ケース-1271364

①日目

夜の深い闇、その輪郭を曖昧に削る様なオレンジの街灯が等間隔にならび、その光源の下の方、
一際目立つLEDを点灯させながら警備ドローンが
三体一組で見回りをしている。

その様子を、弾んだ息を押し殺しながら見届け
黒塗りの街の角から片足を引きずる青年が顔をのぞく。
「リハビリにしちゃあやりすぎだろうがね」
江藤 才四郎、元警視総監。
見た目は青年そのものだが、脳を若い肉体に移植しただけで、本人は85歳を超えている。
脳の移植後の経過が芳しくないのか、片足が動かずスーツ姿に杖をついている。

江藤が暗闇を走っている2100年代という時代について、あるいは他方に関する描写について説明すべき事は、これから書くであろう文章を全てそれに置き換えても足りないだろうと思う。
したがって各所各所で補足を入れさせて貰うとする。

この身体移植を受けた江藤は今、自分の古巣である警視庁に、警察に指名手配されている。
端的に言えばハメられた、のだ。

あちこちにつけられた監視カメラや、見回りをしているドローン
0.1秒監視社会、と世間に言われる程に監視されている未来の街の片隅で
この江藤は部下である警視正の謀略にハマった。
呼び出された場所に部下の瀕死体があり、手元には武器があり、自分が呼び出され声かけをしている最中に失血死で死んだ。
スモーキングガン、煙立つ銃口、である。
AIが監視するこの社会では、状況証拠はかなり優先順位が高かった。

瞬時にハメられたと気付いた江藤は職員用通路を通り、謀略と裏切りだらけの警視庁その駐車場に、自分のID信号を発信されるものを全て捨て、道のない場所を通りドローンがこない地下道を通り
港町の廃ビルまで見回りのドローンや監視カメラに映らずに辿り着いた。

街の方に目をやると、サーチライトやドローン、電光掲示板の黄色や青、ピンクといった色鮮やかなライトが黒い空に虚しく自己主張をしている。

廃ビルには、かつて育てた弟子のIDを持つ、アンドロイドがいる。
名前はKA64581 アンドロイド製造競争のトップを走るダイクロン社製の、警察任務遂行型アンドロイド。
今は訳あって弟子のIDを使い、人間と偽って市政に紛れ込んでいる。

廃ビルの階段を登る。片足をかばいながら。
割れたガラスを踏み付けるの音が階段の空間に反響する。
踊り場の窓からは、自分が二度と戻れないであろう"正しくハリボテだらけの街"、差す灯りに少し目を細めた。

暗闇から声がした

「昼みたいに明るいでしょう、あの街」

階段を上がった先にアンドロイド、KAが立っていた。

人間の一般男性を模したフォルム
ほりが深く、怒ると怖そうな眉、クッキリとした目、少し下唇の方が厚く、ムッとした印象を受ける口
そして暴徒鎮圧も一台でやってのけそうな発達した体躯
左手には白手袋、ボロボロのトレンチコートを着て、階段の登った先に立っていた。

「好きだがね、あの街は」
「好きなんですか」
「嫌いかね?」
「異常な事件しか起きませんから」

人間の所作をこの廃ビルで学びながら別人のIDをつかい刑事として警察署に溶け込み、仕事をこなしているKA64582。
テレビの音が奥から聞こえている。古い刑事モノのドラマだろうか。

「部屋へどうぞ」

漏れあかりに背を向け暗闇の部屋に入ると
眩しいライトがつく
廃ビルの部屋には発電機があり、それに部屋のアイテムのほぼ全てが繋がっている。

「僕は暗視モードがあるので、普段はつけないんですが
書籍データなどの撮影に必要で
スラム街で買いました」

だだっ広い打ちっぱなしのコンクリートの空間で唯一人間が座れそうなサイズの発電機に、腰をかける様に促される。
KAは床に正座する

「白熱灯か、球はあるのかね?」
「この一つです。なかなか見つけられません…それで、今日はどの様なご用件で」
「何泊かさせて欲しい、スラム街ならともかく、あの眩い街に出入り出来るのは君だけだからな、買い出しも頼みたいがね」
「管理寮に住めなくなったんですか?何が」
「ハメられたんだよ。私は今、全国指名手配の大極悪人だ」

KAが不意に立ち上がる

「少し、お待ちください」

踵を返すと独り言を言いながら部屋の隅まで行く。
ワケアリのアンドロイド、KA。
KAの持っているIDの本来の持ち主
東出との会話記録からシミュレーションして判断する
その一つ一つの行動に必要な"過程"だと言っていたのを
江藤は思い出した。

