最後のいとおしさ(ゲイの恋③)
前回の話の続き。
(この記事でも補足しておくが、ここで書いている彼は「めんどくさい彼氏」とは別の人物である。)
手おくれ
夢のような夜から3年あまりが過ぎた頃。
彼に会うことは義務になってしまっていた。
会いたいから会うのではなく、「付き合っているんだから会っておかないと」という気持ち。
多分、それは彼もそう。
お互い干渉せず束縛もせず、それがいい関係だと思いこんでいた。
でも見方を変えてみると、衝突することを避けていたんだと思う。
相手に対する疑問や不満を自分の中で消化して解決してきた。
ある週末、友達とクラブで遊んでアフターアワーズまで行ったあと、彼の部屋に向かうもりで電話をした。今から行くね、と。
しかし、電話に出た彼にこう言われた。
「寝に来るだけなら来ないでよ」
そう、会ったところで俺はゴロゴロ、彼はずっとゲーム。
一緒に食事をすることも少なく、夜になったら帰るだけ。
そんな休日を過ごしていた。
好きであることに変わりはなかったけど、好きの種類がもはやわからなかった。
話し合いをした。
どんな不満を抱いていたか、どこをどういう風に修復していったらいいか。
話し合ってはみたものの、もう遅すぎた。
二人とも状況を良くしようと前を向いていたが、向いている先にお互いの存在はなかった。
お互いの存在がお互いの前進を阻んでいたのだ。
結果は見えていた。
結論は出ていたけど、それでも何ヶ月か悩んだ。
「終わりにしよう。最後くらい俺がきちんと言わないと」
電話で話した。"恋人関係を解消しよう“と。
感謝のことばが並んだ短い会話で別れ話は終わった。
電話を切ったとたんに涙があふれてきた。
あれってさ、なんで別れ話を切り出した方が泣くんだろうね。不思議。
遠くへ
別れてから2、3ヶ月が過ぎたある日、彼からメールがきた。
「俺、地元に帰ることにしました。服とか荷物がいくつかあるから時間があるときに取りに来てよ。来ないと捨てちゃうぞ~!笑」
動揺した。
俺のせいではないのかもしれないけど、俺と一緒だったら地元に帰るなんてことはしなかったはず。
それとも、一緒だったから帰ろうと思っていたのに帰れなかったのか。
「時間を作って取りに行くね」とだけ返信した。
そこから数週間が経ち再びメールが届いた。
「引っ越しの日程が決まったよ。荷物は段ボールに詰めてすぐに渡せるようにしてあるけど、〇時にはトラック出発するからさ、それまでによろしくね。」
行こうと思ってた。けど行けなかった。
どういう感情なのか自分でも理解できなかったが、とにかく行けなかった。
当日もトラックの出発時間が過ぎるまで黙ってた。
彼の好意、勇気を無駄にした自分が許せなかった。
自分で自分を罵った。
日も暮れ始めた頃に届いた最後のメール。
「今、地元に向かう新幹線です。最後にもう一度だけ顔見たかったな」
相変わらず泣かせてくるよね。
彼が18歳のとき、東京へ向かう新幹線でどんな気持ちを抱いて車窓からの景色を眺めていたのか。
そして今、どんな気持ちを抱いて逆方向の同じ景色を眺めているのか。
ごめん、ごめんな。
最後の幸せ
それから何年経っただろうか。
ある夏の暑い夜。
いつものようにクラブで遊んでいた。
「久しぶり!」と声を掛けてきたのは彼だった。
『え!なんでここにいるの!?』
「東京戻ってきたんだ。誰かと一緒?」
『う、うん...彼氏と...』
「あ、そうなんだ?俺も彼氏と一緒だよ!」
「幸せにしてる?」ときかれ、
『幸せにしてるよ』と答えた。
「じゃ、お互い幸せになれたね」と言った彼は、いつか見た満面の笑みだった。
二人のときにしか見せないあの笑顔だった。
俺たちは、ほんの軽いハグだけを交わし、その晩ふたたび顔を合わせることはなかった。
それが最後の「二人だけの幸せ」だった。