(連載小説)秘密の女子化社員養成所㉚~女子化研修終盤の一大事・その1~
3月も下旬となり、やっとこの長く厳しかった女子化研修のゴールが近づいて来たこの日、研修生たちは普段とは違った緊張感に包まれたまま研修室に居た。
「これで本日の日中の研修は終わりとしますが、それでは続けて明日の"島外研修”に参加できるメンバーをこれから発表します。」
「島外研修」とはこの女子化研修の最後のカリキュラムで、先日の学習発表会での振袖蝶々の踊りの披露をはじめ筆記試験や各種実技試験を経て、女子化研修がめでたく終了の見込みとなった研修生のみが島を出て本土に半日出掛けられると云うものだった。
考えてみれば研修生たちはこの小瀬戸島に来て半年経つがこの間ずっと島に閉じ込められたままでスマホやパソコンを自由に使わせてもらえずに情報や外部とのやりとりから遮断されていた。
また島から出られないので買物や飲食は全て島内の施設内でのみでしか出来ず、支払いもほぼ全額会社から支給された予め金額がチャージされたプリペイドカードでしているので現金やクレジットカードは使っていなかった。
なので研修生たちはまた会社に復帰したり穂波のように嫁いだりするのにも今のままでは大分世間の感覚からずれていてどこかで修正が必要だった。
そこで早く普通の生活に戻す「訓練」の一環として実際に島外に出て、近くのひととおりのものが揃っているショッピングモールで買い物や飲食をしながら半日過ごしてもらう「研修」が組まれているのだった。
しかしこの研修に参加させてもらえないと云う事は修了試験にパスしていないと云う事で、島から出られないだけでなくとりあえず最低半年はメイドとして過ごす事が決定と云う事でもあり、それもあって研修生たちの間にはただならぬ緊張感が漂っているのだった。
「では発表しますね。まず園田さん、それから安藤さんに槇原さん。」
と穂波、涼子、紗絵の名前がまず呼ばれ、呼ばれた本人はホッとし、また嬉しそうな表情を浮かべていた。
「あとは菊川さんね。」
そして続けて悠子の名前が呼ばれたのだが、ただ参加者リストを読み上げている渚主任の口からは一瞬沈黙のような間があった。
「えっ・・・・・もしかして純子ちゃんって島外研修に行かれないの?。」
この時点で研修生同期の5人のうち純子だけがまだ名前を呼ばれておらず、研修室の中は不穏な空気が充満していたが「最後に森野さん、以上です。」と渚主任が少しニヤリとしながら純子の名前を読み上げた。
そうすると先程の不穏な空気から安堵の空気へと研修室の雰囲気が一変し、自然と研修生たちからは拍手が起き、誰もが笑みを浮かべていた。
「明日はお昼のフェリーで島を出て、夕方の最終便で戻ります。注意点はこのプリントに書いてあるからよく読んで忘れ物のないように準備しなさいね。では。」
と渚主任から注意事項の掛かれた書面を渡され、この日の研修は終了となった。
「やったね!。これでなんとか5人揃って女子化研修を終えられそうだね!。」
「ほんとよかったー。あたしもう呼ばれないかと思っちゃった。あはっ。」
研修終了の目途がついた事と久々に島外に出られると云う事で皆とても嬉しくしていたのだが、その中でも純子はもしかして名前が呼ばれないのではと思わされた分余計に嬉しくし、はしゃいでいた。
その後、夕食もそこそこに研修生たちは早速翌日の島外研修の準備に取り掛かっていた。
渡されたA4のプリントには「服装は通常の同世代の女性が外出の際にしているようなものをメイクや小物類も含め、華美になりすぎないよう各自コーディネートして着用する事」と書かれており、いつもの制服姿ではないので洋服選びにも余念が無かった。
もう研修生全員どこから見ても外見は女性そのものなのだが、ただその女性としての姿を世間一般に見せるとなると今度は経験値の差が出てくる。
穂波は元々トランスジェンダーとして性自認が女性だったし、周りも理解がある人が多かったので普段から女性的、或いは中性的な外見と振る舞いをしていたから特にいつも通りで問題はなさそうだった。
また涼子は女装して人前に出ていたのは水商売のバイトでキャストとしてだったのでどちらかと言えばコスプレのような恰好が大半だったし、紗絵も名古屋に居た時は元カノの真尋に女装させられてあちこち外に連れ回されてはいたが、真尋の選んだ服を言われるがままに嫌々着せられていたので自分でTPOに合わせて女物をコーデした経験はなかった。
