(連載小説)キミとボクの性別取り換え成人式⑩
「日も暮れたし、寒くなってきたからそろそろ帰ろっか。」
「うん・・・・・そうだね・・・・・。」
成人式終了後にあてもなく浅草やスカイツリー周辺を散策していた振袖姿の志帆とスーツ姿の操だったがそろそろ家路に就く事にした。
志帆にとって女装を始めてからこれまで色んな服装で女の子に変身してきていているが今日のこの振袖姿が一番華やかで艶やかで、そしてこれまでにない位に自分を女の子らしく見せてくれている気がしていたし、それに今までずっと憧れていた振袖をそれも成人式と云うこれ以上無い晴れ舞台で着る事が出来た事への嬉しさや満足感はまだまだ尽きる事がなかった。
朝からずっと振袖を着ているのに全く誰にも男性・女装子と気づかれる事無く、操や女装サロンの小池さんをはじめ、全く面識の無い道行く人にまで自分の振袖姿を「よくお似合いだわ」「素敵なお振袖ね」と誉められまくられた志帆の心の中は今日に限ってはもう完全に「成人式に振袖を着て出席した二十歳の女の子」に染まってしまい、完璧に女子化していた。
そんな訳で出来る事ならずっとこのまま振袖を着て自分のアパートに帰りたいと志帆は思うのだった。
ただ見るからに高そうで豪華なこの振袖をいつまでも借りたまま着ている訳にも行かないし、仮に自分のアパートに振袖姿のまま戻ったとしても誰かに鉢合わせでもしたら「あれ?、この振袖の女の子って誰?」とそれはそれで面倒な事になりそうな気もした。
と云う事でひとまず操のマンションに戻る事にし、タクシーを拾った。
浅草からだとほぼ1メーターと変わらない距離に操のマンションはあるのでタクシーに乗ってから数分で到着し、操はまたここでもスマートに先に志帆をタクシーから下ろして支払いを済ませ、二人はオートロックのエントランスから建物の中に入り、上りのエレベーターが来るのを待った。
エレベーターホールには先客が居たが振袖姿の志帆をチラッと横目で見ると「ああ、そう言えば今日は成人の日だったね」位の反応で、そして上の階からエレベーターが下りてきてドアが開くと住人が出てきたのだがこちらも振袖姿の志帆に気づくと同じように「ああ、そう言えば今日は成人の日だったね」のような反応をすれ違いさまに見せ、そのまま建物の外へと出ていった。
そしてエレベーターに乗りこみ、操の部屋がある5階に着くと二人は先客に会釈して降り、何事もなく操の部屋に戻ってきた。
「ふー、疲れたー。」
「あたしも・・・・・。」
さすがにお互いに朝からずっと慣れない恰好でいた事で疲れているのと、多少のピンチはあったけど何とか切り抜けて家に戻ってこれた事で安堵の気持ちと疲労感が混ざったため息をつく志帆と操だった。
「あっ、そろそろあたしこの借りてたお振袖脱がなくちゃ。」
「じゃあ隣の部屋で脱ごっか。」
「うん・・・・・。」
二人は隣の普段使っていないもう片方の部屋でスーツ、そして振袖を脱ぎ始めた。
操の方はジャケットを脱ぐとスルスルっとネクタイを外し、ズボンとワイシャツも脱ぐともう終了で、いつも部屋着に着ているスゥエットにあっと云う間に着替えていた。
ただ志帆の方はフェザーショールを外し、帯揚げ・帯締めがきつめに結んであった事もありまだそれらをほどいている状態だった。
着るのも手間暇かかるけど脱ぐのも手間暇かかるこの振袖ではあるけれど、脱いでいる最中でも志帆は正直なところ振袖を脱ぎたくなかった。
脱ぎたくなかったから手が自然と遅くなるのもあるだろうし、振袖を着るのが初めての分、当たり前ながら脱ぐのも初めてなのでどうしてもモタモタしてしまっていた。
いつまでもこの憧れの振袖を着ていたい、でも借り物だしそれに本当は男性で女装子と云う事は秘密にしている自分がいつまでもこの姿でいる訳にもいかない。
そんな事を思いながらやっとの事で帯締め・帯揚げを外し、帯がはらりとほどけるように床に落ちると志帆はもしかしてシンデレラってこんな気持ちだったのかしら?とふと思った。
