園日記③ 先生との課外授業~

「えっと、ここのマンションかな?」

保健の桜田先生がスマホに送ってきた先生の住んでいるマンションの位置情報を見ながら僕はオートロックの玄関の呼び鈴を鳴らした。

保健室登校をしている僕にいつも保健の桜田先生はあれこれ話を聞いてくれたり、世話を焼いてくれる存在だ。その先生が僕に見せたいものがあるから週末うちに遊びに来てと云うので今日は出かけてきた。

先生のマンションは僕の中学より反対方向で、住んでいる町も少し離れているせいかここに来るまで知り合いに会う事はなく落ち着いてここまで来れた。そしてマイク越しに「どうぞ~」と先生の声がしてエントランスの扉が開く。

エレベーターに乗り、先生の部屋の前に着いて再度呼び鈴を鳴らす。「神原君よく来たね。ささ、入って入って。」とそう言う先生はなんと着物姿。いつも先生を保健室での白衣姿しか見たことがなかったけど、いつもの白衣姿でもどことなく和風の佇まいで楚々とした感じだったのに今日はその着物姿でより和風で楚々とした感じが詰まっているように感じた。

「先生、お正月でもないのに着物なんですね。でもとってもお似合いです。」

「あら、ありがとう。私ね、学校で白衣しか着てない反動で家では結構着物生活してるのよ。うふふ。」

そう言いながら先生は保健室と同じように琴の音色がCDから流れ、きれいな生け花や和風の小物をインテリアとして飾ってあるこの部屋で日本茶を淹れてくれ、小ぶりなお饅頭と一緒に出してくれる。そしてお香をほのかに炊いてあるのかほんのりと和の香りがするのがいつもの保健室とちょっと違う。

「先生って着物自分で着られるんですね。」

「そうよ。優和に通っている時に学校で習ってね、それからずっと自分で着てる。優和の生徒って自分で着物着られるのが必修でちゃんと着られないと進級させてくれないのよ。ふふ。」

「えっ、着付けできないと進級できないってそんなに厳しいんですか?。」

「最初は私もそう思ったけど、何回かやってみると基本的なお太鼓とか浴衣の帯結びだったら案外簡単に覚えられるものなのよ。だからまあ落第したくないから頑張らなくっちゃって言うのもあるだろうけど、大抵の子はそこまで苦労することなく着付けはなんとかパスしてるわね。」

「へーそうなんですね・・・・・。」

「ところで神原君、今日君に見せたいものがあるからうちに来てって言ったけどそれを持ってくるからちょっと待ってて。」と言って桜田先生が奥の部屋に入り、何やら手にして戻ってきた。

「お待たせ。君に見せたいものってこれなの。」

そう言う先生が持ってきたものはあの進路指導の資料にあった優和学園の矢絣と袴の制服だった。

「え、これって・・・・・」

「そうよ。神原君がこの前資料に写っているのをじっと見てた優和学園の制服。私が高校の時着てた分だけど捨てずに取ってたの。」

そこには資料でみた矢絣に女袴の制服があった。

「神原君ね、ここの高校って男女共学だけど、男子の制服はどんなのですか?ってこの前言ってたじゃない。実は優和学園って男女とも制服これしかないのよ。」

「えええ!これって女の子だけが着るんじゃないんですか??」

「違うの。優和学園は生徒全員がこの矢絣に女袴を着るのよ。」

僕はそれがどういう訳なのかさっぱり理解できなかった。優和学園は確かに前は優和女子高校と言う女子校だったけど、先生も言う通り今は共学になったのは知っていた。だけど共学なのに男子も女子と同じ矢絣に女袴を制服として通うだなんていったい・・・・・。

そんなびっくりして事態が呑み込めない僕に先生が教えてくれた。優和学園は10年前に共学になるときに理事長が変わってそれでカリキュラムや制服も大きく変わったのだが、学園の方針としてこれからはこの学校で「ジェンダーフリー」に力を入れたいと云うのがあったらしい。

10年程前と言えば、折しもSDG‘sと云う事で「ジェンダーフリー」はもっともっと重要視されるべきと云う風潮も少しずつ具体的になっていた頃だったし、コスプレ感覚で成人式に男子がきれいにメイク・ヘアメイクをして振袖を着て出席する「振袖男子」と云うのも徐々に増えていたのをはじめ、服装やファッションの面で従来の男女間の垣根みたいなものは徐々に変わってはいた。

ただ理事長は実際問題としてジェンダーフリーの世の中であることを望んでいるのはどちらかと言えば女性の方であって、ジェンダーフリーと云う旗をわざわざ振らなくてはいけないのは現実的には女性の方が何かと社会的に制限されたりするシーンが多いからではないかと云う考え方だった。ただ同時にそれらの制限とか偏見みたいなものは男性の女性に対する理解不足・認識不足から来るのもひとつにはあるのではないかと理事長は感じていた。