でもこの二人はこの島に来る前から既に女装外出の経験がある分どのようなコーデがよいかは感覚的に分かっていたようだった。
ただ悠子と純子はこの島に来るまで女装さえした事が無かったし、この女子化研修で随分女らしくなったものの男子禁制でほぼほぼ顔見知りの人しか居ないのこの島にずっといたので女性になった自分を他人、それも不特定多数の知らない人に見せた事はまだ無かった。
そのため他人の目をある程度意識するコーデと云うのがいまいちピンとこないようで他の3人以上に四苦八苦しながら洋服選びやコーデをしていた。
「あー、これどうだろう?。似合うかなあ?。」
「やっぱり春らしくなってきてるしピンクとか女の子らしいかわいい色の洋服とか着たいよねー。」
「そうそう。それにレースとかフリルとかいっぱいついてるのも女の子らしくってテンション上がるよね!。」
などど話す研修生たちだったがこれが数か月前まで女装さえした事のなかった「元男」の会話とは思えない内容で、服選びは大変そうではあるが気持ちは完璧に女性そのものだし、また感情の中にいわゆる「乙女心」も少なからず交じっていた。
「でも・・・・・。」
「でもなに?。」
「あたし・・・・・オ〇マって言われたりしないかなあ?・・・・・。」
と純子は服選びをしながらふと初めての本格的な女性としての外出に不安を覚えたのかそうつぶやいた。
それを聞いた悠子は少し不安になった。自分も純子と同様この島に来て初めて女装をして、その後は身も心も女子化の一途を辿り、今では外見はどこから見ても女性そのものだし、性自認はもちろん気持ちの上でも女性としての自覚が出来ている。
でも知らない人だらけの中にいきなり出かけて行ってそれでもし「オ〇マ」だなんて言われたらどうしよう?・・・・・。そう思うと先程までの嬉しく楽しい気持ちが急に萎えてきた。
そんな悠子と純子を見かねて穂波が優しく言葉を掛けてくれる。
「あら、二人とも初めてのお出掛けが気になるのね。」
「うん・・・・・確かにあたしたちってこの島に来てからすっかり身も心も女になったって思うの。だけどそれってもしかして自分だけがそう思ってるんじゃないかなって・・・・・。」
そう不安そうに言う悠子と純子に穂波は「大丈夫よ。二人とも本当にここまで頑張って女になったからこうして明日はお出掛けさせて貰える訳じゃない。だから普段通りに島でやってるように振る舞えば絶対に大丈夫よ。」と言う。
「そ、そうかなあ・・・・・あたしって女に見えるかなあ・・・・・。」
「うん、大丈夫。明日はあたしたち同期全員一緒だし、お姉様方も何人か付いて行って下さるから何かあっても心配要らないわ。それに純子ちゃんみたいにおっきな胸をした人って普通は男には居ないわよ、うふふっ。」
と穂波が少しユーモアも交えながら励ますように言うと悠子も純子も幾分気持ちが楽になった。
「そうね、あたしみたいなFカップの男っていないわ。あははっ!。」
「ほんとそう。それにもうあたし・・・・・お、女だもん。」
「そうよ、悠子ちゃんも純子ちゃんも女になったんだし、それにどこから見てもすっかりお・ん・な。だから誰も二人の事を“オ○マ”だなんて言ったりはしないから安心したら?。」
と穂波のナイスなフォローで和やかな雰囲気のまま研修生たちは安心し、準備に勤しんだのだった。
一夜明けて通常通りのメイド服を着ての朝食準備等の朝の業務を済ませると午前中は島外研修に向けて各自「自主研修」と云う事で最後の準備をし、早めの昼食を済ませると悠子たち研修生と引率役の社員達のご一行は会社のマイクロバスで港に行き、そのままやってきたフェリーに乗り込んだ。
島の港を出港すると研修生たちは船室に上がるのを許可されたので一旦バスを降り、軽い足取りで船内の階段を昇っていった。
「わあー気持ちいいー!!。」
車両甲板から船室へと繋がる階段を昇り切ってデッキに出ると悠子の口からはこんな風に思わず声が出ていた。
この「島外研修」は別名「研修生の日帰り遠足」とかまた口の悪い人からは別名「仮釈放」とも密かに呼ばれていた。
確かに女子化研修の修了が目途がついたからこの島の研修所に半ば閉じ込められているのも同然の生活から今日だけは一旦解放されるところはまさに囚人が刑期を終える間際のような感じもある。
また何よりショッピングモールで買い物や飲食をするだけではあるが普段とは違った外の世界に出かけると云う点では研修生がまるで「子供の遠足」のようなウキウキした気分にもなるのもごく自然の事だった。
