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メインストリームでアングラを突き詰めた90'sのナイン・インチ・ネイルズ──ジョナサン・ラック写真展
買い物や食事、観光を楽しむ人たちでごった返す渋谷のMIYASHITA PARK。その一角のギャラリーで、ナイン・インチ・ネイルズの『The Downward Spiral』発表30周年を記念した写真展が開催された。
An Exhibition by Jonathan Rach
ジョナサン・ラック写真展
NINE INCH NAILS
THE DOWNWARD SPIRAL
TOKYO, JAPAN
2024年11月22日(金)〜11月24日(日)
Sai Gallery
東京都渋谷区神宮前 6-20-10
MIYASHITA PARK SOUTH 3F
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ここだけなんか「青山感」というか、落ち着いた洗練された雰囲気。
90年代ロックの金字塔である『The Downward Spiral』は、リアルタイムで聴いた自分にとって、当時からまごうことなきアートだった。発表30年を経てもその真価はまったく揺らいでいない。10年目も20年目も高い評価は変わらず、一貫して「名盤」の地位を確立しているアルバムというのは、そんなに多くないと思う。
アルバム発表時のライヴツアー「Self-Destruct Tour」に帯同して映像とスチールの撮影を担当したジョナサン・ラックによる写真が48点展示されていた。ファンなら目にしたことがあるような、またはそのアザーのような作品が多かったけれど、実物の紙焼きが目の前にあるとやはり気分が上がる。当時のものだけでなく2018年のロス公演の模様や、トレント・レズナーをはじめとするNINの面々だけでなくルー・リードやデヴィッド・ボウイ、マリリン・マンソンが被写体となった写真もあった。
ジョナサン本人によるトークセッションは、質疑応答を含めて1時間以上。自分がギャラリーに着いたときにはもう始まっていたのでトータルはもっと長かったかも。50歳前後なのかな。すごく感じのいい人で、フランクにたくさん話してくれた。さまざまなエピソードが興味深かったが、覚えているものを少し書き記してみよう。
展示された中でジョナサンが気に入っている1枚は、”Hurt”の歌唱中のもの。演出としてプロジェクターに投影された少年の映像と後ろ姿のトレントが一緒に収まっている。
ツアー終了後、楽屋で関係者が集まってさあ打ち上げ(記念撮影?)というときにトレントだけ見当たらなく、ジョナサンが探したところ、廊下?でひとりぽつんといる彼を見つけたらしい。とてつもないショーを作り上げ、特別な経験を多くの人にもたらした人なのに、そのときはとても孤独に見えたという。その写真はまだ公開されたことがない。いつか写真集などを出すときがあれば、トレントの了解を得て公開するかも、とのこと。
また、ダブルヘッドライナーのツアーでNINと組んだデヴィッド・ボウイから、「君はここで一番重要な人物だ」と言われたことが印象に残っているという。ボウイは、ロックスターとして写真で記録を残すことの大切さを自覚していた。
カメラは当時、キヤノンの自動式(オートフォーカス機能を搭載したEOS5 QDとか?)を使っていた。今は当然デジタルだが、フィルムを現像したときの味わいは出せないという。カラーより白黒が好きとも言っていたかな。確かにNINのパブリックイメージはモノクロームだが、今回の展示作品の中では、楽屋かステージ脇でのトレントをカラーで捉えた写真に感銘を受けた。
白黒では伝わらないものがあるな、と。モノクロームであるがゆえのオーラをはぎ取ったところのリアルさが、当時の写真としてはレアではないか。
なんといってもジョナサンは、NIN史上最も過激なプロダクトである『Closure』(‘97)の監督でもある。「Self-Destruct Tour」のライヴ映像をもとにしたドキュメンタリーで、未加工と思しきノイズがそのまま残るロウファイな画面を粗削りな編集でまとめた作りが鮮烈だ。ひょっとすると、予算上の制約といった身もふたもない理由からこのスタイルが採用されたのかもしれない。とはいえ、すでにメインストリームでのし上がっていたNINがここまでアンダーグラウンド感覚の強い作品をリリースしたこと自体がクールだった。リリース当時、日本で入手するのはなかなか難しかったようだが、好事家の間で噂は広まっていたと記憶する。数年後にAmazonで比較的安価にVHSを入手できたときは心底嬉しかった。今では全編がYouTubeにアップされているから、隔世の感がある。
当初から権利関係で揉めていたようで、DVD化されることなく、事実上はお蔵入りになっている。
それにしても、そんな危険なブツを作り上げたのが、好感度の高いアメリカンな兄貴というのが、クリエイティブの世界の面白さなのだ。しかし、さすがはビジュアルのエキスパートらしく、時折、射貫くような眼光の鋭さを感じさせたのも事実である。質疑応答の際、撮影の心構えとして、機材の機能よりも自らの感性を大事にすべきだと述べていたのが、心に残っている。