魔法の力でドレスの似合うきれいなお姫様になって舞踏会に出て、王子様と夢のような時間を過ごしていたものの魔法の効き目が深夜24時で切れまた元のような貧しくて冴えない恰好に戻ってしまったシンデレラだったが、今日の自分も小池さんにまるで魔法のようなメイクを施してもらって豪華な振袖を着せてもらいどこから見ても女の子の姿になって成人式に出席した。
そしてシンデレラがドレス姿のきれいなお姫様になって王子様と楽しい時間を過ごせたように自分も振袖姿が似合うきれいな新成人のお嬢様になり、イケメンで気配りもできるメンズスーツ姿のまるで王子様のような操と楽しい1日を過ごす事ができた。
シンデレラは24時でまた元の姿に戻らないといけないし、同じように振袖で着飾っている自分もまた元の男の姿に戻らないといけない。
そしてイケメンで王子様のような操に1日中朝から晩まですっと「お姫様扱い」してもらい時にはピンチも救ってもらえたし、何よりこの「お金持ちの家出身の王子様」が居たからこそ豪華な振袖を着る事ができた。
志帆は今日ずっと操に「お姫様扱い」してもらっていて「成人式にカノジョが振袖を着て出席するカップルってきっとこんな感じなんだろうな」と何度か感じていた。
操にしてみれば元々気がつく性格でもあり、また実家で大切に保管されていたこの振袖と帯を汚したりしないように気をつける必要もあったので自然と志帆と着物を気遣うような仕草や振る舞いになっただけの事だが、それでも操はもし自分にカノジョが居て振袖を着て成人式に出た場合は今日自分が志帆にしたようにエスコート的な振る舞いをしただろうなと思っていた。
そんな気持ちで1日過ごしたお互いの間にはいつしか昨日までの「男友達」と云う感覚ではなく「カレシ・カノジョ」のような感覚が芽生えていた。
志帆は女装しても恋愛対象は女性だけだし、操に至ってはアセクシャル(恋愛しない、興味が無いと云うセクシャリティの事)なところがあるので言ってみれば「疑似恋愛」なのだがそれでも二人は今日1日知らず知らずのうちにどっぷりと「カレシ・カノジョ」の雰囲気に浸っていたのだった。
そんな事を思いながら着替えている二人だったが、操の方は部屋着に着替えてしまっているのに志帆の方は脱ぐのに相変わらず悪戦苦闘していた。
見かねて、と言うと若干大げさだが手持ちぶたさでもあった操は悪戦苦闘しながら振袖を脱いでいる志帆のもとにそっと近寄り、足元にはらりと落ちていた袋帯となんとか伊達締めを外して同じように床にはらりと落ちていた振袖を手に取り、陰干しするために大き目のきものハンガーに掛けた。
「ありがと・・・・・。でもゴメンね。あたし慣れてなくて・・・・・。」
「ま、初めてだから仕方無いっしょ。で、長襦袢の方は大丈夫なの?。」
「うん・・・・・なんとか脱げそう。」
と志帆が言いながら長襦袢を結んでいた腰紐をほどいた次の瞬間、いきなり肌襦袢だけの姿に志帆はなっていた。
「あ、やだ・・・・・。」
それは脱ぐのに難儀していた志帆を見かねて操が長襦袢をそっと後ろから脱がせたからだった。
肌襦袢と白足袋だけの姿になった志帆はまだ髪型はウィッグをアップに結ったままなのもあり、肩だけでなくうなじも丸見えになっていた。
着物を着る前には襟足は揃えておいた方がいいと言われて前日に1000円カットのお店で軽く散髪をしてきれいな襟足だった事もあり、首元と襟足がセットになってうなじもきれいに浮き上がっている。
おまけに肌襦袢と白足袋だけのいわば「セミヌード」姿に志帆はなってしまっているのだが、元々男にしては肌が白くてきれいだった事もあり、その姿は先程の振袖姿とはまた違う妙な和風の艶っぽさを醸し出していた。
「は、恥ずかしい・・・・・。」
と思わず口にした志帆だったが、同時に一瞬ではあるがもしかしてこのまま操に抱かれてしまうのではと云う感覚に苛まれた。
身体の構造上は操が志帆を「抱く」と云うのは無理があるのだが、この和装下着姿から「生まれたままの姿」になり、そして「カレシ」に抱かれてしまうかもと云う想いと感覚が心と体の中を駆け巡っていた。
「やだ・・・・・み、操クン・・・・・。」