そしてもうひとついわゆる性的マイノリティ、つまりLGBTの問題も理事長は感じていた。ティーンである自分の性自認に違和感があったり、周りの友達がみんな「誰それくんはかっこいい」「誰それちゃんはかわいい」と言っていてもいまいちその感覚に付いていけず、気が付けば同性にだけ胸がキュンとする状態であっても誰にも言えなくて、もちろんお相手に自分の気持ちを伝えられなかったり自分はどこかおかしいのではと悶々とするティーンが予想以上に多い実情を感じ取っていて、その子の居場所を作ってあげるべきではないかと云う思いもあったようだった。

それに加えてクールジャパンと海外でもてはやされはじめていた日本のカルチャーをもっと積極的にかつ正確に、そして深掘りして本格的に伝える人材を育てたい、その為にはきちんとした和の文化や習慣を体感できる場を設けるべきだと思い、カリキュラムの全面的な改革に取り組んだと云うのだった。

「そうなんですね。なんだかすごい・・・・・。」

「それでね私思うんだけど、神原君って優和学園が結構向いてるんじゃないかって。」

「えっ?!ゴホゴホ・・・・・」

そう言われてびっくりした僕は飲みかけていたお茶を吹き出しそうになりむせた。

「なんでかって言うとね、神原君とあれこれお話をさせてもらってて、ずっと『女みたい』ってからかわれたりいじめられてたって言ってたでしょう。それにそう言われたりして泣いちゃって余計に女の子みたいっていじめられて・・・・・。」

「・・・・・」

「でもね、神原君が泣いちゃうのは別に女の子みたいだからじゃないし、いじめらてて悔しかったり悲しかったりするから泣いちゃう訳で、そんないじめられたりされなければ特に泣いちゃう事もない訳じゃない。」

「それは、そう、ですね。」

「確かに神原君は他にも男子にしては小柄だったり、声変わりをそこまでしていないって云うのはあるけど、それも『男子にしては』と云う括りでそう判断されていじめやからかいの材料になってる訳で、特に体に問題がある訳でもなくてそこそこ普通に健康なんだし、他に問題を起こしてるとか性格がイヤらしいとか云う事もなくてその『男子にしては』って云う括りがいじめを助長させているとしたらおかしな話でしょう。だったらもし神原君が女子で同じように身長が160センチそこそこだったら少なくともいじめの要因はひとつ減るわよね。」

考えてみればそうである。僕は確かに活発な性格ではないし、どっちかと言えば内気で引っ込み思案で趣味や行動もインドア的だけど、逆に人に暴力を振るったり、SNSも含めて人の悪口や陰口を云う事はほとんどないし、必要以上に空気を読まずに自己主張するとかそんなに人に迷惑をかけたような覚えはない。だけど身体が小さいとかすぐ泣くとか言うだけで「女みたい」と理不尽な事をされるのはおかしいし、先生の云う様にもし自分が元から女子だったらここまでいじめられたりしない事になる。

「優和ではジェンダー教育にも力を入れてるんだけど、まず『男らしい』『女らしい』ってなんですか?って事を学ぶの。身体が大きくて腕っぷしが強いのが『男らしい』って云うのならそれは男子全員がそうあるべき事なのか、それより大事な事があるんじゃないかって。分かる?」

「え、なんですか?」

「それは人間らしくってこと。男子でも泣きたい時は泣けばいいし、逆に女子も必ずしも料理が出来て、趣味はお菓子作りで、フリフリのレースのついたお洋服を好んで着るみたいな事が余り好きじゃないって子はそれはそれでいいじゃないってこと。」

「そうですよね。男らしい、女らしいって誰が決めたんでしょうかね。」

「そうなのよ。神原君は私から見て保健室で色々とお話聞かせてもらって思うけどとってもいい子よ。だけど小柄とか涙もろいとか他の男子みたいに活発な性格じゃないってだけでいじめられるって事は無いんじゃないかって。それに外国に日本文化を紹介したいと云う思いや、着物にも興味があるようだしだったら優和学園で本格的にジェンダーフリーや日本文化を学ぶのもいいと思うの。」

先生はそこまで僕の事を話を聞きながらこの胸の内を察してくれていたのかと思うととてもうれしかった。それに確かに日本文化には興味はあるし、元々まだ中学生なので漠然としたものだったけど将来は外国を舞台とした国際的な仕事に就けたらいいなと思っていたのもあった。だけど僕がいくら「女みたい」と言われ続けているくらい小柄で華奢な体格であっても、たまにコスプレをする訳ではなくて実際に毎日「女みたい」な恰好を終日それも衆人の目の下で3年間ずっとし続けるのってどうなんだろう、大体女装だって興味ないし、した事もないし・・・・・。そう思っていると先生が

「ねえ、そこで提案なんだけどよかったらここにある優和の制服を試しに今からここで着てみない?」

と言い始めた。

「大丈夫、きっと神原君なら似合うから。」

(つづく)



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