映画刀剣乱舞-黎明- 山姥切長義と各務
窓際、血税泥棒、同僚達から自分がそう言われていることは知っていた。
流されるままに生きてきた自分だったか、そんな自分が変わったのは、ある事件がきっかけだった。
歴史を変える為に、この現代にやってきた鬼達、人々の記憶を奪い審神者という物言わぬものの声を聞く事ができる存在、初めて聞かされたときは驚いた。
そして自分がある刀剣の主だと知ったときも半信半疑だった。
だが、自分に、そのことを話した祖父は真面目な性格だった。
夢物語のような話を子供ではない、大人の自分に話すような性格ではないのだ。
そして事件が起きた。
人々の心が奪われ、人が、日本中、いや世界が終焉の幕引きを迎えるのではないかと思った。
だが、そうはならなかった。
「世話になったな、各務」
彼らがいなければ、この事態は最悪の結果を迎えていたはずだ。
いや、人間はどうなっていたかわからない。
なのに、自分は無言で頭を下げる事しかできなかった。
桜の花びらと共に消えていった青年とは、もう二度と会う事はないだろう、哀しいわけではない彼は人ではないのだ。
だから涙も出ない、ただ、言葉では説明のつかない気持ちだ。
人々の記憶から事件の全ては消えてしまう、だが、自分が覚えているのは主だからなのか。
あの日から仕事に精を出した。
人の歴史を守るものがいるのだ、自分も守らなければならない。
日本という国、人を、家族を、そして事件が起きた。
元、官僚を狙った事件に自分の妻が狙われたのだ。
官僚の身内、家族を狙うなど正気ではない、一体、何が狙いだと思っていると犯人の要望が官邸内に送られてきた。
外国と日本との交易、日本が不利になる決断ばかりをしている国家への不満、だが、最後の一文を見て各務は目を疑った。
刀を、壊せだと、どういうことだ。
でなければ、各務という官僚の妻を殺すと書いてあった。
馬鹿な、刀、あれは大事なものだ、本物であろうとなかろうと。
悩むだけの時間はない、家族を人質にとられているのだ、だが、あれは、あの刀は、自分は覚えている、そして誓ったのだ、守るのだと。
あの青年が守ったもの、人を、この日本を、それなのに。
「妻が助かった、どういうことです」
「それが突然、現れた青年と数人の奇妙な衣装の」
その朝、無事に帰ってきたという報告に驚いた。
青年の容姿から、彼だとわかった、刀剣男子達だ、どうして、何故。
そのとき風が吹いて、花びらが、思わず振り返った。
「妻君は子供がいるのだろう」
銀色の髪の青年が立っていた。
「生まれてきたら、その子は審神者になるかもしれないからな」
何を言えば良いのか分からない。
「主の危機だ、放ってはおけぬ」
もう、会うことはないと思っていた。
だが、言葉が出ない、あのときと同じ、自分は黙ったまま、ただ頭を下げることしかできなかった。
そして、顔を上げたとき、青年の姿はない。
覚えいてはやれないなどと、どうして世話になったなどと。
それは自分の台詞だ。
地面に落ちた桜の花びらがゆっくりと消えていく。
もう一度、各務は深く頭を下げた。