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vol.2 “本物であること”が社会への問い~山川勇一郎さん~
ホールアース自然学校(以下:ホールアース)という組織は、そこで働くスタッフの多くにとって、“通過点”または“手段”でしかない。ここで働くこと自体を目的にしてやってくると、後々苦しくなっていくだろう。
今も昔も、働いているスタッフにとって、ホールアースで働くことが自分の求めるライフスタイルに合っているとか、自分のやりたいことを形にできるとか、そういう納得感を持っていないと、日々を充実させることはできない。当然、年月が過ぎれば各々のライフステージも変わり、時代が変われば興味関心も変わり、自身の能力も上がれば描く未来も変わってくる。忙しい毎日、様々な変化の中でも、自分の中に“問い”を立て、思考しながら行動していくことが、人間力につながっていく。
卒業された様々な先輩方の話を聞いていると、そのことの重要性が身に沁みてくる。今回、インタビューに応じてくださったのは、株式会社さがみこファームの代表、山川勇一郎さん。ホールアース時代の愛称は「ラガー」さん。その名が似合う、熱い思いを持った人だ。ラガーさんもまた、自ら問いを立て、行動しながら解を探ってきた。ホールアースで12年、自然ガイドはもとより新規事業開発や企業・行政とのプロジェクトも数多く担当し、卒業後は再生可能エネルギー分野の事業に従事してこられた。卒業されてからの約10年、決して平坦ではなかった道の先で見つけた一つの解が、「さがみこファーム」だった。
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農業主体のソーラーシェアリング
さがみこファームは、ただの農場ではなく、発電と農業を一緒に行ういわゆるソーラーシェアリングを行っている。ソーラーシェアリングと聞いて、どんなイメージを持つだろうか。もしかしたら、なじみがなくてあまりイメージが湧かない人もいるかもしれない。そんな人にこそ、ぜひ、訪れてほしい。きっと、発電というものが少し身近なものになるだろう。世の中には様々なソーラーシェアリングの形があり、農業が副次的になっている場合もあるそうだが、さがみこファームはそうではない。
「僕は、農業をビジネスとして成り立つような仕組みを作らないと、持続可能じゃないと思ってる。それに、この場所の地理的な条件やロケーションを生かし、ビジネスを展開したいと思った。ここは観光道路に面したキャンプ場が多く存在する地域で、ただ通り過ぎてしまうような場所だけど、ブルーベリーの摘み採りなどを行えば、観光客を呼び込めるんじゃないかと考えたんだよね。」
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単に摘み放題で楽しく美味しいというのもあるが、場内には数多くのブルーベリーの品種があって、ひと粒ひと粒その味の違いを舌で味わうのも面白い。酸味、甘味、香り、その微妙な違いを食べ比べる機会は普段はないだろう。そして、そのブルーベリーを育んでいるのは肥えた土…ではなく、スポンジ状の素材だ。ここに養分を混ぜた水分をホースで送って栽培している。こうすることで、安定した収量を得られるとともに、通常育つまでに3~4年かかるものが2年くらいで収穫できるようになるという。ブルーベリーを選んだのも、ソーラーシェアリングと相性がいいからだ。太陽光パネルの下で育てるとなると、自ずと光量が少なくなるが、ブルーベリーは日陰でも栽培しやすい。さらに、太陽光パネルが日陰を作ってくれるので、夏でも直射日光に晒されず、収穫体験できるというわけだ。
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「さがみこファーム」という名の実験場
発電という一見無機的なものに対し、農業とそれを軸とした体験コンテンツがあると、人の想いや温かみを感じやすく、親近感が湧く気がする。「ブルーベリー摘み」のように誰でもできるコンテンツがあることで、関係人口も増え、事業の可能性も広がっていく。自然体験の提供は、ラガーさんの十八番だ。一般の人はもちろん、学校に対しても体験学習の受け入れや探究の授業など、様々な形で関係を築きながら、この発電所の存在価値を高めていければと考えている。
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「僕はやっぱり現場が好きで、自分のやったことがダイレクトに返ってくる、あの感覚っていうのがすごく好きなんだよね。自分の企画したものが人に届いて、その人の心を動かすとか、そういった瞬間に立ち会えることとかがすごく好き。結局、ここに来てくれて喜んでくれる人の顔とか、そこからすごく力をもらう。」
