(連載小説)秘密の女子化社員養成所⑲ ~聖なる夜の性なる出来事・その2~
「はー、このワインおいしいわー。それもこんなにかわいいお嬢さんと一緒に呑んでると余計においしく感じちゃう。うふふふっ。」
と、ご機嫌で杯を重ねる恵美に対して悠子は不安と緊張のせいかワインを味わう余裕もなく、ただ仕方なくとりあえず愛想笑いをしていた。
クリスマスイブの夜に急に臨時の夜間研修と云う事で宿泊客の「夜のお相手」をさせられる事になった悠子だったが、そのお相手が会社にとって超VIPでかつ現職の国会議員と云う社会的にもあり余るステイタスの持ち主という事もあってこれで平常心でいると云うのは土台無理だと思いつつ、とにかくご機嫌だけは損ねないようにしようと注意しながらお相手をしていた。
そんな悠子を見て、と云うか余りに緊張しているのを見かねて恵美は話を柔らかめのトーンと内容に切り替えてきた。
「菊川さん、あなたにこうしてお部屋にお越し頂くのもいきなりのお願いだったし、それに初対面で緊張しない方がおかしいとあたしは思ってるから特にその辺りは気にしないでいいわ。こちらもご無理を言って申し訳なく思ってるの。ゴメンね。」
「いえ、そんな・・・・・こんなわたしのような研修生がこうして先生のような立派な方のお相手をさせていただけるなんて光栄でございます。」
「ほらあー、そう言いながらもう緊張して畏まってるぅー。ま、緊張しなさんなと云うと余計緊張しちゃうよねー。あ、そうそう。あなたが研修生だからどうこうって云うのはあたし全然気にしてないのよ。これホント。」
そう言いながら政治家らしい日頃から演説や国会でのいろんな質疑・議論で鍛えられたよく通る声とハキハキした口調で恵美はこう続けた。
「この前”ユリカクラブ”の忘年会で名古屋の桑木真尋さんとご一緒してね、その時に先日この小瀬戸島で研修生の子とすごく楽しい一夜を過ごしたって聞いて、そんなに楽しかったのなら全然OKだって思ってたの。ふふふ。」
と2ヶ月ほど前にここで「元カノ」の紗絵と淫らな事をして遊んで帰った真尋となんと既に恵美は知り合いだと言い、しかも真尋からその事を聞いて知っていたと言うではないか。
「桑木さんはその研修生の子ってまだ女子化の最中だからウブで慣れないところだらけなんだけど、それでも慣れないなりに女としてとっても頑張って自分を悦ばせようとしながらあれこれしてくれるのが可愛くってキュンとしたんだって。そう言うのってあたしも結構好きなのー、あははっ!。」
「あの、先生・・・・・。わたしも研修生なのですがその子と同様にこの秋からここに来て研修を受けて女子化している最中でして、もしかしてわたしにもぺ二クリがある事をご存じなのでしょうか?・・・・・。」
そう恐る恐る聞く悠子に恵美は事も無く「うん、知ってるわよ。研修生って事は”ぺ二クリ娘”なんだって事は桑木さんの話から知ってたわ。だけどぺ二クリはあるけれど、菊川さんの性自認は女なのよね?。」と言う。
「はい、わたし・・・・・お、女です・・・・・。」
「だったら問題ないわ。それにこんなにレースのワンピースが似合う可愛い子が男だって云う方がよっぽど変だし、声も話し方も言葉遣いもそれに仕草だって菊川さんはまるっきり女の子そのものだもん。だから菊川さんはお・ん・な。そうよね?。」
「はい・・・・・わたしはお、女です・・・・・。」
「そうよ菊川さんは女よ。だから女どうし遠慮せずにこれから楽しみましょうね、ふふ。」
そんな風に少しずつ会話をしていくうちに最初のころは緊張しまくっていた悠子だったが心の方は少しずつほぐれていくような気がしていた。
長めのボブカットの髪を揺らし、ハーフのようなエキゾチックな顔立ちに付いてる二重瞼の大きくて目力のある瞳で悠子を見つめながら張りのある聞き取りやすいよく通る声で機嫌よく話す恵美は今まで夜間研修でお相手をさせられた先輩社員や宿泊客と違ってそこまでサディスティックな雰囲気を感じさせなかった。
国会議員として強大な権力を握っているだけでなく数々の役職を歴任し、会社にとっても例の”ユリカクラブ”にとっても超VIPな恵美なのでてっきり乾杯が終わったらすぐにでもサディスティックな事をされたり、過大な「ご奉仕」や「秘め事」を要求されるのではないかと構えていた悠子にとって時折自分への優しい心遣いさえ見せながら会話に勤しみ、楽しそうに話すこの恵美との時間は思いのほか和やかに過ぎていった。
