「亀が拾った猫、相談事は三浦刑事に」
困ったな、顔には出さずともそんな空気をだしていたのかもしれない、右京からおはようございますと挨拶されたことにもすぐには気づかなかった。
気づいた三浦は慌てて挨拶を返すと右京は困った事でもありましたかと聞かれて、すぐには返答ができなかった。
一週間前のことを話すと右京は、そうですかと呟き、思案顔になった。
「伊丹さんは何か仰っていましたか」
「いや、多分、あの様子だと」
気づいていないと思うが、あの夜の帰り道の事を思い出す、自分が声を出したとき、偶然にも散歩中の犬を連れた女性が現れたのだ。
一瞬、ほっとした、だが、自宅に帰って感じた違和感は家を出てからではなかったか、今更のように思ってしまうのだ。
「伊丹刑事が知れば彼の様子から彼女が察するかもしれませんね」
「よくないですか、警部殿」
右京が口を開きかけたときだ、おはようございますと亀山薫が入ってきた、だが。
「どうしました」
右京が少し驚いたように声をかけたのは無理もない、げっそりとした顔で目の下はうっすらではなく濃い疲労の色が見える、寝ていないことが、はっきりとわかる。
拾ったんですとぽつりと呟いた、亀山だが、すぐには意味がわからなかった。
「猫です」
仕事の帰りに子猫を見つけて、素通りできず連れて帰ったのだという。
「それがですね、翌朝、親らしき猫が、鳴き声を聞きつけて来たんだと思うんですが」
今、自分のアパートには親子がいるらしい。
「亀山君のアパートは」
「禁止なんですよ、あっ、三浦刑事のところは一軒家でしたよね、どうです」
「駄目だ、以前、子供が拾って来たことがあったが、妻がアレルギーなんだ」
「誰か、いい人がいないかと思うんですか」
三浦は数年前の事を思いだした、あのときはどこかのボランティア、保護活動をしている団体に預けようと思ったのだ。
ところが、テレビのニュースで保護団体の不祥事が流れた、それを見た子供達が調べたところ、中には金銭目的のデタラメな活動をしている団体も多いことがわかり、信用できないと涙目で訴えたのだ。
そうなるとアレルギー持ちの妻も家で飼うことは無理だが、ちゃんとしたところでなければと涙目で鼻をずるずる啜りながらいうものだから三浦は内心、ぐったりとした。
二週間ほど猫は家で過ごした、最終的には子供達の友人が飼ってくれることになったが、貰われていくとき子供だけでなく妻もしょんぼりしていた。
「親子だろう、難しいぞ」
三浦は、ぽつりと呟いた。
「そうなんです、子猫も小さいし、母猫にぴったりで可愛いんですよ」
疲れた顔で笑う亀山を見ると右京は心当たりがありますとスマホを取り出した。
「お仕事、ご苦労様です、伊丹さん」
数日ぶりのデートだ、今日はうまくいったと思いながら伊丹は窓の外を見た。
洒落たレストラン、高級店は苦手だ、それよりチェーン店やファミリーレストランの方が気楽だと言われて最近できたばかりの居酒屋に彼女を誘った。
本当にいいのかと思ったが、美味しいとうれしそうに食べる彼女の顔を見ていると内心ほっとした。
「あの、伊丹さん、聞きたいことが」
少し遠慮しているような彼女の様子に少しばかり緊張してしまう伊丹だ。
「生き物、ペットとか好きですか」
すぐには返事ができなかった、子供の頃から家に動物がいたことはないし、生き物を飼った経験はない。
いや、ザリガニは飼ったことがある。
だが、世話をしないなら飼うなと母親に捨てられてしまったのだ。
それ以来、動物と触れあう機会はなかった、いや友人の家で猫を見たことがある。
とても小さくて、ぬいぐるみではないのかと思ったぐらいだ、怖々と手を伸ばしたのだが、側にいた母猫に思いきり引っかかれてしまった。
猫を飼い始めたんですと言われて、そうですかと頷くが、親子なんですと言われてすぐには返事ができない。
「もしかして苦手ですか」
心配そうに自分を見る彼女の表情にとんでもないと首を振る。
「い、いえ、子供の頃、飼いたいと思ったんですが、機会がなくて」
その言葉を聞いて、心底嬉しそうに、ほっとした表情で自分を見る彼女の顔に大丈夫だと伊丹は自分に言い聞かせた。
「良かったですね、亀山君」
「右京さんのお陰です、最初はうまくいくのかと屋根いましたが」
「妹さんからということになっていますからね」
数日前、右京は彼女の妹に出会ったことを説明した、場所はペットショップだ。
こんにちはと声をかけた右京に制服の女子高生は驚いたようだ。
小さな子猫を熱心に見ているのは不思議ではない、気になったのは彼女が手帖を手にしてネコと交互に見ているからだ。
不思議に思って聞くと姉にネコをプレゼントしたいのだという。
だが、ペットショップのネコは高額だ、昔なら十万ぐらいで購入できたが今では三十万以上など珍しくはないが、それは最低限だ。
殆どのペットショップは病院と隣接している、初回の病院での健康診断などの診療費がプラスされたら高額になる。
バイトに小遣いを足して貯金をしているらしいが、まだまだ足りないらしい。
「一人暮らしだと保護団体からの譲歩も難しいみたいなんです」
「そうですか、お姉さんはネコが好きですなんですね」
「ええ、昔、飼っていたんです」
そういえばと右京は以前、尋ねたとき、家の中に遊び道具おもちゃがあったことを思いだした。
今日は疲れた、署に戻って報告したらすぐに自宅に、いや、腹が減ったな、我慢できそうにない。
何か軽くと思ってふとコンビニが目に入った。
おでん、肉まんが目に入った。
店員から受け取り、店を出ようとしたとき、声をかけられた。
振り返ると痛みの見合い相手の女性だ。
「伊丹さんは仕事ですよね」
「ええ、先ほど別れたのでもう家に着いていると思いますが」
頷いた女性の顔に何か会ったのかと三浦は感じてしまった、表情がらしくないのだ。
もしかして、うまくいっていないのかと思ったが、最近の彼の様子を見ると、そんな様子は感じられない。
「あ、あの、相談したいことが、でも」
「伊丹にですか、それなら」
遠慮することはないですよ、頼られたら、あいつも喜ぶ筈ですと後押し、背中を押すように三浦は言葉を続けた。
まだ付き合い始めだから遠慮しているのかもしれないと三浦は思っていた、だが、話を聞いていくうち、その表情は微妙なものに変わっていく。
「おい、今、ちょっと暇、いや、食べたら少し付き合え」
昼になり、生姜焼き弁当とカップ麺をかきこむように食べていた伊丹はいぶかしげな顔になった。
「芹沢も」
「いや、俺とお前だけでいい、ちょっとな」
いつもと違うと思いつつ、連れて行かれた場所を見て驚いたのも無理はない。
「ここですか」
伊丹は驚いたように建物を見た、何故ならそこは動物病院だったからだ。