探偵討議部へようこそ 八章 第九話
第九話 やり直したいです!やり直せます!
わたしは5人の「グループリーダー候補」の一人となり、壇上のアララギさんに向かい合う形に並んでいる。強烈なオーラだ。胸がドキドキする。アララギさんは、優しい笑みを絶やさないまま、ルール説明を始めた。
「グループの人数は決まっていない。自分のグループの人数ができるだけ多くなるように自己アピールしなさい。決して後ろを振り向いてはならない。一人一人、大きな声でリーダーとしての抱負を、私の目を見ながら言うんだ。後ろにいる参加者は各自、『この人についていきたい』、と思える人の後ろに列を作って並ぶように。一人の参加者の心も動かせなかったものは、『リーダーの資質なし』、だ。全身全霊でアピールしてくれたまえ。」
「資質なし。」その言葉を聞いて、「後ろに誰も並んでくれないのだけは避けたい。」と思った。
わたし達は、それぞれにアララギさんに向かって抱負を叫んだ。「消極的な自分を変えたい!」、「一緒に変わりましょう!幸せになりましょう!」、、。みんな必死だった。精一杯の叫びに、アララギさんは鷹揚に頷いて、微笑みを浮かべてくれた。
「さあ、皆、『この人についていきたい』と思った人の後ろに並びなさい。それが君たちの『選択』。人生とは、選択の連続なのだ。『選択』には常に十分な時間が与えられるとは限らない。よく考えて、だが3分以内に選択を終えるように。遅延は許さない。」
アララギさんのエコーがかかった声が厳かに告げた。
後ろで、参加者が移動する無機質な音がする。その音が消え、再び場には静寂が訪れた。
「リーダー候補者は振り返ってよろしい。」
アララギさんの声が響き、振り返ると、自分の後ろには、他のリーダー候補達よりも長い列ができている。やはり最初に指名されたことが大きかったのか、、。ホッとした。
「モリミズ君の列が一番長いようだ。」
そう言うと、アララギさんは列の一番前の女子学生に尋ねた。
「なぜ、モリミズ君をリーダーとして選んだんだね?」
「は、はい。やる気があるように見えたからです。」
ありがとう。素直な感謝の気持ちが湧いてくる。
「よろしい。その後ろの君は何故だね?」
アララギさんは、続いて男子学生を指名した。
「は、はい。声に張りがあって、芯が強い方のようにみえました。」
「なるほど、、。ではその後ろの君は?」
アララギさんは次々と自分のグループの人間を指名し、選んだ理由を話させる。決して悪い気はしなかった。ところがそれが一巡した後、別のグループの学生を指名してアララギさんは言った。
「では、君。『モリミズ君を選ばなかった理由』はなんだね。」
突然指名されて戸惑った様子の男子学生は、少し考えた後こう言った。
「そ、そうですね、、。隣の方のほうが頼りがいがあるように見えました。」
「その後ろの君は?」
「少し暗い方のように思ってしまいました。」
「その後ろ。」
「最初に候補として指名されたことで、少しいい気になっている、と感じてしまいました。」
わたしは項垂れてしまった。最初のうち、自分を選んでくれたメンバーの意見を聞いて、喜んでいたのが恥ずかしかった。わたし以外を選ぶ声の方が多いことをまざまざと見せつけられた。しかも、一人が「ダメだし」の発言をすると、それにかぶせるかのように、次にはさらに辛辣な発言がくる。まるでわたしの欠点をあげつらうのを競っているかのように。
「どうかね?モリミズ君?」
アララギさんの声がする。
「君は一瞬でも、多くの人に『選ばれた』、と思ったかもしれない。だが、同時に、多くの人々に、様々な理由で『選ばれなかった』のだ。人の選択とは、かくも多様であり、また常に揺蕩うものなのだよ。しかしそれでも、人はそれぞれの選択の責任を負わなければならない。人生とは、選択の連続なのだから。その、『選択』をリセットして一からやり直す、というのがこのセミナーの目的なのだ。わかったかね?」
「はい。」
「さて、このセミナーに参加することを選択したのは君だ。さあ、君の望みはなんだ?なにを探してここに来たのだ?」
「それは、、。」
ここにきた目的を思い出した。
「消極的な自分を変えたくて。」
「ふふふ。否が応でもこの場で君は変わる。いいかね?君の中の『こうでなければならない』、『こうあるべき』といった固定観念、社会通念はこのセミナーで一つ一つ剥がされていく。今まで生きてきた君は、ここで終わるのだ。君だけではない。本日ここに集った全員、今までの人生で作り上げてきた『過去の自分』がここで終わると知るがいい。それが、今までの君たちの『選択』をリセットし、生まれ変わるということなのだ。」
アララギさんはエコーの掛かった声で高らかに宣言した。その声が音波という名の波動となり、参加者の体を揺らした。会場の照明が明滅する。光と音の波の中で、オッドアイに見つめられる。
「・・生れた頃の赤ん坊に、固定観念があるか?一般常識はあるか?」
アララギさんが畳み掛けるかのように問いかけた。
「ありません。」
何人かが声を上げる。
「聞こえない!心の波動が弱い!」
「ありません!!」
周囲を囲んでいる「アシスタント」たちが、少しずつ参加者の側に詰め寄ってきている。それに伴って、参加者たちの間のスペースも少しずつ詰まってくる。
「そうだ。生まれたての赤ん坊には、固定観念がない。全て見るもの、聞くものが新しい。何にでもなれる。何でもできる。それゆえ、生まれたての赤ん坊の可能性は『無限大』だ。君たち一人一人が、生まれた時には『無限大』の可能性を持っていたのだ。それなのになぜ、君たちはここにいる?悩み、あがき、教えを乞うている?無限の可能性を持っていたはずの君たちが?何故?」
アシスタントたちがわずかに歩を進める。
「その原因は君たち自身にあるのだ。君たち自ら、「固定観念」や「一般常識」によって、無限の可能性を持った『内なる赤ん坊の君たち』、私はこれを『マーヴェル・ベイビー』と呼んでいるが、、。『マーヴェル・ベイビー』の上に殻を作ってしまっている。君たちが知らず作り出した殻のために、他ならぬ君たちの中で『マーヴェル・ベイビー』は傷つき、抑圧されているのだ。魂が本来伸びていくべき方向性にそぐわない形で、いびつな型の中に押し込められている。『マーヴェル・ベイビー』の苦しみが、嘆きが、解放してくれとの叫びが、が私には見える、聞こえる。それは、君たちのこれまでの『選択』が誤っていたことを意味する!君たちはやり直したいと思わないか?マーヴェル・ベイビーを解放し、無限の可能性を持つ赤ん坊に戻って選択をやり直したくはないか?」
「やり直したいです!」
声をあげるものが増え始める。
「聞こえない。やり直したくはないのか?」
アララギさんの言葉の度に、少しずつ周囲を囲むアシスタントたちは歩を進め、参加者の間の距離は詰まっていく。近接した参加者の間で不思議な一体感、グルーヴが生まれ始める。
「やり直したいです!」
この時、参加者の叫びは一つになった。
「私が、君たちを覆う殻を取り外すのを手伝ってあげよう。だが、実際に殻を破るのは君たちだ。君たち自身が、私の用意したプログラムを通じて、君たち自身を解放するのだ。君たちにできるか?」
「できます!」
「やり直せるか?」
「やり直せます!」
そう叫んだ時、わたしは涙を流していた。
(続く)