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ハジマリハ深い谷底から 二章 滅びの足音③
はじめに
そこそこ原稿の蓄積ができましたので、短期集中的に更新を再開します。
今回の更新内容全体をざっくり述べると、嵐の前の静けさというところでしょうか。
ですので、ちょっと足りないなと感じるかもしれませんが、ご了承ください。
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二章 滅びの足音③
自衛軍稚内基地。国内最北端ラシア大陸へ繋がる前線基地であり、有事の際樺太からの侵攻を阻止すべく築かれた基地は、ハチの巣を突いたの如く、慌ただしく人と物が行き交っている。
無理もない。前線基地とは名ばかりで実際は後方支援基地とさほど変わらない程度の防衛能力しか持ち合わせていない。幻獣の侵攻が起きるわけないと誰もが錯覚していたため、何も整っていないのだ。
強いてあげるなら他の基地より兵站が大規模に配備されている程度。防衛に向けた周辺土地の改良などなに一つやっていない。幹線道路が整備されている程度で、防御陣地としてはほとんど機能しない。
そんな大混乱の最中、比良坂達を引き連れやってきた私は機体を整備ハンガーに格納後、4人を集め基地司令室に赴いた。出頭の挨拶をしなければ、この状況下では今夜の宿舎すら危ういだろう。我勇んで駆けつけてみた結果、基地内で野宿する羽目になる。そんな冗談みたいな状況は起きてしまいそうで、実は戦々恐々なのだ。
私は基地司令室前に四人を残し一人司令室に入室する。
「失礼します」
「――避難訓練!? そんな事やっている場合じゃない! 上層部は状況を理解できているんですか!」
「まあ、落ち着け。正直俺もお前と同じ気持ちだ。だがな、事実をありのままに伝えてしまったら、それこそ混乱は避けられん。上の連中としては穏便に事を運びたいんだろうよ」
入室してすぐ外にまで響きそうな声で壮年の男性が基地司令に詰め寄っていた。後ろ姿と声から察するに草薙さんだろう。稚内基地司令である山田真一二佐と旧知の間柄で、公私ともに頭のあがらない人のはずだが……?
「おう、立花。早かったな。しかしなんだ、タイミングが良いのか、運が悪いのか。間の悪い時に来たな」
「立花! 丁度良かった。お前も話に加われ!」
入り口前で敬礼する私に山田司令は促すように声を掛け、振り向いてきた男性は予想通り草薙さんで、首根っこを掴むように言う。私は二人の反応に苦笑しつつ草薙さんと同じくデスク前に立った。司令官室は8畳程度の空間に執務用のデスクと椅子。壁際に書棚が並ぶ簡素な造りしている。
「話の腰を折るようで恐縮ですが、避難訓練とは?」
「お前さんがこっちに着く直前に北海道全域の自衛軍に通達があってな。幻獣侵攻に備えるために避難訓練を実施するんだとよ」
私の問いに山田司令はそう答え肩をすくめる。言葉通りに受け取るなら今そんな事をしている場合ではない。草薙さんの憤りも理解できるが、恐らく別の意図が含まれている……上層部は北海道が戦場になる事を既に許容しているということか?
「北海道に住む住民を避難させるための口実なのはわかっています。しかし、明日にも幻獣が攻めてきてもおかしくない状況で、それに参加する余力はありませんよ!」
「実戦経験豊富なお前達がここに居る時点で、俺も何となく危機感を感じてはいる。だが、現状は情報の整理と事務処理がおいついていない。ついでにお前の無茶苦茶な要求に答えられる人材も兵站も足りていない」
「無茶な要求とは?」
どうにもならないと言いたげな山田司令に私はそう質問する。もしや、基地内が慌ただしいのはそのせいか?
「防御陣地の構築だ。無いよりマシだからな」
「防御陣地、ですか……間に合いますか?」
「わからんが、やらないよりマシだそうだ」
「防御陣地もそうですが、察するに部隊編制もまだのようですね」
「ああ。来てもらったところすまないが、てんてこ舞いだ」
私が私見を述べると山田司令はあっさりと白状する。草薙さんが詰め寄るわけだ。
「そうですか。ところで……私達の宿舎はありますよね?」
「心配するな。そっちは手配してある。後で主計課の誰かを捕まえて聞け――さて、立花がこちらに来たなら俺は岩下さんの手伝いに回る」
「えっ? 稚内はどうする気ですか?」
「草薙、お前に任せる。立花、お前を草薙の副官に任命する。階級も一つあげておく。それから、お前が連れて来たひよっこの誰かをお前の後釜にしろ。非常時だから階級もひとつ上げておいてやる、後で名前を連絡してくれ」
「はい? 何をする気ですか?」
「要は適材適所ということさ。任せたからな、草薙」
「――了解! 山田さんも後方支援頼みましたよ」
「そいつは、頼まれるまでもないことだな。では、出かけるとするか」
「立花、俺達はひとまずおもだった部隊長を集めて会議を開く。ひよっこ達への通達が終わったら準備を頼む」
「了解。では、一旦失礼します」
山田司令と立花さんの指示に頷き私は一旦退室した。あいつらをいつまでも外で待たせるわけにもいかんしな。
立花が退室したと同時に山田さんは受話器を手に取り電話をかける。副官に命令を伝えるためだろう。
「――俺だ。これから名寄基地に向かう。お前はこのまま草薙の指揮下に入れ……なに? 副官の仕事だぁ? 俺は仕事をしに名寄基地に行くんだよ。お前が居ても邪魔にしかならん! わかったな!」
受話器越しの怒号にいつも通りの山田さんを垣間見て俺は軽く苦笑する。俺の指揮下にはいるとはあいつもよくよく運がない奴だな……
「草薙……死ぬなよ」
「わかってますよ。俺達は簡単には死ねない。でしょ?」
受話器を戻しいつになく真面目な顔で言う山田さんに俺はそう訊き返す。そう、俺達は軍人であるが故にそう簡単に死ねない……が、今回ばかりは守れないかもしれない。
「わかっているなら良い。ではな」
山田さんはあっさりと述べると出かける準備を始めた。俺は無言で敬礼し退室する。これからやる事が山積みだ。立花が来てくれたとはいえ、果たして守りきれるだろうか? この北海道を……
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