少しおじけづいた志帆はそう蚊の鳴くような声で言ったのだが操は意に介さず、脱がせた長襦袢を同じ様にきものハンガーに掛けている。
「志帆ちゃん、何が”ヤダ”なの?。」
操にしてみれば志帆が振袖を脱ぐのに悪戦苦闘していたので既に着替えが済んで手持ちぶたさだった事もあり、持ち前の親切心で脱ぐのを手伝っただけでそこには特別な感情は何ひとつなく、ケロリとした表情でそう言った。
「あ、メイク落とすんでしょ。洗面台はそこだから自由に使っていいよ。タオルも置いてあるから。」
「あ、ありがと・・・・・。」
そう言われ志帆は先程の操への想いと自分の感覚が錯覚と自意識過剰であった事を悟った。そして逆にそれほどまでに志帆の気持ちと気分は「カレシと一緒に成人式の当日にデートして過ごした振袖姿のカノジョ」に染まっていた事にも同時に気づいた。
「そりゃそうよね、あたし何考えてるんだろ。」
とクスっと笑いながら志帆はウィッグと付け睫毛を外し、持ってきていたメイク落としで洗顔を兼ねて洗面台で顔を洗い終えると目の前の鏡には元のどこにでもいそうな草食系男子が映っていた。
「元にもどっちゃった・・・・・。」
そして鏡を見ながら振袖で着飾った志帆から元のどこにでもいそうな地味な男の姿の志郎に戻った事を悟り、しみじみとそう呟く自分が居た。
洗面台のそばに先程まで操が着ていたメンズスーツを掛けておいてくれてあったのでそれに着替え、シンデレラの魔法が解けた瞬間ってこんな感じだったんだ、そしてもう自分は元の男の志郎に戻ったのだと思っていると部屋の呼び鈴が鳴る。
「おっ、来た来た。うまそー。志帆ちゃん、いや志郎クンも顔洗ったらこっちおいでー。」
そう言いながら操はドアを開けて宅配された品物を受取っていて、志郎も洗面台から出てくるとテーブルの上におかれた手提げのビニール袋から何やら美味しそうな料理の匂いがしている。
「志郎クンお腹空いてね?。よかったらこれ食べながら一緒に”打ち上げ”しよっ。」
見るとテーブルの上には大量の唐揚げや餃子が大盛チャーハンと一緒に並んでいて、実は操がさっきタクシーに乗っている時にスマホからウーバーイーツで台東飯店に例の「若者定食」を頼んでいたのだがそれが届いており、二人は缶ビールを片手に若者定食を肴にして「打ち上げ」を始めた。
「でも予想以上に上手くいったよなー。多分志郎クンが余りに振袖似合ってたからじゃね?。」
「そうかなー。でも操クンに時々ピンチから救ってもらえたのも大きかったと思う。多分僕一人だとここまで上手くできなかったはず。」
などと話し、スマホの画面に写る今日撮ったお互いのスーツ姿と振袖姿を見つつ、楽しかった事や時にはヒヤヒヤした事を思い出しながらも無事当初の目的がコンプリート出来た事に満足し、超特盛の若者定食をリアル若者らしく平らげながら缶ビールや缶チューハイを次々と空け、想い出に残る成人式の打ち上げを「男友達どうし」として夜更けまで楽しんでいた。
アルコールが程よく回ってきたころ、操が少し真面目な表情をしてふとこう言った。
「でも今日は本当にありがとな。志郎クンが俺の振袖を着てくれた事で実家にアリバイもできたし、なんとか顔も立つよ。それに・・・・・。」
「それに?。」
「いや、なんていうのかこの振袖を着てくれたのが志郎クンでよかったって思うんだ。だって振袖が本当に好きでずっと着たかったって思ってくれてた人に着てもらった事で文字通り”晴れ着”の役目を果たせたかなって。」
そう真面目な表情とはにかんだ表情を入り交ぜて言う操だったが、志郎・志帆にしてみればそれは滅相も無い事だった。
帰京する新幹線の車内で荷物の上げ下ろしを手伝ってあげただけの自分に偶然が幾重にも重なったとは言えこんな高級そうで艶やかな振袖をお仕度込みでほぼ無料で着せてもらえ、その上叶う事はまず無いだろうと思って諦めていた振袖姿での成人式への出席までする事が出来た。
おまけにこんなスーツの似合う「イケメン男子」に1日ずっとボディーガードを兼ねてエスコートまでしてもらって男子・女装子だとバレずに過ごす事が出来た。