「ところで菊川さん、今の日本で女性って得だと思う?。それとも損だと思う?。」
と、しばらくとりとめのない話ばかりしていた恵美がふとこんな風に少し「変化球」のニュアンスの交じった話を振ってきた。
「そうですね・・・・・まだ結構女性に、と云うか女性のみが結構出産や育児などで負担を強いられるのは多いように思います。でもうちのビューティービーナスと云う会社ではそう云った点は少ないので、会社で仕事をする上では女性だから得とか損って云うのは余りないんじゃないでしょうか。」
そう言うと少し笑みを浮かべながら恵美は「そうよね、いいところに気づいたわね。確かにビューティービーナスは全くと言っていいほど女性である事が不利にならないし、むしろ女性上位だと言ってもいい位の会社だわ。でもね、なんでそこまで女性寄りの会社運営や経営をしなくちゃいけないのかって菊川さんは思った事はない?。」と聞いてくる。
確かに恵美の言うとおりビューティービーナスは女性にかなり手厚い会社だと前々から悠子も思っていた。
結婚しても名字は社内的にはいわゆる「選択式夫婦別姓」となっているので姓をそのままにして勤務するのも、戸籍通りの相手の姓で勤務するのもどちらでも自由に選べるし、途中で変更もできる。
出産すると育休はなんと2年取れるし、国から支給される出産一時金にプラスして会社からも一時金が出る。
また不妊治療を希望している社員には平日でも有休を使う事なく仕事を休んでクリニックに行く事もできるし、それでどうこう言われる事もない。
それだけでなく出産後も企業内保育所はもちろん一部の事業所のみにではあるが企業内学童保育まで設けられていたり、子育てのステージに沿って時短勤務やフレックス勤務も当たり前になっているし、社員が365日24時間いつでも通話料無料で利用できる子育てに関する相談窓口も設置されている。
多くの会社では世の母親は授業参観に行くのにも周りに気を遣ってシフトや休みを調整して申し訳なさそうにいそいそと出掛け、それは子供の急な発熱や体調不良であっても同様で、場合によっては「また?。この忙しいのに勘弁してよ。」みたいな表情や態度を周りにされながら別に自分が悪い訳でもないのに謝りながら会社を後にしないといけない事も多いがビューティービーナスではそんな事は皆無でみなごく普通に授業参観に出て、子供の看病のために早退している。
子育て世代だけでなく、独身社員を含めた社員全体にとってみても事務所はどこも小洒落たデザインで統一されていて、いつも四季の花や観葉植物が飾られ、またほのかにアロマの香りがする女性が好むようなインテリアになっているし、社員食堂がある部署ではきちんとカロリー計算された見た目もおしゃれな料理がブッフェスタイルで昼どきだけでなく、残業やフレックス勤務をしている社員でも食べられるように朝から夕方まで提供されている。
これだけでもすごいのにまだその上にメンタル面から調子を崩す事のないようにと定期的に社員全員が臨床心理士のよるカウンセリングを受ける事ができ、またやはり女性は話す事でストレスを発散するのが効果的と云う事で各職場ごとで「女子会」は頻繁に行われていて、その為の補助金まで出る。
ビューティービーナスは健康食品や化粧品が主商品のいわゆる「ヘルスケア企業」なので、それを取り扱う社員の心身の健康は重要だと云う考えからそうなっているのだろうが、確かにここまで手厚い福利厚生では社員の離職率は低く、それだけでなく採用に関してもこの福利厚生効果もあってかここ数年新卒、中途採用共に優秀な人材が集まるようになってきていた。
こんな感じで女性に手厚いこの会社だが、男性に対してはどうかと云うと同じように育休は2年取れるし、授業参観で早退しても特に咎められたり嫌味を言われる事もないのとカウンセリングだって女子社員と同様に定期的に受ける事ができる。
ただどうして恵美の言う「どうしてそこまで手厚い事をする」のかは悠子は理由までは考えた事はなかった。
ここまで福利厚生に力を入れるとなると費用も結構な金額になるはずだし、第一この小瀬戸島の豪華な研修所・保養所だって運営には相当費用が掛かっている事ぐらい一介の初級社員の悠子にだって容易に想像がつく。ただ何故だかは明確な答えが浮かばないので悠子は沈黙してしまっていた。
「すみません・・・・・会社のやっている事はとてもいい事ばかりだし、わたしたち社員もその恩恵にあずかっているのですが、あずかるばっかりでよく考えた事はありませんでした・・・・・。」