「荷が重そうじゃ」と部屋の隅で話すKAを眺めた。

KAと出会ったのは、弟子の東出を失った日だった。
少し話はそれるがIDの持ち主、東出と江藤の出会いについてもこの折に触れておく。

江藤が脳移植を受ける前に受け持った事件。
45年前、どんよりとした天気の昼の公園で、原型が無くなるほど人が破壊されていた。
犯行の手口から、暴走したアンドロイドとされていた。
事件のあった公園の見える喫茶店で公園を眺めていると、ボロボロの服を着た少年が公園に佇んでいた。

貧しい少年少女が路頭を歩いているのは珍しくはないが
彼の目が明らかにコチラをみていた。
会計を済ませて、公園に向かうと少年は開口一番

「そんなに仕事が好きですか?」と聞いてきた。

私服で訪れていた事もあり、とぼけようとも思ったが
少年の目、真っ直ぐでいて、この世への怒りや憎悪と、落ち窪んだ目の奥に抱く一縷の希望の様なものを感じ

「頑張っちゃおるんだがね」と江藤は応えた。
責められた様な錯覚に陥った。

年齢にして10歳ぐらいだろうか、この子はこの子で世を憂いている。
子供のいない江藤にとっては、煩わしかった子供像が一変した。

「君、身寄りは、親御さんは」
「いません、ずっとここです」

このエリアはスラムと中心都市のスラムよりに位置し、中心都市まで出稼ぎに行く人間とチンピラが家に住む場所。
屋根や地下道も多く、浮浪者も多かった。
年齢のいってない少年が何を食べどう生きてきたのかは、ボロボロの服を見れば想像に難くなかった。

「何か知ってるのかね」
「見ました」

少年の言葉を遮り江藤が口を開く
「着る物や食べる物は、話を聞くのに大事な事なんだ…済まないが君から話を聞く為に君自身を準備する時間をくれないか」

少年は自分の身なりを一瞥し
不服そうな顔をしながら頷いた。
街の安宿に連れて行き部屋を取る、安宿の主人は隕石が落ちてきてもこんな調子だろうな、と
江藤は主人の肥えた退屈そうな仏頂面を見ながら思った。

安宿の近所で服を買う間にシャワーを浴びさせていたが
東出にとって初めてのシャワーだったので、江藤はため息まじりに腕まくりをして、シャンプーや石鹸の使い方を教えながら清潔な身なりにした。

そしてご飯を食べる際は喫茶店でみていたのだろう
おずおずと、合っているかを目で江藤を伺いながら
食べる。

「そろそろ話をしても良いですか?」

口に食べ物を入れながら東出少年。

「食べてからだ」
「お腹がいっぱいで」
「残しておきなさい」

東出少年は無理矢理ご飯を喉奥に押し込んだ。

「…アンドロイドじゃないんです」
「人間かね」
「改造人間です、アレは。煙が背中から出てました」
「その情報はありがたいが」
「ギャングだと思います」
「…何故」
「タンクがついてたから」

改造人間の手術を受ける事はこの2100年代においては珍しいことではない。
大抵の場合、土木アンドロイドなどに対当すべく医療機械メーカーなどが人体の改造手術を施し
片腕で車一台持ち上げられる程度の改造を施していた。
土木作業や強化人間オリンピック、あとは傭兵などに改造人間は多かった。

タンク、と東出が口にしたのは
アドレナリンを強制的に出し興奮状態でありながら
集中力が上がるとされている覚醒麻酔薬
日本が国をあげて開発した魔剤、「大和変若水(ヤマトヲチミズ」を供給出来るスロットを違法改造してつけたものを
タンクと呼ぶ。

この魔剤は、発売と共に出回るのが禁止されたが
回収出来た数は製造数には及ばず、各地で破壊行動や殺人、窃盗を起こす人物を度々作っていた。
国をあげて国内の労働時間を伸ばして国のGDPを確保しようとした時期があるのも補足として。

江藤に身体を提供したドナーもその大和変若水のユーザーだった。

「タンクか…」江藤は顔をしかめる。

「ここら辺のタンク持ちを調べようか」
「結構だ、それ以上は君にも危険が及ぶ、情報をありがとう」
「あの…」

東出少年の声がくぐもる

「なんだね」
これ以上深く関わらせると、危険が迫る。
大人としての威圧を少し含む物言いだった

「世の中を良くするにはどうしたらいい」

あっけに取られてしまった。
スラム街に近い家のない子が、明日のご飯の心配より、タレコミで貰えるお金の心配よりも求めたのは
幼い彼にどうにも出来ない事だったからだ

憧れにも近い感情が江藤の中に起こった。
自分ですらすり潰されるがまま蓋をしていた
何も学んでないが故の願い。
片目がジワリと熱くなるのを感じ、江藤は片目を覆った。

