探偵討議部へようこそ 八章 第十二話
第十二話 アワ踊りです!
待ち合わせのベンチで所在なく周りを見回していると、遥か遠くに自転車らしき影が。みるみる大きくなり、「ギギギギギギィーーーー!」という耳障りな音をたてて目の前で止まった。自転車から、とんでもないハンサムが降りてくる。高校時代もハンサムだったが、さらにハンサム。紛れもなくオットー・ハンサム・コマエダくんだ。
「ごめんなー。田植えが忙しくて。待たせた?」
田植え? 自給自足してるの? ハテナ、という顔をしていたのか、コマエダくんは笑って付け加えた。
「手伝ってたんよ。知り合いのおばあちゃんを。」
どれだけおばあちゃんの知り合いがいるのだろうか。明るい表情に癒される。やっぱり、顔だけじゃなく、心もハンサムだ、この人、、。
「ごめんね。呼び出してしまって、、。」
「気にする事ないよー。自転車ですぐだから。で、電話で聞いた悩み事のことだけど、、。」
「そのことだけど、話してスッキリしたから、もういいんだ。」
「ええ!?」
電話を切った後、よく考えた。自分を変えたいのも、赤ん坊に戻って人生の選択をしなおしたいのも、本当だ。セミナーの教えは素晴らしいと思うし、できるならお金を貯めて参加したいと思う。でもやっぱり、コマエダくんを巻き込むのは何か間違っている。彼には「やり直し」など必要ない。あくまでやり直したいのは自分だけだから。
「でも、お金はどうするん?」
ハンサムな顔に心配の色が浮かんでいる。そういう表情は、コマエダくんには似合わない。
「お金は自分でなんとかするよ。話を聞いてもらっただけでよかった。コマエダくん、ちっとも変わってなくて安心した。」
そう、コマエダくんは、変わらなくたっていいんだ。
「そうかぁ。」
コマエダくんは、少し考えた後、笑顔で言った。
「モリミズさんも変わらないやん。そうやって、何でも自分の中で解決しようと努力するところとか。周りに気を遣わせたくないんよね、きっと。高校の頃から、ずっとそうだったねぇ。それって、モリミズさんのとてもいいところだと思うんよ。でも、困った時には頼ってくれるのが友達よね?」
「えっ?」
わたしには信じられなかった。コマエダくんほど人気のある人が、わたしを見ていてくれて、声までちゃんと覚えていてくれたこと。もちろん、彼にとってわたしが特別な存在だった、って意味でないことくらい判っている。それでも、わたしは自分の頬が火照るのを抑えられなかった。それを誤魔化そうと話題を変えた。
「ところで、、。あの変な留守電なんなの?入れるタイミングわかりづらかったー。」
「変な留守電ではなく、アワ踊りです。大好きなんよ。」
何故かコマエダくんは毅然と言った。
阿波踊りは私たちの故郷の祭り。「なんの曲?」って聞いたわけではないんだけど、、。好きなことを好きだというのは、かっこいい。でも、好きだからって、それをそのまま留守電にする? わたしは吹き出しそうになった。その時、ふと気づいた。彼と電話しただけでスッキリして、楽になった理由。セミナーが「変わらなくてはならない」とわたしに変化を求める一方で、コマエダくんからはいつも「ありのままでいい」というオーラが出ているんだ。わたしは「変わらなくてはならない」と思っていた。「変わりたい」と。でもそれは、今までわたしがわたし自身を認めてあげなかったからだ。
わたしはこのままでいいのだろうか?そう自問すると、どうしても高校時代の自分が思い出される。友達がおらず、同級生の中でどう振る舞っていいのかわからない自分が。やり直せるものならやり直したい。寂しいのはもう嫌だ。アララギさんの言っていた、今までの価値観をリセットして再スタートすることには、抗い難い魅力がある。わたしは、どうすれば、、。
そんなことを考えていて、コマエダくんがわたしの顔を覗き込んでいるのには気づかなかった。
「でも、セミナー、行きたいんよね?」
アップのコマエダくんも、文句のつけようのないハンサムだ。
「それは、まあ、、。」
距離が近いのに動揺する。
コマエダくんはニッコリ笑って言った。
「面白そうだから、僕を無料セミナーに連れてって貰ってもいいかなぁ?一人じゃなんだから、付き合ってよ。もし、三日目も行きたいな、と僕も思ったら、その時は一緒に行こうよ。」
「え、、。でも、、。私はもう、無料セミナーでグループリーダーまでしているし、、。顔バレしちゃってるから無理だよ。」
「大丈夫。僕、探偵だから。」
コマエダくんはハンサムな顔に悪戯っぽい表情を浮かべた。それは初めて見る表情だった。
(続く)