(連載小説)秘密の女子化社員養成所㉞~女子化研修終了の日~
「わあーきれいになったねー!。かわいいー!。悠子ちゃんって袴も似合うんだね!。」
「ありがとう・・・・・でも紗絵ちゃんもとってもよく似合ってるー!。」
朝早くから島の施設内にある美容室では悠子をはじめとした研修生たちが揃ってメイク・ヘアメイクをを施して二尺丈の着物と袴を着付けてもらい、とても華やいだ雰囲気に包まれていた。
今日はいよいよこの女子化研修の修了式の日。この長くて厳しく、辛かった研修もいよいよ終わりとなり、卒業と云う意味合いもあって修了式を迎える研修生は全員袴姿で出席するのが慣例だった。
既にそれぞれ事前に選んでいた袴と着物をこうして着付けてもらったのを見るとまさに卒業式を迎えた女子大生の様でもあり、誰もが皆着物を着ておめかしをすると気分が晴れやかに、そしてテンションが上がる事で自分が女になっている実感が改めて沸いていた。
半年前、初めて女子社員の制服を着せられた時は強制的であった事もあり、女物を着る事は嫌で嫌で仕方なかった研修生たちも今やすっかり身も心も女子化した事もあり、こうして女物の着物を着て嬉しくしてはしゃいでいる。
そして着付けを終えた研修生たちが大ホールに場所を移すと、そこでは修了式が始まろうとしていた。
ホールに整然と並べられた椅子の最前列に研修生が座り、その後ろにはこの女子化研修の指導役を務めた麗子や遥香たち先輩社員が座り、それぞれ終了式が始まるのを待っていた。
悠子は今日でこの女子化研修もやっと終わり、明日は晴れて島を発つと云う事でうれしい気持ちでいっぱいの反面、やはり純子の事がどうしても気になっていた。
今日のこの日を純子も含めて全員きれいな袴姿で迎えたかった・・・・・と思う気持ちは悠子だけでなく、他の研修生たちも同じように感じていた。
そう思っていると大ホールのドアが開き「ほら、さっさと歩きなさい!。」とドアの方から大きな声がするので悠子たちは思わず声の方を見た。
「えっ?!、じ、純子ちゃん?・・・・・。」
そこには悠子たちと同じように二尺丈の着物を着て袴を履いた純子が居た。
髪は丸坊主ではなく恐らくウイッグだろうけど悠子たちと同じくらいの長さのおかっぱボブに髪飾りを付けてヘアメイクもしてもらっているし、それにちゃんとしたメイクもしている。
ただ首輪とリードは付けられているし、両脇は体格のいい体育会系女子社員に固められていてはいるのだがとにかく袴姿の純子がそこに居る。
「はあ、よかった・・・・・。」
「穂波さん、”よかった”ってなに?。それにどうして純子ちゃんが袴を着てここに居るの?。」
と安堵の表情を浮かべながら純子の方を見ていた穂波に悠子たち他の研修生は当然質問をしたのだった。
「あたしね、昨日所長に純子ちゃんに会わせて欲しいって直談判に行ったでしょ。その時に一緒にお願いしてみたの。」
「へ?。”お願い”って一体?・・・・・。」
穂波が言うのには三浦所長に去勢された純子のお見舞いを自分が研修生を代表してさせて欲しいと昨日掛け合った際にどうせなら純子を修了式に袴姿で出してあげて欲しいと嘆願していたのだった。
これまでずっと女になるために厳しい研修に耐えて島での生活を続けてきたのは自分たちも純子も同じだし、現に純子はこうしてすっかり女子化している訳で、確かに逃亡したのは良くない事だけど女子化へ向けて頑張った事は認めてせめて修了式は出席させてあげて欲しいと穂波はお願いをしていた。
「へえーそうだったんだー。でもよく所長がOKしてくれたね。」
「もちろん最初は渋ったわよ。それに丸坊主にされて去勢までされてる純子ちゃんが着物で着飾って式に出るだなんて許してもらえるとは実はあたしも思ってなかったの。でもね・・・・・。」
「でも?・・・・・。」
穂波は渋る三浦所長に最初は女装さえした事のない純子がこれまで頑張って女子化に励んだ事や、同期の中でも研修を続けて行くうえでムードメーカーとして欠かせない存在であった事を訴え、それでも渋る三浦所長にだったら自分も逃亡するかも知れません、と穂波は捨て身の覚悟で所長に迫ったのだった。
そんな事を言えばただでさえ逃亡と云う事にナーバスになっている今の所内・そして上層部の怒りに触れ、せっかくの研修終了とさくらの元へのお嫁入りが決まっているのも全てパーになりかねないのに思い切った行動に出た穂波だったが、実は自分なりに計算された行動でもあった。