そして同時に何があっても彼を守るとそう思った。

「まずは学を身に付ける事だ」

公園の事件は犯人の特定がなされ解決し、身寄りの無い子供として東出カールは政府の保護下の寮制の学校に入り、特別な祝いの日や、悩み事の相談などで、度々江藤を訪れた。

江藤は出来る限り彼に目を注ぎ、江藤自身の昇進につれ、追いかけて警察学校に入った東出とは、あまりあからさまに会える間柄では無くなった。
そうして他者から見れば「無い」とされている繋がりの中、彼らは警視庁内で連絡を取り合い、密告を受けたり、資料を東出に調達させたりして、賄賂と派閥だらけの内部の清浄化を少しずつ行なっていた。

部屋の隅のKAの"脳内での会話"が終わり、江藤の元にやって来た。

「わかりました、リスクが無いのは20時間です
欲しいものがあれば書いていて下さい、ご用意します」
「何故20時間なのか聞いても良いかね」
「捜査中の事件が解決するまで多くて16時間、行き帰りに2時間ずつ」ここまでの行動は疑われないでしょう、公務執行妨害にも抵触します」
「それより早くケースが解決する事はないのかね」
「本件のケース担当は」KAが言いかけると

「なるほど、それならなんとかなりそうだ」

江藤は無理矢理引きずってきた身体を、コンクリートの床に寝かせて
用意して欲しいもののメモを書いた

「電気を消しますよ」

KAはスリープモードになる為に、充電ドックの電源を自分の首筋に繋いだ

「なぁKAよ」

「なんです」

「お前は何の為に生きる」

「今はわかりません」

電気が消えた。


二日目、朝起きるとそこにはKAの姿は無かった。
自分に起きた目まぐるしい追跡劇が
中心街では起こっているとにわかに信じがたい朝
日の上がり具合を見ているとおそらく10時ぐらいだろうか
コンクリートに寝たので全身が痛み、江藤は身体が若くてもこの痛みは起こるのか、と少し驚いた

情報収集を開始せねばだが
昼間は監視カメラがどこにあるのか探しづらい
夜ならば明るい場所には必ず設置され、
見回りのドローンもLEDで発光しているので
だいたいの勘は働くが窓からそっと昼の町を見渡す限り
どこにどんなカメラがあるかが予想がつきにくかった。
幸いな事に人通りは少なかった。

床を見ると書類が散らばっている。
紙媒体、コレは生前の東出が使っていたメモ書きなどだろう。
KAが東出とバディを組み担当していた事件や、解決に至った経緯などを思い返しながら

亡くなった東出の事を考えると、喉の奥に重みがグッとかかった。

江藤は警視総監だった頃、嘘と本当を使い分ける事に長けていた。
裏切りと謀略の死線をなんどもくぐってきたが
江藤をよく思わない派閥の企みにより、テロ組織の多く居住しているエリアに東出とKAが地域住民と名乗るモノのタレコミにより派遣され
街ぐるみに消されかけたのだ

江藤は会議に出ていて、そのテロ組織のタレコミをしたのが自分の部下だと知るのも
東出が亡くなった後だった。

「なぁ江藤さん。俺死んじまうかも知れないけど、KAよろしく。アンドロイドだといじめられちまうから、東出として面倒みてやってくれ、頼んだ、いつかの冗談だけど実行してくれ」

その連絡が来た直後、東出とKAのペアが抱えてる案件を即座に調べ、自分の権限を使い
アンドロイド撲滅民衆テロ組織、人間の夜明けの大捕物が行われた。

このニュースは各地の反アンドロイド派の人間達を脅かすニュースであり
強行をした江藤は、散々新聞やメディアで叩かれた。

東出という秘密裏に育てた我が子を失った江藤が
注意不足になり、酒に溺れる様になり
身体が動かなくなる謎の症状は悪化し、今は大極悪人として追われていた。
ついに自分も何も無くなるんだろうと
ボンヤリ考えていた。

「世の中を良くするには、どうしたらいい」

と東出少年が聞いたあの日の幻影を思い浮かべながら江藤は

「今はとにかく、生きる事だ」そう呟いて
コンクリートが剥き出しの部屋の隅に、腰を下ろした。

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