言ってみれば志郎に操が今日を含めこの成人式当日の前後でしてくれた施しの全てが感謝してもしきれないのに逆に志郎が振袖を着てくれた事を操は感謝してくれている。
それは自分がFTMトランスジェンダーであるが故に大好きな実家のある地元とそこに住む家族が操が振袖姿で成人式を迎える事への期待と想いを受け止めるバランスの狭間でずっと悩み、葛藤してきた事と無縁ではなかった。
性自認が男性の自分にとって成人式に振袖を着ると云うのは「強制女装」させられた自分を人前に晒すのと同じ事で、かと言って家族の「成人式を迎えた娘」への想いや期待も痛いほど分かる。
着物の事はよく分からないけどそれでも見るからに豪華で高そうなこの大切に保管されていた振袖と帯がいかに操は家族の事も大好きで、実家に於いても着物がいかに大事なものかと云う事も分かる。
操は正直親孝行・家族孝行として本当に嫌で嫌でたまらないが家族の気持ちに応えて安心と満足をさせるために1回だけちゃんとメイクして振袖を着て「女装」してみようかと心が触れていた事もあった。
だけど結局のところ操の心の中で「女装」する事への踏ん切りがつかなかった。
何も「俺は身体は女でも男の心を持っているから振袖なんか着れるもんか」と意地を張ってそう思ったのではない。
むしろ成人式当日も式が終わればメイクを落として振袖をさっさと脱いでしまって実質半日ちょっとだけ「女装」していればいいのだし、それに純女の子たちの間でも着物を着るのは七五三の時と成人式の時だけと云う子も普通に居て珍しくはないし、だったら式が終わって元のボーイッシュな姿に速攻で戻ってもせいぜい「もう着替えたの?」「折角なのに勿体ない」と言われる程度でお咎めされそうに無い。
ただどうしても操は自分が振袖を着て人前で「女装」する事が心の中でイメージできなかった。
小学生の時からずっと心と体の性の不一致とそれに伴う違和感に事ある毎に苛まされ、それが「トランスジェンダー」と云う事なのだと知ってからはより意識するようになり、おかっぱ頭にされてセーラー服も着せられるのが嫌で猛勉強してジェンダーレス制服の中高一貫校に合格し、卒業後はジェンダーが仕事の評価に必ず直結する訳ではない建築士を目指すために上京して今の大学に通っている自分にとって意識の中ではもう「男性」でいる事が日常なのだった。
もちろん成人式を迎える、そして二十歳になると云う事は喜ばしいことだ。
でもそうだからと言って普段から意識の中では普通に「男性」として過ごしている自分がいくら身体の性が「女性」からと言って世の同世代の女性たちがするように同じ様にメイクして振袖を着ないといけないのか・・・・・。
そんな事を折に触れて考えていた操の心の中で振袖を着る事についての結論はどう考えても納得するものは出なかった。
操だって何も成人式に出るのが嫌ではない。地元で開催される分には野山を一緒にアドベンチャーしながら遊び回り、中学に上がる際には強制的に丸坊主・おかっぱにされた同級生たちが時が経ち今度はこぞってビシッとしたネクタイにスーツ、或いは艶やかな振袖姿で現れて思い出話に花が咲くのは楽しいに違いないだろう。
そして東京、そして住んでいる地区の成人式だと和装の似合う浅草で開催される事もあり、他の区よりは同年代の新成人の振袖姿の女子たちがより華やかに街を彩るだろうからその雰囲気の中に身を投じてみるのも悪くはない。
だからむしろ操は成人式には出席したかった。
でもFTMトランスジェンダーである事をカミングアウトしていない事もあって周りには「おてんばでボーイッシュな女の子」とあくまで「女性」として位置付けされたり見られている操は「女の子なんだから振袖を着て成人式に出るのが当たり前」と云うジェンダーバイアスにも同時に晒されている。
いずれは周りにもきちんとFTMトランスジェンダーである事をカミングアウトをしてその後は「男性」としてやっていくつもりだが、今の大学2年生と云う時点ではまだそのタイミングではないと操は考えていた。
