ハジマリハ深い谷底から 一章 継承者ーー④
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一章 継承者ーー④
「話を戻しましょう。織田は血の気が多い性格ですが、指揮官適正も高いです。柴臣も似た性格ですが補佐よりの性格ですね。自分から動くよりも他者のサポートが得意みたいです」
「なるほどな。小野と徳田はどうだ?」
話を無理やり戻した私に、草薙さんは話題をあわせるように質問する。前線の話を続けても、行き着くところは上層部の批判だ。私達の立場では話を続けても意味はない。
「性格的には二人共穏健。ツッコミ係といった感じですかね。ただ、小野は比良坂以外には一定の距離を置いているみたいですね。徳田は……たぬきですな」
「ふむ。なら、注目の比良坂は?」
「――大器、ですかね」
草薙さんの興味津々な問いに私はそう答える。
「大器?」
「中身のない大きい器ですかね。あいつ軍人になった理由が無いんですよ」
「……ない?」
私の回答に草薙さんは不審げに問い返す。そう、軍人として非常に優秀な比良坂には、既に軍人を続ける理由が無いのだ。それが器と表する理由。あいつに軍人以外の生きる目的のようなものができれば、あいつは間違いなく軍を辞めるだろう。
「あいつに軍人になった理由を聞いたら、『祖父になれと言われたから』って答えたんです。その祖父も、士官学校に入学した時期に亡くしてるようで、今は私と同じ天涯孤独。いや、あいつの場合は、知己の仲間が傍に居るから語弊がありますね」
「それが何故大器になるんだ?」
「あいつに器の広さを感じるんですよ。こいつに中身が入ればきっと大きな偉業を成し遂げてくれる。話しているとそう感じるんです」
「なるほどなぁ……覚えておく。お前も知っているかもしれんが、あいつらの同期はこぞって優秀らしいな」
好意的な私の言葉に草薙さんは満足気に頷き補足する。なるほど。あいつら以外も優秀なのか。まあ、中心に比良坂がいれば、有り得ない可能性ではないか。
「恐らく、比良坂のせいでしょうね」
「そうなのか?」
「比良坂は常に戦略を意識した思考をしています。手持ちの選択肢で最善を追求する。恐らくその思考が、士官学校の頃いかんなく発揮され、結果他のひよっ子達よりも比良坂達の同期が、一つ抜きんでた能力を得ている理由なんだと思います」
「戦略を意識する?」
不思議そうに問う草薙さんに私は頷きこう答えた。
「私はまだあいつらと知り合って、日が浅いので間違っているかもしれませんが、比良坂と話していて感じたことです。例えば、どうしても達成しなければならない課題があったとします。しかし、手持ちカードでは奇蹟を起こす以外選択肢がない。普通ならそこで奇跡を信じで挑むか、諦めるかいずれかを選択するでしょう。しかし、比良坂の場合はそれがない。それが試験であれば、あいつはカンニングすら選択肢に含めた作戦を検討する。チーム戦ならば、仲間能力を引き上げる。あるいは相手チームを弱くする努力をする。まあ、性格的にいわゆる外道を全否定する傾向ですが、必要なら躊躇しないでしょうね。それが戦略を意識するという意味です」
「なるほどな。好意的に見るなら、あいつの同期は、教官と比良坂に鍛えられたという事か」
「比良坂には、それが出来るだけの基礎能力が、入学前に備わっていたという事でしょう。その点だけについて言えば、私はあいつに憐みに似た感情が沸いてきますよ」
「軍人家系の性……いや、俺達が知る比良坂の一族だとしたらあり得る話か」
「確認する気はありませんが、この国で有名な比良坂一族、最後の一人なんでしょうね」
草薙さんの指摘に私はあり得る可能性を口にする。自衛軍がまだ日本帝国軍だった頃、陸軍にその名を馳せた男が居る。比良坂駿一郎――世界大戦の折、日本を講和に導いた功労者の一人であり、公式には記録が抹消されている稀代の名将。その人の血縁ならば、士官学校入学前に教育を受けていても不思議ではない。
「……俺がひよっ子だった頃、比良坂という苗字の上官に世話なったことがある。その人のおかげで、長い事生き残れて今に至るが、その上官も最後は殉職した。ひょっとしたらその人の忘れ形見なのかもな」
「本人に聞かれてみれば?」
かつての恩人に胸を馳せる草薙さんに、私はそう問いかける。あいつにとってもコネを作るいい機会になる。軍人を続けるならば、多少なりとも、上部の人間にコネが無ければ、例え戦地帰りでも、私のように体よく使い潰されるのがオチだ。
「いや、いずれ話をする機会が来たら会話のネタにでもしておくさ」
「今されないので?」
会う気のない草薙さんに、私は敢えてそう訊ねる。出来れば会って欲しいところだが……
「ああ。お前の顔を見たかっただけだからな。さて、そろそろ俺は戻る。邪魔をしたな」
「いいえ。そのうち機会があったら、飲みにでも行きませんか? 勿論、草薙さんのおごりで!」
草薙さんはそう言うと、モニターに一度目を向けた。私も席から立ち上がり、同様にモニターに一度目を向け、冗談交じりに軽口を叩く。モニターの向こうは比良坂機の90式戦略機が、信介機の90式戦略機と鍔迫り合いをしている。午前中から何度か見た光景だ。
「ばーか。偶にはお前が俺を労え……またな」
草薙さんは私に目を向け苦笑交じりに言うと、軽く手を振り私の敬礼を待たずに退室していった。
「――さて、こっちもそろそろ切り上げるか」
再び一人となった私はそう呟き、振り直って演習の終了を告げるべく、デスクのマイクスタンドとスピーカーのスイッチを押した。