天気が良かった事もあり、研修生は5人全員共デッキに出て船上から移りゆく瀬戸内海の多島美を開放的な気分で眺めていて、切りたてのおかっぱボブの髪の毛と履いているスカートの裾を潮風がやんわりと揺らしている。
まだ春先なので外にいると潮風も結構ひんやりとはするのだが、研修生たちは肌寒さより今日のこの島外研修を目いっぱい楽しもうと云う気持ちが勝ってノリノリだった。
そして辛く長かったこの女子化研修もいよいよ終わりが近づいた事を感じながらすっかり女になった研修生たちは本土までの短い船旅をはしゃいで過ごしていたのだった。
とは言え10分程経つとさすがに肌寒さの方が勝ってきたのでデッキから船室に場所を移し、それぞれが空いている席に座っておしゃべりをしたり外の景色を眺めたりしていた。
「ねえ純子ちゃん、何見てるの?。」
悠子が船室に入るとひと足先に戻っていた純子が壁に貼ってあるポスターのようなものに見入っていた。
「ああ、この船の時刻表を見てたの。」
そう言われ壁の「ポスター」を見るとそこには確かにこの船の時刻表が貼ってある。
本土の沖に浮かぶ島々を生活路線も兼ねて結んでいるこの航路だが、ここには各島々の港の発着時間が一覧表のようにして書かれている。
また本土の港に着いてから最寄りの駅発着の電車やバスの時刻と行先、それに近くにある空港の航空便の発着時間と行先もその下に書かれていた。
今や乗り物の時刻表はネットやスマホで検索するのが当たり前になっているが、島に住むスマホを持っていないお年寄りや子供たちにはこの壁に貼られている時刻表が移動の為の大切な情報源だった。
そして島から本土に行くだけでなく、そこから別の場所に移動する必要のある場合は船に乗った時に本土に着くまでこれを見て計画を立てたりするのだろう。
「だけど結構色んなところに行こうと思えば行かれるんだねー。」
「そうねー。あたしたちずっと島にいたから忘れてたけど本土に着いて乗換すると結構遠くまで簡単に行けるんだなって改めて思った。」
「そう言えばあたしたちって半年前に東京から飛行機に乗ってここに書いてある近くの空港に着いてから港まで来て、今乗ってるこのフェリーに乗って小瀬戸島に来たんだよね。」
そんな会話をしながらふとこの研修が終わると次はどこへ配属されるのだろうと悠子は思った。
穂波は東京のさくらの元に「永久就職」が決まっているけど、あとの4人は正式に女子社員として4月からどこの部署になるのだろう?。
まさか4人とも同じ部署とは思えないし、多分それぞれ別々の部署で4月からは「女子社員」として新たなスタートを切るのだろう。
長くて辛かったこの女子化研修だったけど、穂波を中心に同期の研修生はお互い助け合い、また慰め合ったり励まし合ってなんとかここまでやってきたので心の絆は濃く、そして太いように思っていた。
だが考えてみると女子化研修がめでたく終了するのはいい事なのだけどこんなにも仲良くなった仲間と4月からはバラバラになる訳で、それはそれで結構寂しいものがあるなと悠子はしみじみ思うのだった。
そんな事を外の多島美を眺めながら思っていると船内アナウンスがまもなく本土の港に到着する旨を告げた。
「はーい、じゃあ降りるわよー。みんなバスに戻りなさーい。」
とそのアナウンスを聞いた今日の引率役でもあり、日頃から悠子たちの女子化研修を仕切っている渚主任に言われて研修生と他の引率社員たちも一緒にバスに戻るとちょうどフェリーが港に着いたようでハッチが開き、乗客だけでなく、乗っていた車両も次々とフェリーから降りていった。
悠子たち研修生を乗せた会社のマイクロバスもフェリーを降りると一路今日の目的地のこの地域では一番大きな複合ショッピングモールへと向かった。
「ねえねえ、着いたらどのお店へ一番に行くの?。」
「あたしはね、やっぱり定番だけどスタバかなー?。」
「でもぉースタバもいいけどミスドも捨てがたいしー、サーティーワンでアイスクリームも食べたぁーい!。」
「あたしもずっと昨日から悩んでたけど決まんなーい!。でも今日だけはダイエット関係無しで食べちゃおうっ。」
「あははーそうよねー。ダイエットなんかしてる場合じゃないわよー。」
と外見もだがこれがまるで数か月前まで男だったとは思えない彼女たちの会話は内容だけでなく女子化研修での訓練の甲斐あって女言葉を女声でよどみなく喋っているので余計に女子の会話そのものに聞こえる。
