妖魔、使令、襲われていたのはブラッドレイ

 その日、スカーはティム・マルコーの元を尋ねた。
 イシユヴァールの診療所を出てセントラルに軍の施設に身を置く事になったので、最初のうちは尋ねるのが億劫に感じる事もあった。
 だが、現在は自分も軍に身を置いている、だから遠慮する必要はないと思っていた。
 ここ最近、街中で事件が起きているせいか、軍の中でも怪我人がちらほらと出ている、マルコーは真面目な性格だ、朝から働いているだろうと思い、ノックをせずに部屋に入ろうとしたときだ、ドアノブか音を立てて回った。
 出てきたのは女だ、それも見たことのない音なの顔にスカーが不思議に思ったのは無理もなかった。
 「おはようございます、スカーさん」
 自分を知っている、名前を呼ばれて一瞬、困惑したが、女は平然としている。
 
 化粧、メイクで女の顔は別人のように変わるというが、あれは変わりすぎだろう。
 マルコーが化粧品を、いや、まさか、鬼門を感じながら診察室に入ると呻き声が聞こえてきた。
 怪我人がいるようだ。 
 
 「手伝ってくれないか」
 入ってきたスカーを見るとちょうどいいとマルコーがほっとした顔になった。
 怪我をしたのは軍人だが、右腕を肩から失っていた。
 「見たことのない獸に襲われたらしい、もしかしてキメラかもしれない」
 その言葉にスカーの眉間の皺が深くなった、街の人間が襲われて怪我をするのは珍しくはない、だが、ベッドの上で苦しんでいるのは軍人だ、体力もだが、普段から銃などの武器を携帯している。
 動物実験の結果、生まれたキメラが軍人に怪我を、そんな強い動物を誰が作ったのか。
 
 「先生、お出かけですか」
 その日の夕方、治療が終わり、一息ついたマルコーは街へ出て食事をしようと考えた。
 ここ数日、軍の敷地内から出ることもなかったので気分転換をしようと考えたのだ。
 「夕食をね、たまには外で食べるのもいいんじゃないかと思ってね」
 お一人でと聞かれて、ああ、まあっと曖昧な返事でマルコーは誤魔化した。
 「気をつけてください、護衛をつけましょうか」
 言われてマルコーは、とんでもないと首を振った。

 「施設内の食堂ばかりだから、気分転換にと思ってね」
 その食堂は値段は安いが、味もいい、それに軍の人間もあまり来ることはないので、ここならと思ってマルコーは彼女を誘った。
 
 「好きなものを頼みなさい」
 メニュー表を見る彼女の表情、顔を見て確かに変わったと思った。
 スカーから言われるまで気づかなかったといえば嘘になる、だが、人間というのは食べ物や環境などで変わるのだ。
 ここに来た頃、彼女は周りのことを酷く気にしていた、自分に対しても怯えているというよりは疑っているようなところがあった。
 しばらくして自分のことは信用できるとぽつりと漏らすような呟きを聞いたとき、なんともいえない気分になった。

 スープにパン、塩と胡椒だけの味付けのシンプルなステーキにサラダ、デザートの珈琲を飲み終わると久しぶりですと彼女が呟いた。
 「こんなに美味しい珈琲が飲めるとは思いませんでした」
 「好きなのかね、だったら帰りに豆を買おうか、私も珈琲は好きだよ」
 自分の言葉に彼女が笑った、以前よりは少しゆるんだ笑顔だ。
 「先生、最近、怪我人が増えていますね」
 「ああ、キメラに襲われたらしいがね、実験動物は禁止されていないからね」
 実験動物という言葉に女の表情が怪訝そうに歪んだ。
 「ある程度の知識があれば屈強なキメラを作るのは不可能ではない、錬金術師の試験は難関だ、合格できなかった人間がキメラを作って」
 
 食事をすませて外にでると日は沈みかけていた。
 少し肌寒いなとマルコーは思いながら空を見上げた、そのとき、悲鳴が聞こえた。

 角のある大きな鳥、蠱雕(こちょう)だ。
 「キメラ、なのか」
 信じられないと言わんばかりのマルコーの言葉に女は無言で鳥を見上げた。
 何故、ここにあれがいる、もしかして自分と同じ触に流されてきたのだろうか。
 鳥は何かを食べているようだ、周りを見ると子供と男がいる、男は手に刀を持っているが、駄目だ、武器があっても勝てるわけがないと女は思ってしまった。
 先生を連れて逃げようと思っていた、だが。
 「ブラッド・レイ」
 マルコーが男を見て驚いた声を漏らす、知り合いなのか、近寄ろうと駆け出す、駄目だと言っても、止めても無理だろう。
 あれとは以前、戦ったことがある、だが、あのときは自分にはヒンマンがいた。
 色々と戦い方を教わった、上祐から、だだが、今はいない。
 冷静にと自分に言い聞かせる、勝つことを考えるなと無理なら、この場を逃げることだけでも考えるべきだと。
 「やあ、ドクター」
 子供と一緒にいた男は片目に眼帯をしている、刀を持った手でなく反対の左腕から血が出ているようだ。
 蓬莱に妖魔が、この世界に来れないことはないだろう、だが、しかしてと思う、女は獸のような叫びをあげながら鳥に向かって声を張り上げた、その瞬間、大きく翼を広げた鳥の動きが止まった。

  「景麒、頼みがある、これは私の我が儘だ」
 数ヶ月前、海客は災いを呼ぶから殺せと、ある王が近隣の国々に申し渡しをした。
 では海客でありながら胎果だった王はどうなのかというと、それに対する返答はない。
 「蓬莱だけではない場所にも司令が行ったようです」
 主上の身も心配です、ですから、行かせるの、青年は静かに言った。

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