ハジマリハ深い谷底から 一章 継承者ーー①
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一章 継承者ーー①
世界大戦の終わりは平和ではなかった。世界規模で行われた人類史上最大の戦争は、ラング帝国の敗北という形で一応の終わりを迎える。戦いに疲れた人々は、ようやく訪れた安寧に胸をなでおろし、失った友、肉親に涙し別れを偲んだ。
――が、それも永くは続かなかった。世界大戦から10年余り過ぎ、人々が戦いを忘れ始めた頃、それは現れる。
……幻獣、後にそう呼称される化け物はかつてラングと呼ばれていた国から発生した。唐突に現れた化け物は人類を襲い、世界に三度目の試練が訪れる。人類は化け物相手に三度目の世界大戦を始め、あらゆる手段で化け物と戦った。
天使、妖精、獣、神話に馴染みのある姿をする化け物が幻獣と呼称され始めた頃、故郷を投げ出され、失い、より多くの同胞、家族を失い人類は敗北の極致に達する。幻獣の無限とも思える物量に誰もが滅びを悟り、諦観し抗う意味を失っている中、転機が訪れた。
神、或いは精霊と呼ばれる上位存在の介入である。上位存在は諦めかけていた人類に手を差し伸べ、人類は幻獣に抗う術を得て再び立ち上がる。
開戦から70余年、人類はその数と生存領域を減らしながらも懸命に戦い続けていた。
何故自分なのだろうか? 何故生き残ってしまったのだろうか? 多くの友人、同胞、仲間が散ったあの日、自分も同じ運命を辿ると思っていた。しかし、現実は異なる結末。生き残る事に必死だったかと言うと、疑問が沸いてしまう。戦う事に必死で気づいたら無事だったというだけ。
生きる事は戦いだ。そう理論づけるなら、あの日、私は誰よりも生きるために戦った自負がある。それは同じように生き残った人間皆がそう思っているだろう。しかし、そうでないのなら、私は何故生き残ったのだろうか?
たまたま運に恵まれただけなのか?
それとも、神々は私にもっと苦しんで死ねといっているのだろうか? 仮にそうなら、知らないうちに神々に祟られてしまったのか? もしそうなら悔い改めるから許して欲しい……がそうじゃない。
つまるところ、自分でもわからないから理由が欲しいのだ。生きている理由を。でないと、黄泉路に旅立った同胞達に託された願い、想いの意味がなくなる――ああ、そうか。
《私は死ぬ理由が無かったから生き残ったのか》
『そうか! 私は死ぬ理由を探しているのか……』
「……寝てしまっていたか」
椅子に座ったまま軽く体をほぐし状況を確認する。ここは自衛軍北海道名寄基地。戦略機市街戦演習指揮所。正面に備え付けられている複数のモニターは、演習中の戦略機と演習場全体の様子を映している。
演習する小隊の部隊長はこの指揮所で監督するのが日常で、演習中に不測の事態や事故防止のためではあるが、殆ど稀なケースなため只の観戦ブースと化している。そのため室内も20畳程度の広さで私が座る指揮席の他は長机と椅子くらいしかない。
因みに指揮席といってもアナウンス用のマイクスタンドと通信機器がある程度で特別な事が出来るような席ではない。多少皮肉るなら、壁側に備え付けられているモニター群を、ダイナミックに観戦する席。そんなところだろうか?
「……平和、なんだろうな」
誰も居ない室内を見渡して言葉を漏らす。演習場は本来、複数の部隊が広大な領域を区分けして利用するもので、一つの部隊が占有するものではない。この指揮所も演習中の部隊の接触や事故を防ぐためにあるもので、本来なら複数人の部隊長が詰めていなければならない部屋だ。
実際前線に近い基地では部隊長間のコミュニケーションや競い合いの場でもあった……だが、本土ではそうなってはいないらしい。
「まあ、実機で訓練する方が珍しいのかもな」
モニターに目を向け訓練に励む90式戦略機を見て私はそう呟く。戦略機はパイロットの生命(霊)エネルギー(力)を使用して稼働する。言い換えるなら人間を電池とする機動兵器。動かせば動かす程使用者の寿命が縮んでいく。
無論、このパイロット負担は非人道的で、この要素を最小化させるべく現在も研究が進められている。そのため、マイナーチェンジが凄まじくパイロットの負担は減少傾向ではある。それを差し引いても、頻繁に乗りたくないと思う人間が、本土では多数派なのかもしれない。それ故にシミュレーター訓練が盛んなのだろう。