それは同期の間だけでなくこの研修制度が始まって以来の女子化優等生でもある穂波が逃亡するような事があれば今度は三浦所長自身も責任を問われる事は確実だし、何より顧問弁護士のご令嬢に見染められてお嫁入りする件がご破算になるとそれこそ三浦所長の管理責任は厳しく問われるだけでなく、このお嫁入りに伴う多額の寄付金も会社に入らなくなってしまう。
社長と懇意の顧問弁護士がバックについているとなれば、ある意味失態を起こせばそれは社長を敵に回すと同じ事で、それもあって三浦所長は渋々純子の修了式への袴姿での参加を許可したのだった。
ただ会場に入るのは許可するが他の社員への手前、何か純子が問題を起こさないよう両脇に体育会系女子社員を配置し睨みを利かせ、見学者扱いと云う事で会場の後ろの方に座らせると云う妥協案を以て許可したのだった。
「穂波さんやるねー。すっごーい!。」
「ほんとほんと。これって穂波さんじゃなかったら絶対却下されてたし、下手したら穂波さんもメイドにされちゃってたところだよ。」
「みんなありがとう。でもあたしとしてはここまで女子化した純子ちゃんをせめて修了式にはあたしたちとおんなじ袴姿で出させてあげたかっただけなの。だって純子ちゃんは結果的にメイドになっちゃったけど、研修を頑張って受けてあたしたちと一緒にちゃんと女になった訳じゃない。」
それを聞いた悠子たちは穂波の言った「研修を頑張って受けてあたしたちと一緒にちゃんと女になった」と云うフレーズが心に響いていた。
そうなのだ、自分たちはこの島に来てお互いに励まし、助け合って頑張りながらこの長く厳しい女子化研修を経てこうして女になったのだ。
実感として同期の誰か一人でも欠けていたらここまで頑張る事はできなかったし、もしかして途中で脱落してメイドにされていたかも知れない。
それを思うと今日のこの純子の「晴姿」は女子化そのものに対してのお祝いであり、ご褒美であってもいい筈だと研修生たちは思うのだった。
そうこうしているうちに三浦所長はじめ幹部社員も会場にやって来て、昨日同様に渚主任の司会進行で修了式が始まった。
修了式と云う事で本社から鳥越人事部長だけでなく、人事・教育研修担当の広畑常務もやって来ていてそれぞれが祝辞を述べていく。
ひと通り終わると今度は学校の卒業式のように「送辞」と云う事で指導役の社員を代表して麗子がスピーチを行った。
麗子も明日からは教育研修部の指導役を「卒業」し、島には残るが美容部の課長級として施設内のコスメショップの店長兼社員へのメイク指導主任へと昇格が内定していて純子の逃亡の責任を取らされた杏奈とは対照的だった。
麗子のスピーチが終わると初日の入所式同様、研修生を代表して穂波が「答辞」を述べる事となった。
「答辞 皆様本日は私たち研修生の為にこのような盛大な修了式を開いて頂き、本当にありがとうございます。
私達研修生は半年前、期待と不安を胸にこの小瀬戸島研修所に女子化して女性社員になるべくやって参りました。
研修中は何かと至らぬ私たち研修生を三浦所長はじめ社員の皆様方の厳しくも温かいご支援とご指導の甲斐あって、みるみるうちに私たちは女子化する事ができました。
今こうして女子化する事のできた私たちはこれから女子社員・また愛する方の妻として新しいスタートを切ります。
この小瀬戸島で教わったり培ってきた女性としての知識やさまざまな経験を元に当社の社是でもある「真のジェンダーフリー」を体現し、会社や社会に貢献できる人材となる事が女子化研修を終えて女となった私たちに課せられた使命だと感じます。
まだまだ至らぬ私達ではございますが、どうぞこれからも同じ女性として温かく、そして時には厳しく見守っていただいたりご指導ご鞭撻を賜りたく存じます。
最後になりましたが私たちの女子化研修に携わっていただいた皆様方に改めて心より御礼申し上げます。本日は本当にありがとうございました。」
答辞を読み終えると会場内は大きな拍手に包まれた。そして会場のあちこちからその凛とした袴姿の穂波に対して「さすが歴代の研修生の中でも最優秀だけある」とか「玉の輿に乗ってお嫁入りするのも分かる」等の好意的な感想が漏れ伝わってくる。
そして穂波は会場のうしろの隅の方に居た純子の方に目線をやり、にっこりと微笑んだ。
「純子ちゃん、あたしたちこうやって一緒に頑張って女になったんだよね。」
そう心の中でつぶやき、自分の方を見ながら微笑んだ穂波に純子は座ったまま深々と頭を下げていた。