しばらくして車窓から今日の目的地の複合ショッピングモールが見えてきたところで渚主任がマイクを手に取った。
「えーみなさん、それでは間もなく目的地に着きますが勘違いしないで欲しいのは今日のこの島外研修はあくまで研修であって遠足でもなんでもありません。これはみなさんの研修の成果としてちゃんと知らない人からも普通に女性として見てもらえるか、また自分自身が島の外の一般社会でもきちんと女性として振る舞えるかどうかを試すいわば”最終チェック”の場です。」
こう改まって言われるとバスの中は少しだけ緊張した雰囲気になり、そして渚はこう続けた。
「ですので無いとは思いますが女性として、またビューティービーナスの女子社員であると云う自覚を持って羽目を外したり変な行動をしないように充分気をつけてください。何度も言いますがまだ皆さんの研修は終わってなくてこれが”最終チェック”ですから。」
そう言われてまた悠子の気持ちの中では自分のパス度は大丈夫だろうか、ちゃんと女らしい振る舞いができるだろうかと云う不安な気持ちが少し頭をもたげてきた。
でもそうかと言って自信がないのでバスの中にずっといると云う訳にもいかないし、それに今日は単独行動ではなく同期の研修生に遥香をはじめとした指導役の社員も交えてお買い物や軽食を楽しむ訳だからなんとかなるだろう・・・・・。
そうこうしているうちにバスはショッピングモールの駐車場に着いた。大きな駐車場なのでマイクロバス位なら隅っこの方に停めておいても問題なさそうで、渚から午後4時30分までにこのバスに戻ってくるように告げられた。
「ほら悠子ちゃん、行くわよ。」
「う、うん・・・・・。」
悠子は自分のパス度についての不安やこの外出が「最終チェック」と言われた事等でプレッシャーを感じていたが、紗絵に促されてバスを降りて久々の外の空気に触れるとそんな気持ちは一瞬でどこかに飛んでいってしまった。
「じゃあまずスタバ行こー!。」
「行こ行こー!!。」「あたしも行くー!!。」
と穂波を先頭に他の研修生4人もはやる気持ちを押さえながらスタバ目掛けて半分駆け足のような早足で歩き始めた。
それを見て遥香たち指導役の女子社員とお目付け役で付いてきている体育会系運動部員の女子社員たちも釣られてスタバ目指して同じように半ば駆け足で歩いていた。
「もう・・・・・悠子ちゃんったら・・・・・ま、仕方ないか。あたしの時もこの”遠足”って楽しみだったもんね。うふふ。」
遥香はそんな半ば駆け足でスタバを目指す悠子たち研修生を長く厳しかったこの女子化研修の反動もあっての事と微笑ましく見ながら自分も後をついていったのだった。
スタバに着いてそれぞれが好きなものを注文し、出来上がった順に空いている席に腰掛け、さっそくおしゃべりに興じているがそれはまさに「年頃の女子」そのものの光景だった。
それに注文した飲み物もキャラメルマキアートやフラペチーノなど女性が好みそうなものばかりで、外見や精神的なものだけでなく舌さえもこの研修を受けているうちにすっかり女子化してしまっているようだった。
研修生は5人揃って同じテーブルに座り、少し離れたテーブルには遥香やお目付け役の体育会系社員が座っている。
「お目付け役」とは云うもののあと少しで女子化研修が終わりそうな悠子たちに対して野暮な事は言わず、少し離れた場所で自分たちは自分たちなりに楽しみながらお喋りに興じている引率役の先輩社員たちの心遣いをありがたく受け止め、研修生たちも負けじと遠慮なく楽しくお喋りするのだった。
悠子もバスを降りてショッピングモールに入り、スタバで飲物を注文する間に周りから特に妙なリアクションをされなかったのもあり、ひとまずパス度に関してはまずまずだと安堵し、和気あいあいとみんなでお喋りしていた。
「でもよかったー。誰もあたしを見て変な顔しないんだもん。これってパス度は大丈夫だって事だよねっ、あはっ!。」
「そうよ、当たり前じゃない。悠子ちゃんはどこから見ても女よ。それもおかっぱボブにこの白いフリルブラウスが似合うお・ん・な・の・こ。」
「ありがとー。みんなも今日のお洋服よく似合っててすてきー。きゃはっ!。」
と屈託のない笑顔で話す研修生たちは長く辛かったこの女子化研修が間もなく終わると云う解放感みたいなものも手伝って本当に楽しそうだった。
(つづく)