そう少し恐縮しながら言う悠子に「ふふ、いいのよ。じゃああたしなりの考えなんだけど、ビューティービーナスがここまでするのはそれ以上に国をはじめとした行政が女性の様々な問題に対応できてないからと藤川社長がお考えになってるのが大きいと思うわ。」と恵美は答えた。
そして恵美は更に「藤川社長はよく行政がやらないならせめて自分の会社だけでもちゃんと女性が働きやすい会社にするとおっしゃってるの。」と言う。
確かにここまで丁寧で手厚く、そして女性に優しい制度や福利厚生を整えているのはそうする事で社員が働きやすい職場環境になる事で定着率を高めたり、優秀な人材を確保できるので結果的に会社の為になるのは分かる。
ただここ数年「働き方改革」や民間企業だけでなく公務員も含めた各種の組織に於いて役員や管理職の積極的な女性登用が言われていて、確かに以前と比べて女性の就業率や役員・管理職の女性登用は増えたように思う。
政府や地方自治体も国際的にみてもそこは遅れを取っていると感じているようで数値目標を導入しているが、例えば配偶者の扶養控除の関係で一定時間以上働くと逆に税金や社会保険料の負担が増すいわゆる「年収103万円の壁」の問題があるので思う存分フルタイムで働けないとか、出産・育児だけでなく最近は介護の関係もあり、せっかく築き、描いてきたキャリア形成を一旦白紙に戻す例も圧倒的に女性にだけ多い。
「だったら藤川社長は自分のところだけでも女性だけが不利益を被って負担のみが増すことの無い”真のジェンダーフリーの会社”を作るんだっておっしゃってるのよね。」
そう言われて悠子は腑に落ちるような気がしていた。出産・育児、そして介護は何も女性だけが担うものではなく、男性も含めそれに関わる人全体が男女関係なく担うもので、そうする事でビューティービーナスの女性社員だけでもこのような手厚い制度があれば、必然的に配偶者をはじめとして家族や周りの人の負担は減るし、また社員としての地位やキャリアは保全され、収入もある程度のレベルが維持されるのであれば経済的な不安も払拭される。
つまり女性が社会進出してかつ活躍するのには掛け声だけでなく実行に伴って必要な社会的インフラの整備が必要なのだがそれが追い付いていないし、また余りに偏った今の社会的慣習や考え方を変える事が必要でありそれは回り回って男性側にも社会全体にも大いに寄与すると云うのが藤川社長のロジックなのだと悠子は感じた。
「そうですね・・・・・藤川社長はいい事おっしゃいます。それに”真のジェンダーフリー”と云うのもいいお言葉だとわたしは思いました。」
それを聞いた恵美は悠子が納得したのは言い得て妙とばかりに「そうでしょう。それに今の日本には気付いてないだけでこれ以外にも余りにも偏った社会的慣習がまだ結構あるのよね。」と更にご機嫌度が増した表情で言う。
どう云う事なのかと思いながら聞いていると「まず職業に関してだけど”女子アナ”とかって云うのあれはおかしいと思わない?。」と恵美が問いかけてくる。
「だいたいなんでアナウンサーの前に”女子”がわざわざ付くの?って思うのね。”女子大生”や”女子高生”って云うのもそう。」
確かに言われてみればそうで、これ以外にも例えば「女医」とか「女性警察官」、はたまた「女性宇宙飛行士」と云うのに至るまでわざわざ職業名に「女子」または「女性」と云う冠名をつけて呼ぶ例は多い。
「そう言うあたしも”女性議員”ってよく言われるし、なんで単に”議員”じゃダメなの?って余計にそう思う。」
これも確かに言われてみればそうで、「女社長」みたいにステイタスを含んだ職業名・役職名については「女○○」「女性〇〇」とわざわざ「女」を付けて言われる事も少なくない。
「多分言ってるほうは無意識と云うかそこまで考えてないだろうけど、私の中ではどことなく”女○○”って言われるのは”女のくせに”みたいな妬みとか蔑みのニュアンスが含まれてることが多いように思うの。」
そしてまたまた恵美の自説ながら言われてみれば納得のいく見解と意見に悠子は思わず膝を打っていた。
「社長」や「議員」のような人の上に立ってする事は大抵は男のする事で、女はそんな立ち位置に無く、男の下で補助的な事をするものだと無意識のうちに刷り込まれた社会通念的なものがそう言わせていて、また先程の「女子アナ」や「女子大生」と云った表現が使われるのは、今度は「女」と云う性を男性中心社会の意識の中で一種の「商品化」をしているからだとも恵美は言うのだった。
