彼女は泊まることになりました、伊丹さんのアパートに
嫌な予感がする、鍵を渡してくださいと伊丹は手を伸ばし、彼女がドアを開けるのを止めた。
鍵を受け取って差し込む、ドアノブに手をかけるが、違和感を感じた。
ノブに何か付着している、何だ、この感触、何かついている、粉か、視線を後ろにいる三浦へと向ける、そして後輩の芹沢か静に、その場を離れた。
差し込んだキーを回そうとしたときだ。
今、音がしなかったか。
伊丹はちらりと隣を見ると、彼女はペット、動物を飼っているのか、聞こうとしたときだ、何かが倒れた、続いて激しい、ものが壊れる、いや、割れるような音だ。
急いでドアを開け、だが同時に叫び声が聞こえた。
芹沢の声だ。
中に入ると部屋の中は荒らされていた、探していたのは何だと思ったとき。
「動くな」
カーテンの陰から銃を構えた男が現れた。
「おい、バッグだ」
銃口を伊丹に向けたまま、男は叫ぶように声を上げた。
「聞いてるんだ、どこだ」
「ないわ」
伊丹の後ろに隠れていた彼女が答えた。
「洗濯したら、ぼろぼろの紙が」
「なんだとおおっ」
この男、撃つ気だ、いや、普通に考えたら、この状況では逃げる手段を考えるだろう、なのに。
避けたら彼女に当たると伊丹は相手を睨みつけた。
目の前の男は明らかに普通ではない、薬の常習者か。
このとき、背中をとんとんと叩く感触に伊丹ははっとした。
「ねえっ、知りたいんでしょう、番号」
彼女の言葉に男が息をのむ、いや、驚いたのがわかった。
「見たのか、おい、言え、教えろ、出ないと」
そのとき銃声が響いた。
銃が落ちると同時に伊丹は近寄り、男の顔面を思い切り蹴り上げた
「いや、助かりました」
三浦の言葉に彼女は顔を真っ赤にして頷いた。
「いえっ、な、何か言って、注意をそらそうと、もし伊丹さんが撃たれたら、その」
言葉が途切れがちになるのは緊張と不安から解き放されてほっとしたせいかもしれない。
彼女もだが、伊丹自身もほっとした、だが、それは束の間にすぎなかった。
「先輩、すみません」
侵入者は二人、そして一人は逃げたという、芹沢の言葉に、かなり足が速かったし若い男だったという言葉に伊丹は嫌な予感がした。
だが、それだけではない、銃を向けてきた男、今はムショの中だが、その男を三浦が知っているというのだ。
最初は川田という、組の下っ端が薬を持ち出し、どこかで売り飛ばそうとしようとしたという話だと思っていた。
だが、そうではなくなっているのかもしれない。
「伊丹刑事、彼女のことですが、あなたのアパートでというのは無理でしょうか」
その日の夕方、右京から言われて伊丹は驚いた。
一体どういうことだ、話が見えないという顔をした彼に右京は見てほしいものがありますと声をかけた。
机の上に置かれたビニール袋、その中に砕けた金属の部品を見て盗聴器ですかと尋ねたのは亀山だ。
「本人はつけられているとは気づいてなかったようですな」
米沢は性能は悪くないですなと感心したように呟いた。
伊丹が蹴り上げられた時、倒れてぶつかり、壊れたのだろう。
「暗証番号を知っている人間は狙われる可能性があります」
話が複雑にだんだんときなくさくなってきた、それに追いうちをかけるように。
「警部殿、あんた、まさか、彼女をおとりに」
話を聞いていた伊丹は右京に対して怒りを隠そうともせず、半ば怒鳴るように尋ねた。
「いいえ、ただ、彼女も狙われる可能性は十分にあるといっているのです」
侵入した男は盗聴器をつけられていた気づいていなかった、しかも三浦の話によると、あの男は何度も逮捕歴があるらしい。
「金の為ならなんでもやるというタイプだ、最初は更生、まともになるかと思ったが」
三浦は駄目だと言いたげに肩を竦めて、馬鹿だと吐き捨てた。
やはり、あの男も薬をやっていたのか、それも常習者と聞いて今更のように伊丹は、ほっとした。
あのとき、彼女が男の注意を引きつけようと声をかけなければ発砲していたかもしれない。
室内の至近距離だ、外すことはないだろう。
「おい、彼女、俺の家で預かろうか」
三浦の言葉に伊丹は何故という不可解な表情になった。
「一人暮らしの男の家なんて見られたくないだろ」
「家族がいるだろう、あんたは」
「かみさんは今、実家だ、オヤジさんの手伝いでな、しばらくは帰ってこない、子供は寮だよ、部屋も余っているからな」
「三浦さん」
「妙な勘ぐりはなしだ」
伊丹は何をと思わず聞き返した。
「あの自供、おまえが蹴り飛ばした男の、信用したか」
すぐに答えることはできなかった。
「薬の情報をばらまいているかもしれん、金、欲しさにな、警部殿は盗聴器のことを言っていただろう、川田が薬を盗んだことをどれだけの人間が知っているかわからない、暗証番号もだ」
暗証番号、それだと伊丹は思い出した。
番号はレシートの表に書かれて時間がたっていたせいか真っ黒になっていたのだ。
解読はできたが4桁の番号にアルファベッドが書かれていた。
コインロッカーと思ってしまったが、それではあまりにも単純すぎないかと思ってしまったのだ。
署を出て自宅へ戻ろうとしたが、夕食のことを考え、どこかスーパー、コンビニにでも寄るかと考えてていた、その足が不意に止まった。 「伊丹さーん」
袋を抱えた彼女が近寄ってくる。
「晩ご飯、まだでしょう、筋子のおにぎりが好きなんですよね」
カメ、てめえか、この場にいたらぶん殴ってやると思った、だが。
「でも、それだけじゃ足りないと思って色々と、ところで伊丹さんのアパートに泊めてもらえるんですよね」
「あっ、ああ」
「やっぱり、ご迷惑ですか、亀山さんが」
「いえ、大丈夫です、あなたのことは」
守りますという言葉を伊丹は口にはせず、飲み込んだ。