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ホールアースを卒業されて10年近く経つわけだが、お話を伺いながら敷地を眺めていると、ホールアースと通じるものが色々とあるように感じた。例えば、場内に点在しているクイズのパネルもそうだ。ちょっとした工夫で楽しみの要素が増える。ラガーさん自身、ここに来た人が楽しみながら学ぶことを意識しているという。また、太陽光パネルをよくよく見てみると、全てが同じなのではなく、色や大きさに違いがあるものもある。なぜ違うのか?そもそも、ここで発電された電気はどこへ行くのか?そうやって、この施設そのものが、来た人に色々な疑問や考えるきっかけを与え、環境教育的な意味合いを持たせることができると考えている。ここはまさに、ラガーさんにとって実験場であり、また、ラガーさん流の自然学校のように思えた。
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問いながら、歩んでいく力
自然学校から、エネルギー事業へ。話を聞けば、なるほどなるほどと、過去の経験が様々なところでつながっているように思えるが、ソーラーシェアリングを行うことも、ブルーベリーや観光、体験的な事業も全て偶然で、最初からこれらを目指していたわけではなかった。なんとなく「環境に関する仕事に就きたい」と思い、ホールアースの門戸を叩いた20年前には、今の姿は想像し得なかった。ただ根底では、「世の中を変えたい」という気持ちをずっと持ち続けていた。
「洞窟探検のような“非日常”体験は、とてもエキサイティング。ただ、それだけで終わらせなくなかったんだよね。なぜなら、ライフスタイルが自然に寄り添ったものにならなければ、世の中は良くならないはずだと思っていたから。だけど、ガイドの現場はとてもライブ感があって、様々な瞬間があり、そこでの参加者たちの反応を見るのはとても面白かった。実際に働いてみると、ホールアースには色んな仕事があって、多様な人々が自由に仕事をしていて、自分がやりたいと思ったことを企画して実行できる環境があった。そこにやりがいを感じた。」
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それから12年、自然ガイドだけでなく、ホテルの宿泊客向けの自然体験プログラムの開発をしたり、熱気球のパイロットをしたり、金融機関のCSRとして森林整備や人材育成をしたり、様々な形で環境や自然にコミットしてきた。そういった充実感や、やりがいを感じながら働く中でも、ある“問い”が常にあったという。
“自分はどう生きるのか”
“何をやりたいのか”
“本当の生きる場所はどこなのか”
多くの仕事で忙殺されても必ず立ち返るところが必要で、そうでないと、道に迷ってしまう。自分の取り巻く環境が常に変化していくからこそ、問い直すことに意味がある。もちろん、その答えはそんなに簡単には出てこない。行動してこそ、見えてくるものがある。
「結局、やってみないとわからないことっていうのは確かにあるよね。山登りでもそうだけど、峠まで登らないとその先の景色はわからないわけだよね。その先に行ってみて初めて、その先がどういうふうに山が連なってるのかが見える。自分が興味のありそうなところに、あえて自分の方向を振っていくみたいなことはやっている。すると当初意図していなかったことが起きる。蛇行しながらもそっちの方向に行くみたいな感じかな。なんとなく自分の思ってるような方向に身を振っていくと、思わぬ出会いが色々あって、結果的に望ましい方向に行くように思う。」
次のステージへ進むために、環境を変える
ホールアースで学べることはほとんど学べたと感じられるくらいのレベルに達した頃、ラガーさんは「同じ業界にずっといては、自分の視野が狭くなってしまう」と感じるようになっていた。また、キャンプなどの自然体験プログラムを行っていても、それがどれだけ人々に影響を及ぼしているのか、疑問を持つようになった。そして、次のステージに行く足がかりを得ようと悩んだ結果、働きながら大学院へ行くことに決めた。社会人として、学生として、そして家族を支える父親として、3足の草鞋を履くことは容易ではなかったが、大学院でつながったご縁から、今まで接してこなかった分野の人々との連携が生まれたり、デジタルファブリケーションといった新たな自然体験のアプローチの可能性も見えるなど、仕事の幅が広がった。学びながら働くという、ハードな日々の中でもいくつかのチャレンジを試み、2年間の大学院生活の終盤、修士論文を書いている時、東日本大震災が来た。それをきっかけにエネルギー問題へ強い関心を抱くようになる。
