人生100年時代のわたしの社会実験⑩ わたしの最初のキャリアショック
そもそもわたしはなぜ、56歳からキャリアチェンジできたのか
それについて考えてみると、
ひとつの大きな人生の転機に辿り着きます。
わたしは47歳の時に、情報システム部門のマネージャーを
降格になりました。
自ら、逃げました。
それまでのわたしの人生は、
物質的な欲だけが支えでした。
贅沢な暮らしが幸福の形だと信じて疑わなかった。
逃げてからわかったことは、
お金や地位、そして物質的なものは何の意味も持たない。
人間に幸福をもたらさないことを痛感しました。
降格は本当に大きなマインドチェンジになった。
わたしはマネージャーを降格になる少し前から
奈良巡りを始めていました。
奈良の寺社仏閣史跡を巡る中で、
どんどんその魅力に取りつかれていきました。
その歴史の中に、
優しく厳しい時間の経過と、
人間の営みの重みを感じました。
わたしが一番好きなのは
奈良西の京にある、唐招提寺です。
かの鑑真和上が築かれた寺。
南大門から望む金堂の空間は、空気が張り詰めていて
まるでその空間だけ天平時代に戻ったような錯覚を覚えます。
その時が止まったような感覚は、
わたしにとって、大きなマインドチェンジになりました。
マネージャーを降格になり、
奈良巡りに時間を使うことになり、
自分と向き合う時間が格段に増えました。
土日、そして有給休暇を、
奈良への時間に費やしました。
奈良を巡っていると、お寺や神社の建造物や仏像などの
有形資産の素晴らしさもさることながら、
当時、その地で暮らしていた名もなき人たちの生活、
そして心、喜びや苦悩、感情なども感じ取ることが
出来たのが、よかった。
目に見えない何かにつながっている感覚を
奈良の史跡を巡っていると
感じることができるんです。
会社で傷ついた自分の心を、
奈良が大きく包み込んでくれて
活力を与えてくれた。
そんな気がしています。
狭い世界(会社)の中だけで生きていくと
ちょっとしたことが、もう取り返しのつかない
重い事実として自分にのしかかってきます。
俺は無能だ、俺には解決する術はない。
もう目の前のことでいっぱいいっぱいになり、
自分を客観視したり、他の手を考える余裕がなくなります。
だからこそ癒し再生の場が必要で、
そこだけがわたしの居場所ではない。
そんな心の余裕が出来た時に始めて、
ちょっと引いて現状を見ることが出来るし、
それは大したことじゃないと思えるようになる。
ひとりで巡る奈良でしたが、
わたしにとって癒し再生の場となり、
見えない人や時間、空間との繋がり、
現実には一人だけど、大きな歴史と言う時間と
その時間の中で脈々と生きていた生身の人間の
悩みや慟哭、喜びや悲しみなどと繋がった気がしました。
現実世界で傷ついたわたしの、
1人ぽっちのサードプレイスになったのでした。
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