「穂波さん、同期のみんなありがとう・・・・・。あたしはこれからずっとメイドだけど、でもみんなとおんなじ女なのは変わりないわ。みんなと一緒に女になれてよかった・・・・・。」
そう心の中でつぶやく純子の目からは自然と大粒の涙がこぼれ落ちていた。
修了式が終わると純子はそのままメイド控室に連れ戻され、そして純子以外の研修生たちは袴姿のままお世話になった各部署を挨拶周りに回った。
その後謝恩会を兼ねた夕食となり、旬の瀬戸内海の新鮮な魚介類を中心に地元のブランド牛・ブランド鶏や島の特産のフルーツをふんだんに使った料理が振る舞われた。
もちろん島特産の柑橘類を使ったリキュールやカクテル、フレッシュジュースも料理と同様に大盤振る舞いされ、悠子たち研修生は大いに堪能した。
謝恩会の後は2次会としてバーシトラスに河岸を変え、今までここでは宿泊客や先輩社員たちの接待ばかりしてきた研修生たちだったが、今日は逆に打って変わって自分たちが接待してもらい、「終わり良ければ総て良し」ではないが長く辛いこの女子化研修の様々な嫌な思い出を忘れてしまえる位楽しい時間を遅くまで過ごしたのだった。
そんな楽しい一夜が明け、いよいよ悠子たちが島を発つ日がやってきた。
さすがに最終日とあってもういつもの朝のメイドとしての業務はなく、フェリーの時間に間に合うよう起きて身支度すればいいのだが、なぜか悠子は早くに目が覚めてしまい、同室の遥香を起こさないようにそっと部屋を出た。
部屋を出て向かった先は研修で辛い事があると必ずと言っていいほど訪れていた中庭の花壇の前だった。
悠子は色とりどりの花が季節を問わず咲いているこの場所が好きだった。
この島に来るまではそれほど花には興味が無かったのだが、段々と女子化していくうちに大多数の女性がそうであるように花に関心が向く様になり、よく手入れされているここの花壇で花を見ては癒された気分になっていた。
「あたし・・・・・よく頑張ったよね・・・・・。」
そう花を眺めながらぼそりと云う悠子の言葉には実感がこもっていた。
強制的に女装させられ、有無を言わせず女に、そして女性社員になるよう強要されたこの半年。
そして同様に強制的に女になる事を強いられた同期の研修生たちと共になんとかこの女子化研修を乗り切って女になった自分を悠子は褒めていた。
髪を伸ばしておかっぱボブにされ、二重瞼とまつエクされた長い睫毛とヒアルロン酸を注入されてプルプルになった唇の女らしい顔になり、全身脱毛で髭はおろかムダ毛の一切ないツルツルのお肌に豊胸手術でこんもりとした乳房まで付いた女の身体になった。
それに発声から言葉遣いまで全て厳しいレッスンを経て女らしい声で女言葉を喋るようになり、行動も意識も食べ物や飲み物の好みに至るまで全てここでの研修カリキュラムによって今や悠子は完璧に女性そのものになった。
そして研修の副産物でM女にもなり、また「商品の機能」としてぺ二クリは残されつつ、エッチに至ってはレズビアンとしての性的嗜好も身に付けた。
ただ悠子は女子化研修を経てここまで完璧な女性になった自分が正直嫌ではなかった。
それは実際に女になってみるとこの島に来る直前まで会社では干されていて半ば自棄になったり、目標ややる気を失ってダラダラしているだけの男の自分より今のこの女らしくなった自分は随分マシだと思えるからだった。
そして午前中はまだ挨拶が出来ていなかったお世話になった方を訪ねたり、忘れ物が無いように再度身支度や荷物の整理をしているとあっと云う間にお昼過ぎとなり悠子、穂波、紗絵の3人が島を出る為に乗るフェリーが港にやって来た。
港には研修所・宿泊所・合宿所に在籍のほとんど全員が見送りに来てくれていて鈴なりの賑わいとなっている。
「涼子ちゃん、純子ちゃんの事をよろしくね。」
「任せといて。それにあたしはこのまま島に残るけど、結構この”女の園”って居心地がいいし、穂波さんを見習って婚活も頑張るわね、あはっ!。」
と新しく島にやってくる次期研修生の指導役としてここに残るあっけらかんとして明るい涼子に純子の事を託し、名残惜しそうに3人はフェリーに乗り込むと一目散にデッキに向かって階段を駆け上がった。
汽笛が鳴り、フェリーのスピーカーから「蛍の光」が大音量で流れる粋な計らいの中、ゆっくりと船は岸壁を離れて沖に向けて進み始めた。
そして船のデッキから悠子たち3人は桟橋に居る涼子をはじめとした島に残る社員たちに向けて五色の紙テープを力任せに投げると、その色とりどりのテープが春の潮風に乗ってヒラヒラとたなびいている。