それは自分が所属しているLGBTQの大学生が集まるサークル内でもメンバーの対応や考え方は様々で、皆操と同じ様に混乱したり結論が出ない事に想い悩んでいた。
大半のメンバーは服装の事が面倒なのでなんやかんやと理由を付けて成人式には出席しない人が多く、またそう言った声が多く寄せられるのでジェンダー・セクシャリティを気にしないで出席できる成人式的なイベントが有志の声掛けで実施されるのでそちらに参加するメンバーもいた。
ただどちらにしても成人式そのものには出席したいと云う気持ちは大半のメンバーが持っていて、だから自治体が開催する成人式とは別の成人式的なイベントがその受け皿になっている実情があった。
でも操は志郎(志帆)と出会った事で持ち前の機転の利く性格と頭の回転の速さを活かし、周りのアライの協力を得て自治体主催のオフィシャルな成人式にメンズスーツを着て「男性」として出席する事ができた。
また本来自分が着るはずだった振袖もいささか志郎(志帆)を出汁に使ったところはあるが無事に役目を果たしてくれ、それも振袖を着たくて堪らなかった男子に着てもらうと云う最高の形で使ってもらう事ができた。
正直今日一日ずっと志郎(志帆)のとても似合ってる振袖姿と嬉しそうな笑顔を見ていて操は嬉しさと志郎(志帆)に手伝ってもらって何とか家族に見せる振袖姿を画像に残せた事の安堵感をずっと感じていた。
そして操は実は華やかで艶やかな志帆と云う「新成人の女の子」の振袖姿に時折「キュン」としていたのだった。
こうして「成人式に振袖を着て出席したい男子」と「成人式に振袖を着て出席したくない女子」の利害関係が一致し、それぞれ着たい服装で出席したこの成人式の1日は大きな問題になる事もなくつつがなく終わった。
その後成人式が終わっても志郎と操は「いい男友達」として引き続き仲良くしていた。
台東飯店で若者定食をつついたり、焼肉食べ放題やビヤガーデンに連れ立って行ったりするのはしょっちゅうで、それどころか合コンの数合わせに連れていかれた事さえあり、二人は「地方出身の男子大学生」として東京での学生生活を堪能していた。
それは二十歳を過ぎた事もあり、操がジェンダークリニックでホルモン治療を少しずつ始めた事と無縁では無かったように思う。
時を同じくして志郎は操に誘われて同世代のメンバーが多く所属するLGBTQサークルにアライとして参加するようになった。
自分は単なる女装子(クロスドレッサー)でトランスジェンダーではないので参加しても受け入れてくれるのだろうかと云う一抹の不安があったが、実際に参加してみると志郎(志帆)自身が口下手と云う事もあって聞き役に徹したのがかえって幸いし、すんなりと受け入れてもらえていた。
話しを聞いているとやはり地方出身のFTMトランスジェンダーで中学に上がる時に無理矢理髪をおかっぱにされ、着たくもないセーラー服を我慢して着続けて強制女装状態で通学した子や、別のFTMトランスジェンダーのメンバーからはスカート制服を着せられた強制女装状態に耐え切れずに不登校になってしまった例など操と同じような話を数多く聞いた。
逆にMTFトランスジェンダーのメンバーからはどうしても自分の女子の部分から出てしまう仕草などから「ナヨナヨしている」とか「オ〇マ」と言われてからかわれたりイジメられたりした事や、おかっぱにされたFTMトランスジェンダーの子とはまた違った形ではあるが校則や部活動の中で髪を強制的に丸坊主に断髪させられ、一般の男子生徒でも強制丸坊主は堪えるものだが、心が女子だけにその精神的なダメージは男子の数倍だったと聞かされ、志郎の心にも響くものがあった。
そのうち志郎は参加する回数が増えるに連れてより込み入った話をしてくれるようになったLGBTQ当事者のメンバーに対してより本音で話せるよう「自分の表現したい姿」として女装し、志帆になって会合に参加するようになった。
そしてそうする事で操と出会うまでは一般論を形式的になんとなく聞いていたLGBTQについて一歩踏み込んだ中身と内容の濃い世界が広がっていくのを感じていた。
(つづく)