「”女子アナ”とか”女子大生”って言う事で女性であることが”人格”ではなくて言ってみれば”商品”や”ブランド”になっちゃってるのよね。」
確かにそうだ。「女子アナ」と云う名称は一見職業を表しているようだがそれだけではなく、いわば「商品名」のようでもあり、名称がその人をシンボライズさえしている。
「ねえ菊川さん、ここまで私の話を聞いてみて改めて男と女はどっちが得だって思った?。」
「そうですね・・・・・先生のお話を伺ってみると・・・・・。」
そう言われて悠子は潜在的な人々の意識の中や様々な慣習もまだまだ根強く、それもあって男の方が得だと言いかけながら悠子はふと気づいた事を口にした。
「男の方が得みたいな感じがしないでもないですけど、ただ・・・・・。」
「ただ?。」
「この島に来て女になって分かったんですけど、女どうしで女性的な価値観や行動パターンの元で過ごすのは男の時より結構楽しめる事が多いです。」
お店でも食べ物屋さんでも女性向けの”レディースデー”と云うのは普通にあってあれこれサービス特典が付くのに男性向けにはほとんど見かけないし、ファッションのバリエーションは着るものでも髪形でも女性の方が格段に多いし、加えてメイクをすれば更に色々なおしゃれが楽しめる。
このように消費自体や流行は明らかに女性上位・女性主導で、女性の消費行動や購買行動が経済全体のかなりの部分を支えていたり作り出しているのに社会全体としてはいまだに男性上位・男性中心的な意識が残っている。
「それに・・・・・わたしも以前は男だったんですけど、どちらかと云えばおとなしい性格で背も高くなくて体型も華奢でおまけに運動音痴だったから世間一般で男としてもてはやされる”マッチョな人”じゃないからそれもあって”男らしく”と云うのが結構苦痛でした。」
「あらそうなのね。でもね、菊川さん今すごくいい事に気づいてるのよ。ふふふ。」
そう言われて「いい事に気づいている」と言うがどの辺りが「いい事」なのか分からずキョトンとしている悠子に恵美はこう言った。
「ねえ菊川さん、あなたが思う”男らしい”って何?。」
「そ、それは・・・・・腕力が強く、体型もガッチリしててマッチョで・・・・・それからワイルドな風貌だったり、包容力があってリーダーシップもあって・・・・・それからなんだったかな?・・・・・。」
と考えながら言っているせいかややしどろもどろになりながら答える悠子に恵美は更にこう問いかけた。
「じゃあその”男らしさ”って誰が決めたの?。」
「えっ・・・・・誰が決めたかですか?・・・・・そ、それは・・・・・すみません、よく分からないです。ただ・・・・・。」
「ただ?。」
「今わたしが言った”男らしさ”の定義みたいなものは前から誰からともなく言われ続けているような気がします。つまり誰が決めた訳でもなく、元からこう云うのが”男らしい”って言われてたような・・・・・。」
そう悠子が答えると恵美はクスっと笑い「そうよね。誰が決めた訳でもないわよね。でも、その誰が決めた訳でもない”男らしさ”って云う定義をみな律儀に守ってるし、それにマッチョでない男の人には”もっと男らしくしなさい”ってバイアス(圧力)やプレッシャーをを掛ける人が学校でも職場でも家庭でも一定数いるし、これって考えてみればおかしな現象よね。」と言う。
ここまで恵美のジェンダーについての考え方には膝を打つことが多かった悠子だったが、「男らしくしないさいとバイアスやプレッシャーを掛けられる」と云うくだりにはまさに目からウロコが落ちる思いがした。
子供のころからマッチョでない自分はいじめと云うほどではなかったが、からかいや蔑みの対象にしばしばなっていたし、同じくらいいわゆる「男らしく」する事を求められてバイアスやプレッシャーを掛けられ続けてきた。
そしてどちらかと云えば内気で引っ込み思案で且つ優しくて穏やかな性格の悠子にとってマッチョでいる事は結構難しいので負担にもなっていたし、特に悪さをしていたり人に迷惑を掛けている訳でもないのにマッチョでないだけで「女々しい」と言われたり、マッチョになるようバイアスを掛けられる事が苦痛だった子供の頃や学生時代の気持ちが甦ってきた。
「どう?もしかして菊川さんも似たような経験があったんじゃないかしら。」
そう言われて更に悠子の恵美に対する気持ちはほぐれ、また恵美が話す事柄だけでなく人柄そのものにも急速に惹かれていくのを感じ取っていた。
(つづく)