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予防接種とワクチン③ ワクチンギャップ

「ワクチンギャップ」をご存知でしょうか?

1990年頃から約20年、日本はワクチンの開発・導入に消極的になり、他国では摂取できるワクチンも使用できない混乱状態が続いた。更に最近ではHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチン(所謂子宮頸がんワクチン)に関連した混乱がある。
なぜ「ワクチンギャップ」は生じたのか?

■予防接種法の変化

日本では1948年、予防接種法が制定された。このことにより、ワクチンで予防できる疾病の罹患率、死亡率は著しく減少していった。
感染症の脅威が少なくなると、ワクチン接種後の有害事象が目立つようになった。その結果、訴訟が相次いだことで、1994年の改定で「集団防衛」を目的とした「義務接種」から「個人防衛」を目的とした「勧奨接種」「接種努力義務」へと変わってしまった。

■訴訟と社会への影響

ワクチンは、基本的には健康な人に接種する、また幼いときから接種することになるため、より高い安全性が求められる。しかしながら、予防接種は100%安全な医療行為ではなく、接種後には有害事象が起こりうる。

有害事象とは、接種後に生じた好ましくない出来事であり、因果関係は問わない

例えばあるアメを舐めていた人が転んで骨折したとすると、この骨折はアメの有害事象となる。
なぜこのような考え方をするかというと、一見関係なさそうなものでも、ある程度数が集まったときに新しい知見が得られるかもしれないからである。
このアメで骨折する人が一定数いたとすると、もしかするとアメに筋弛緩作用があり、踏ん張れずに転んで骨折した、ということがわかるかもしれない。
因果関係なしとされることも多々ある。

対してワクチンと因果関係があるものを副反応という。
有害事象≠副反応なのだ。

重大な有害事象が報告されると、テレビなどで報じられることになる。すると、ワクチンが悪、というイメージがつき、摂取率は下がる。例を挙げてみよう。

◎百日咳ワクチンと脳症

・1948年百日咳ワクチン発売。
・1958年から定期予防接種に。
・1949年に年間10万人いた百日咳患者は1971年には年間200人程度に減少。
・この頃不活性化した菌体そのものを使用しており、強い免疫反応を引き起こしていた。
・接種した約30%の乳児に発熱が生じ、中にはけいれんや脳症になるケースがあった。(これは副反応)
・1970年代乳児の死亡例がでて、社会問題に。
・1975年百日咳を含む三種混合ワクチンの定期接種の一時停止。摂取率が低下。
・1979年百日咳患者は年間1万人に増加。
・その後、無菌体型百日咳ワクチンが開発され、摂取率が上がった。
・1990年代百日咳患者は年間1000人以下になった。

◎日本脳炎ワクチンとADEM

・1955年日本で日本脳炎ワクチン製造開始。
・勧奨接種、臨時摂取の時代を経て1994年定期接種となる。
・2004年、ワクチン接種後の急性散在性脳脊髄炎(ADEM)による死亡歴が2例報告される。
・2005年積極的勧奨を中止。
・日本脳炎ワクチン接種後のADEM報告数が自然発生率より大幅に低いことなどから、因果関係が否定される。(副反応ではなかった)
・2009年マウス脳培養からVero細胞(ミドリザルの腎由来細胞)で培養を行った新規ワクチンが使用可能となる。
・2010年より積極的勧奨再開。


ほかにもMMRワクチンと無菌性髄膜炎の問題により、ムンプスワクチンの定期予防接種導入が遅れていたり、最近では、HPVワクチンによる慢性疼痛や運動障害が大々的に報道され、積極的な接種勧奨の差し控えとなり、摂取率は1%未満になっている。

■作為過誤と不作為過誤

このように、厚生労働省が弱気な対応をとらないといけない現状がある。訴訟により、過失を責められる可能性があり厳しい立場に置かれている。

こうなってくると「介入(予防接種の勧奨)が誤っていたために国民に副反応が生じる」ことを回避するために、「行うべきであった介入(予防接種の勧奨)をしなかったために、ワクチンで防げる感染症に罹患する」ことが容認されるようになる。

前者を作為過誤、後者を不作為過誤という。

ワクチンを勧めて訴訟になるなら、打ちたい人だけ摂取して後の人は病気に罹っても自然なことだから知らないよ、というスタンスだ。

不作為過誤は容認できるだろうか?
米国に遅れること20年、導入が遅れたヘモフィルスインフルエンザ菌b型(Hib)ワクチンがある。乳幼児の細菌性髄膜炎の原因菌であり、ワクチンを摂取することでHibによる髄膜炎を99%減少させることができる。
Hib髄膜炎は年間600人程度おり、5%が死亡していた。このワクチン導入が遅れた20年間で600人が不作為過誤により死亡したことが推定される。

いずれにせよ政府はワクチン導入時難しい判断を迫られる。

■無過失補償制度が必要

米国でも訴訟は起きる。
そこで1988年、無過失補償制度を提供する法律を制定した。これは「補償」を求める際、誰の過失かを証明する必要がない制度だ。
これによって、国、製薬メーカー、ワクチンを投与した医師いずれも訴訟リスクがなくなり、ワクチン開発・導入が進むようになる。
有害事象が起きた側も訴訟を起こさずに補償が得られるので、手間がかからずすぐに補償を得ることができる。

日本にも予防接種健康被害救済制度があるが、免責プログラムではないため常に訴訟リスクを抱えることになる。

■ワクチンギャップ

こうしてワクチンギャップが生まれた。

政府は平成26年「予防接種に関する基本的な計画」を立てている。
この中に「ワクチンギャップの解消」が明記されている。

これからコロナウイルスのワクチンが導入されることになる。
不作為過誤を避けるため、リスクを受ける覚悟で政府には英断が求められる。


<予防接種とワクチン>
① 予防接種法
② インフルエンザ
③ ワクチンギャップ
④ 麻疹と風疹
⑤ ワクチンの組成
⑥ 副反応・有害事象


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