探偵討議部へようこそ 八章 第八話
第八話 あの日、あの時のクネクネ。
「『ライフアンジュレーション』ですか、、。なんだかカッコいい名前ですね。意味はわからないですけど、、。」
僕の言葉に、シューリンガン先輩は嬉しそうに笑った。
「アハハ。鋭いな、ハシモーくん。その、『意味はわからないがカッコ良さそう』と言うのが肝心なところなんだよ。ちなみに、『アンジュレーション』は、波動という意味だ。世の中は波動で出来ている、それに意思の力で干渉できる、という素粒子論を下敷きにした擬似科学的な考え方を広めているようだね。まさしく『カッコ良さそう』。そこにエリート意識が強い学生たちが飛びついているんだ。」
「い、言ってみれば『エリートホイホイ』やな。『思い通りに未来を変える秘密の手法を教える』を謳い文句にのし上がってきてるんや。サークルを隠れ蓑にした強引な勧誘、マルチまがいの商材の売りつけ。大学当局からも問題視されてる曰く付きの団体や!それだけではない!」
アロハ先輩は顔を真っ赤にし、怒りに燃えた表情だ。アロハ先輩にもこんなに熱い正義感があったのだ、と感動した矢先!
「なぜかメンバーに美人が多いことでも有名や。そして、しゅ、しゅ、宿泊セミナーをしょっちゅうやっとるんや!じ、実にけしからん。煩悩撲滅!」
けしからんポイントはそこかい!それにしても先輩にかかると、少しでも楽しそうにキャッキャウフフしてるとすぐに撲滅されかねない。物騒な人だ。
「代表は、『アララギ・イッシン』。本名はスズキ・ハチロー。K大における拠点は、工学部内の『生命倫理研究会』他いくつかあるようや。2−3泊のセミナーを、K大近辺のセミナーハウスでマメにやっとるみたいやな。」
アロハ先輩、すげー!ノートに目もくれないで解説している、と言うことは、内容が全部頭に入っているのか、、。しかし、本名はちょっとひょうきんに聞こえるなぁ、、。8人兄弟なんだろうか。
「アララギとは深山に生える常緑樹、イチイの別名だ。イチイは『一位』とも書き、古代日本において、高官の笏を作るために用いられたからその名がついたと言われている。主宰者、スズキの上昇志向を示す名である、とも言えるだろうね。」
シューリンガン先輩の蘊蓄が付け加えられる。
「カッコいい名前が欲しかったんやね。同情するわ。」
ブチョーが呟いた。
「に、しても、やばくないですかー?結構大きくて、悪名も高い団体にロダン先輩潜入しちゃった、ってことですよね?」
「悪の組織」の登場にワクワクを隠せないリョーキちゃんではあるが、それなりに先輩のことは心配なようだ。しかし、まさに「潜入しちゃった」という表現がこの場合適切だ。なんでしちゃったんだ、ロダン先輩!
「ロダン様は本当に素直なお方ですから、、。どっぷりとセミナーの教えにハマってしまうかも知れませんわね。」
エンスーが心配そうに言うが、「どっぷりハマる」ではエンスーも決して負けていないと内心思う。
「その可能性は否定できないね。我々は常々、ペルソナ、つまり仮面を被って生活している。『自己啓発セミナー』は、まずそのペルソナを剥がしにかかり、無防備になったところに新たな価値観を植え付ける。ああいう連中と対峙するには、それなりのスキルがいる。彼ら以上の詐欺師の素質が必要だ。フェイクのペルソナを被る、と言ったようなね、、。一方ロダンは、そのスキルは皆無に等しい。Tシャツの色を変えることを変装だと思っていることがその証左だ。ほぼ、赤ちゃん並みと言えよう。」
「彼ら以上の詐欺師の素質」って、、。そう言ってる張本人のシューリンガン先輩と、恐らくブチョー以外はほとんどアウトじゃないか。ロダン先輩、やばい!
