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小さい頃の手形を見つけて手を合わせてみた。

教室の黒板の前に笑顔で立ち、嬉しそうな表情の少年。
純粋無垢な表情を向けて希望に満ちた顔をしている。
まだ生まれた地元の小学校に通っていた頃だ。
その写真の横に大きく開いた手形がくっきりと刻まれていた。

僕は無意識にその手柄に合わせてみた。
半分も満たない大きさの自分の手なのだが、紛れもなく自分自身の手だと思うと不思議に感じる。

いつも礼儀正しくてニコニコした笑顔を絶やさない優しい子という先生のコメントが添えられて、そのコメントに納得してしまうほどの眩しい笑顔を向けている。

写真って不思議だなぁ
紛れもなく自分自身なのに、自分ではない感覚に陥る。

「自分にもこんな小さい頃があったんだな」

あの頃は毎日をどんな気持ちで生きていたのだろうか?
どんな毎日を送っていたんだっけ?
毎日がキラキラとして、学校の勉強は嫌でも友達と過ごす時間がとてつもなく楽しいと思いながら生きていたんだっけ?
毎日のように外へ出て汚くなるまで遊んだんだっけ?

写真を眺めながら沢山の思い出を思い出そうとする。

身体が十分に大きくなり
その時よりも勿論逞しくなった。
それでも心の奥底は何一つ変わっていないのだろうか?

多くの事を経験し
喜び時に悲しみ、僕は人生という道を歩んできた。
僕の夢は何だったっけ?何を夢見て生きていたんだっけ?
覚えているようで意外と覚えていないものだな。


小さい僕の手形はしっかりとその色紙に残っている
僕の歩んだ道にしっかりと刻まれている。

思えば、最近あの写真の様に思いっきり口を開いて笑った記憶がないかもしれない。
おかしな動画を見てゲラゲラ笑うことはあっても、写真のように純粋に笑った記憶はない。
なんというか心の内側にべっとりと張り付いた嫌なものが常に僕の心を支配して、僕の感情を操ろうとしてくる。

愛想はいいのだけど、何処となく陰を落とした様な雰囲気だと親戚に言われてハッとした。

「僕ってそんな顔をしてるかな」

って驚くんだけど、どうやら他人にはそう映るらしいw

多くの出来事に直面して
諦めることも、しょうがないと腹をくくる事もして来た
だけど何処かでなんか大事なものを落して来たように感じる。問題に直面し、解決をし成長し昔よりも賢くはなったのだが、何かが違うと思うこともある。

そんな純粋に笑う顔を見ていると
本当に自分なのだろうか?と思うときもある。
これが大人になる事だったのか?と思うときもある。

何かが掴めてわかったように生きながら
実はわかっていないのかもしれないなぁ。
本質はあの頃のままで、実は僕は僕を偽って生きているのだろうか?とも思う。
本当の僕は奥底に隠して、今まで通りに生きているつもりでいる。何も感じず動じない様な余裕を見せつけつつ
本当の僕は何を思っているのだろう?と

何故こう考える様になったのだろうか?
僕は僕で変わらないはずなのに、あの頃の感情を忘れそうになる。


後ろばかり向いていても仕方がないと
常に歩を進めて来たのだが、進めれば進めるほど
それが遠くに離れて行くような感じがする。
後ろを振り返れば手を伸ばして、僕を引き留めようとしている自分がいるのかもしれない。

ただあの頃に戻りたいとは思わないし
やり直したいとも思わない。
どんな事があっても自分の人生であるし、紛れもなく自分は常に正しい道を歩んでいるのだけど
時折そのすべてを投げ出したくなる時もあるんだよなぁ。


あの小さな手形も、満面の笑みも
僕とつながっている。
そしてその先には僕の進むべき道が続いているだろう。
どんな困難も超えていく過程で、僕はあの頃の純粋さを忘れずにいられるだろうか?自分の本質を見失わないだろうか?そんなことを考えながらまじまじと見つめてみた。

僕の目を真っ直ぐと見つめた半月状の目
開いた口と、かしげた首。
僕はその表情を思い出しながら、しっかりと心にしまっておこうと思った。


僕がもし何かを失いそうな時に
僕が僕を忘れない為に。

あの小さな手形の様に
しっかりと心の中に焼き付けておこうと思った…


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