「さようならー!、元気でねー!。」
「お姉様ぁー!!、色々とありがとうございましたぁー!!。」
「こちらこそー!、みんなよく頑張ったよー!。」
「この島で教わった事を忘れないでこれからも頑張るのよー!。」
そう大声で叫びながら船上の悠子たちも、そして桟橋に居る涼子や幹部・先輩社員たちも皆同じようにそれぞれが大きく手を振り続けている中、フェリーはゆっくりと穏やかな瀬戸内海の波の上を進んで行き、豆粒のような大きさに見えるようになるまで船上で、また桟橋でお互いに手を振り続けた。
しばらくして見送り客に手を振り終えた悠子たちはそのままデッキで船上からの瀬戸内海の多島美に見入っていた。
小瀬戸島での女子化研修はこの穏やかで美しい瀬戸内海の景色とは裏腹に厳しく辛い事の連続だったが島からいつも見えていたこの景色に辛い時は何度癒されただろう。
そんな事を思いながら徐々に遠く、小さくなっていく小瀬戸島を穏やかな瀬戸内海の景色と共にあてもなくぼんやりと眺めていた3人だったが、そのうち穂波がふとこんな事を口にした。
「ねえ悠子ちゃん、紗絵ちゃん。あなたたちはこうして女になった訳だけどその事については正直なところどう思ってるの?。」
「そうね・・・・・あたしが思ってるのは名古屋で真尋さんと付き合ってた頃にさかんに”あなたは女よ、女になるべきなの”と言われてた意味がやっと分かったって事かな。」
と穂波の問いかけに対して先に紗絵が少しはにかむようにして言った。
紗絵は女装に関してはまるっきり初めてではなく、名古屋では真尋の求めに応じて結構な頻度で女装をしていたし、ただ単に女装するだけでなくそのまま女の恰好で女装外出をしていた事も一度や二度ではなかった。
でもこうして女子化研修を受けさせられて完璧なまでに女子化してみるとあの冴えない男の自分がどこかに行ったかのように「可愛らしい年頃の女の子」になれた事で紗絵は最近鏡を見るたびに真尋のあの言葉をよく思い出すようになっていた。
「あたしを見ててダサい男のままよりかは可愛らしい女の子になるべきだって事を真尋さんはお見通しだったんだって今となってはそう思うの。」
「へえそうなのね・・・・・。で、悠子ちゃんはどうなの?。」
そう穂波から話を振られた悠子はひと呼吸置いてこう言った。
「あたしは島に来るまで女装さえもした事なかった訳で、最初は何かと大変だった事しか思い浮かばないんだけど、でも会社の中でミスばっかりしてて干されれた自分がこうしてなんとか再起できたのはやっぱり女になったからって云うのは大きいかな・・・・・。それに・・・・・。」
「それに?」
「あたしも紗絵ちゃんとおんなじで”やっぱりこいつは女になるべきだ”って思われせたからこそ小瀬戸島の研修メンバーに選ばれたって思うの。」
「で、女になってみてどう?。」
「うん・・・・・正直女になったあたしは自分では嫌いじゃないの。それに女になったからとか、女になるためにこの研修を受けなかったら知り得なかった事はいっぱいあった。だから女になってよかったって今は思えるの。」
と悠子は少しはにかんでそう言うと「で、穂波さんはこうして女になってどう思ってるの?。」と聞いてみた。
「まああたしは元々MTFトランスジェンダーだったからこの島での研修は正直辛い事より楽しい事の方が多かったかな。それに正式にこうして会社から女として認められるようになったのは嬉しいし、その上お嫁さんまで見つかっちゃったでしょ。だからあたしにとってこの女子化研修は結果的に”花嫁修業”も兼ねてたかなって思うの、うふふ。」
そう言っているうちにフェリーが本土の港に到着し、穂波と紗絵はひとまずこれまで住んでいたマンションを引き払ったり、前の部署での引き続きや残務整理の為にそれぞれ名古屋と大阪に新幹線で向かい、悠子は飛行機で東京に戻るので空港へと向かった。
空港の手前からは道路の脇に植えられた早咲きの桜が幾重にも咲いているのが見え、そう言えば半年前もこの道を通って空港から港へと向かったが、今日はこのきれいに咲いている桜を見ているとなんだか花に「無事研修も終了して女になってよかったね」と祝福されているような気分になった。
飛行機に乗る時、渡された搭乗券に「キクカワ ユウコ 26F」と書かれているのを見て、その「F」の表記(”F”は”Femail”、すなわち女性のこと)に悠子は自分が女になった事を再度実感しつつ半年ぶりの東京へと向かった。
(つづく)