「とは言っても、まだ潜入先が『ライフ・アンジュレーション』だと決まったわけではないが、、。デストロイは確信を持っているようだね?何か理由があるのかい?」
シューリンガン先輩は笑顔でデストロイ先輩の方に水を向ける。
そうだった!「そこだ。」と確かに先輩はつぶやいていた。
デストロイ先輩は露骨に嫌な顔をした。
「言いたくない、、。が、そう言ってる場合でもない。あいつが消える直前の話だ。」
「ほう。」
「『ねえねえ、これ、なんだったっけ?』とやたらに腰をクネクネさせて近づいてきた。俺のダンスの真似かと思ったんだ。あいつも『アワ・ダンサー』としてはそこそこの力を持っているからな。」
「なるほど。」
「アワ・ダンサー」という表現が気になって話が入ってこなかったが、シューリンガン先輩はそこには頓着しなかったようだ。短く相槌を打った。
「『そんなんじゃダメだ』、とひとしきり模範演舞を見せた。」
「拝見したかったねえ。暇だったら。」
デストロイ先輩はそこで一瞬、満更でもなさそうな顔をした。
「ロダンの奴、頭にハテナマークいっぱい付けて去っていった。『何だったかなあ』とか言いながら。」
「空耳だね。」
「そうだ。空耳だ。」
「はいはーい!」
リョーキちゃんが挙手した。
「『空耳』って何ですかぁ?全然話が見えないんですけどーー??ロダン先輩がクネクネしたらどうだと言うんですか!?」
リョーキちゃんはいつでも、僕が言いたいことを先に代弁してくれる。
「『アンギュレーション』、スキーで斜滑降する時に体をくの字にする外傾姿勢のことをそう呼ぶんだ。体のクネクネはそれを表現したものだろう。つまり、ロダンはつい最近、どこかで『アンジュレーション』という名称を耳にした。しかし、意味が分からず、はっきり覚えてもいなかったため、スキーの時に似たような言葉を聞いた気がしてデストロイにボディーランゲージで尋ねたものと推理できる。」
「まあ、そういうことだな。恥ずかしながら、『ライフ・アンジュレーション』の名称を聞いたときに初めてあの日、あの時のクネクネに思い至った。念のために聞くが、他に似た名前の団体はないのか?」
デストロイ先輩がアロハ先輩の方を向く。
「ん?ああ・・・ある、あるぞ!!」
「あるんですか!!今度はいったいどんな団体なんです!?」
そんなに似た名前のヤバい団体がゴロゴロしているのか!
「こ・・こっちも大概や・・・。」
そう言ってアロハ先輩はページをめくり、震える手でノートをこちらへ差し出した。恐る恐る筆圧の高い手書きレポートに目を向ける。
『団体名「Anguilla!」(注:イタリア語でウナギを意味する。)日伊各地のウナギ料理を通じて海外留学生と異文化交流を深めることを目的とし・・』
「え?つまり料理サークル・・・ですか?」
「ブ・・ブロンドやブルネットのイタリア美人とウナギ食ってヌルヌルと交流を深める会やぞ!そ・・想像するだにけしからん!!その煩悩たるや恐るべし!」
「・・・。」
僕は静かにノートを閉じた。表紙には黒々と極太マジックで大書してあった。
『 撲 滅 』
「って、じゃあ、やっぱりロダン先輩が『ライフ・アンジュレーション』とかいうヤバそうな組織に関わってるの、ほぼ確定じゃないですか!」
改めて、ロダン先輩は大丈夫なのだろうか、、。
「悲観するのはまだ早い。いわば、ロダンは普段被っているペルソナがゼロに近いからだ。剥がそうにも、何にも身に付けていない男。まさに赤ちゃん、裸ん坊だ。いかに悪名高き『ライフ・アンジュレーション』とは言え、裸ん坊を相手にしたことはなかろう。どう転ぶかは見ものだ。実に興味深い。いずれにせよ、ロダンを早く見つけるに越したことはない。面白い場面を見逃すかも知れないからな。」
シューリンガン先輩は茶化すようなセリフで話を終えたが、その顔は真顔だった。
(続く)