「震災が来て、第一陣で福島県いわき市に緊急支援の活動で現地入りして、そこで原発事故の被害を目の当たりにして、初めて“コンセントの向こう側”を意識した。その時、『自分が今までやってきたことは何だったのか?』とすごくショックを受け、考え込んでしまった。今までコンセントに挿すと電気がでてくることは当たり前のこととして疑いを持ったことはなかったけれども、どうやらコンセントの向こう側が想像以上に深刻な状態になっているということを初めて思い知った。考えてみれば、人類の歴史は常に資源の奪い合いで、それが戦争につながる。そうした社会では自然学校は成り立たないし、自然学校が目指しているのはまさに平和な社会。エネルギー問題に取り組まなければ、平和な社会は築けないんじゃないかと思ったんだよね。」
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自分の中で生まれた課題感に対し、ホールアースにはエネルギー問題に精通している人がいるわけでもなく、資源もなかったので、一年間ほどは悶々としていた。そんな中、日本全国で原発に頼らずに自分たちでエネルギーを作らなければならないという動きが広がり始め、その一つがラガーさんの地元、多摩でも始まった。そして、ラガーさんの父親や仲間が太陽光発電の事業を起こし、活動が大きくなり始めた頃、ラガーさん自身も地元に戻り、事業に加わることを決めた。そこからは、ここでは語り尽くせないほどの紆余曲折を経て、今に至る。
ホールアースは、“思いっきり悩むことができる場所”
「ホールアースっていうのはね、今振り返ると、どう表現すればいいかな、“思いっきり悩むことができる場所”だと思うんだ。場所を提供してもらい、お金をもらい、しかもすごく貴重な経験をさせてもらいながら、思いっきり悩めるっていうのは、非常に幸せなことでさ。だから思いっきり悩めばいいと思うんだよ。ただ、いつか自分の人生を決めるときが来るんだ。僕自身も、色んなことがあって今ここにいる。今の時点で、5年後、10年後がどうなるかわからない。事業をやってたら、失敗するかもしれないし、それで自己破産するかもしれない。ただ、自分が本気で覚悟を決めて、自分の人生をかけて取り組むんだっていう何かを見つけることが大事なんだよね。それを掴もうとしないと、掴めるはずがない。だから、悩みつつ、少しずつ前に進んでみるとか、何か新しいことを試してみるとか、そういうことがプラスになるんだよ。それができるから、ホールアースは非常に恵まれた環境なんだ。たくさんチャレンジすれば、色んなことができると思うんだよ。」
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「環境に関する就職先がそんなになかった」という20年前に比べると、自然学校の数も、自然に関わる仕事もだいぶ増えた。ライフスタイルにおいても、リモートワークが一般化し、地方へ移住し自然の近くに住むという選択も難しくなくなってきた。キャンプ場は圧倒的に増え、アウトドアのノウハウもネットで検索すればいくらだって出てくる。週末に、自分たちで自然の中に足を運ぶハードルは格段に下がり、世の中は間違いなく変わってきている。そんな時代の変化を踏まえて、ラガーさんから私たちにある問いが投げかけられた。
「この時代になって、自然学校の価値はどこにあるんだろう。」
“本物であること”が、問い
「社会へ“問い”を投げかける人がどう在るのか、それが本当に問われてると思うんだ。“本物であること”が、イコール“問うこと”なんだと僕は捉えている。つまり、自分が本物じゃないと、真剣に問うことはできない。何をやってるのか、どう在るのか、それがすごく大事。この場所もそうだよね。単なる太陽光発電所でも、単なるブルーベリー農園でもないんだ。これは、共生型の新しいビジネスモデルを体現する場所。それは地域のためにも、自然のためにも、そして来る人、働く人すべてがハッピーであるような場所を作ることが重要で、それが社会への問いかけになると思うんだ。」
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世の中で“環境にいい”と謳われていることも、実はうわべだけのものもあるかもしれない。ならば、本物と偽物の違いはどこにあるのか。自分には、それを見極める目があるだろうか。自分なりの“本物”が何なのか、大きな宿題を渡されたような気がした。その解もまた、ホールアースという環境で働きながら、悩みながら、探っていこう。
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