自分が何を食べ尽くしたのか、男はわかっていない
久々にザマァ系、オリジナル小説です。
自分の作った料理を美味しいと言って食べてくれるのは嬉しかった、誉められて悪い気のする人間はいない、だが、ある日の出来事が切っ掛け、いや発端となって崩れてしまうのも、あっというまだ。
ある日、男が自分のアパートに泊まりに来た。
合い鍵を渡しているので男は暇な時は泊まりに来るのだ。
だが、その日は女の帰りは遅かった。
アパートに戻り、夕食を食べようとしたが、冷蔵庫のドアを開けて気づいたのはタッパーがないことだ。
流しを見ると空の容器がそのまま放置されている、食べた後、そのまま洗いもせずに。
そのとき、テレビを見ていた男が、お帰りと声をかけてきた。
美味しいから、つい食べ過ぎてしまったと笑う男の言葉に、そのときは何も言えなかった。
「今日、来るって言ってた」
「いや、仕事が速く終わったから」
会話は、それ以上、続かなかった。
「それって食べ尽くし系ってこと」
友人の言葉に思わず聞き返す、あまり聞いたことのない言葉だったのかもしれない。
「目の前に食べ物があると全部食べてしまわないと気が済まないって性格、最近、増えているらしいわ」
友人の言葉に章子は驚いた。
空腹を感じなくても目の前に食べ物があると思わず手を出してしまう。
食欲が押さえられない人間もいるらしい。
まあ、一種の病気みたいなものよね、笑う友人の言葉に章子は腹が立つと憤慨した。
「そんなにひどいの、体重は」
「今のところは目に見えて太っているって感じではないけど」
「ひどくなるみたいだったら、カウセリングを考えてもいいんじゃない」
そこまでと思った章子に友人は話を続ける。
付き合っていても、それで別れたり、中には離婚するするって人もいると聞いて男の顔を思いだした。
男が年をとった姿を想像してみた、顔と身体が丸くなり、腹が出てきたら、それでも一緒にいたいと思うだろうか。
つい先日、友人からクッキーを貰ったのだ。
人気のある商品で限定商品が発売されたので、友人は仕事の合間を抜けて店に行ってくれたらしい。
ネットで買うつもりだったが、注文しようと店のサイトを見ると、そのときにはすでに完売、売り切れていたのだ。
嬉しくて大事に食べようと思っていた。
ところが、その日、箱がないことに気づいた。
まさかと思い男に尋ねる、すると職場の皆に配ったという、驚きもだが腹がたった。
自分には何も言わずに黙って、そう責めると悪かったと笑うだけだ。
「代金、払ってくれない、友人からのプレゼントだったのよ」
「わかったよ」
食い意地がはってるんじゃないかと笑われたが、右手をだし一万。
沈黙の後、嘘だろうと男は呟いた。
「あんだけの量で一万なんて」
やっぱり、この男は一人で全部、食べたのだと章子は思った。
「いやー、参ったよ」
男は職場で思わず愚痴ってしまった、自分の食欲に対して彼女が不満を感じているらしいこと、先日はクッキーを食べて随分と怒られたこと。
「そういえば、先輩、少しふっくらしてきましたね」
若い後輩の言葉に内心、男はぎくりとした。
「そうか、気をつけないといけないか」
「でも、彼女さんが怒るって、そのクッキー、特別なものだったんじゃないですか」
スイーツ、甘いものが好きな女性が気になったのか、どこのメーカーですと尋ねてきた。
「紫と黒の箱で小さかったな、猫のシルエットが箱に、それで代金、一万円払えと言われて」
一瞬、女性社員は驚いた顔になった。
「それ、もしかして、限定品じゃないですか」
男は思いだしたようにそういえばと呟いた。
「彼女さんに、代金は払ったんですよね」
このとき、男は女性社員の視線に気づいた。
「すごく人気のある商品で予約しても一年待ちなんて普通なんです」
女性社員の言葉に改めて、悪い事をしたなと思い彼女のアパートを尋ねると留守だ。
合い鍵を渡されているので中に入ろうとしたがドアが開かない。
どうして、もしかして鍵を変えたのか、自分に腹をたてて、連絡をしようとした、そのとき、ドアが開いた。
部屋からできたのは知らない男だ、驚いて声がすぐには出ない
「こ、ここは野崎章子さんの」
男は頷くと部屋の奥に声をかけた。
「どうしたの」
奥から出てきたのは彼女だ。
「何か用」
恋人の言葉に男は言葉がすぐには出てこなかった。