自分と向き合い、欲から離れることで見えてくるもの
30代から40代の自分は仕事中心でした。
この時期の原動力は、
・認められたい
・お金を稼ぎたい
こればかりでした。
上手くいっている時は充実感もありましたが、次第に頑張りすぎ、完璧を求めすぎ、他人の目を気にしすぎ、苦しく自滅しました。
この時の経験はまた詳しく書きたいと思っていますが、この経験から、弱い自分と向き合うことが出来ました。やっと「自分は強くはない」ということを受け入れました。
それでも、未だに他人の目を気にしたり完璧を求めてしまったり、昔の習性が顔を出す時がありますが、そんなときこそよく自分を観察して、自分の偏りに気付くようにしています。
仕事中は特に感じることですが、私は「忙しいことこそ最高の価値で、暇にしていることは最悪、屈辱感を感じる」傾向があります。社会でもそんな風潮があり、定時で帰るのはよくない、有休を使うのはよくない、など未だに様々なプレッシャーがあります。
休まずに予定を目一杯に詰め込む日々。これは一見、充実感や生産性が上がるように思いますが、この状況では心は何も感じず考えられず死んでいってしまいます。
余白をつくる
予定を詰め込まない
暇を恥じない
暇な時間を受け入れる
自分の心をもっと大切にし、心で感じることに耳を傾ける余白を持ちたいと常々思っています。
油断をすると人間は欲や心配事に振り回されて「本当に大切なもの」を見失いがちだからです。
認められたい、褒められたい、お金が欲しい、生きている限り、欲はなくなりません。それはそのまま受け入れ、執着しすぎないようにすること。この意識を怠けると欲だらけになってしまいます。
欲から一旦離れてみて気持ちを一旦離してみると無駄な力が抜けていき、本当に必要なものがわかります。
欲と同じように、日々の悩みごとや心配ごとも次々とやってきます。これをゼロにしょうとすると余計に悩みが大きく、そして深くなります。
そして、また悩みや心配ごとも欲と同じように、なくなることはありませんが、深追いをするのをやめ、考えすぎるをやめ、完璧を求めるのをやめること。これを意識していくと悩みだらけ、不安だらけの日常から離れることができます。
日常生活の中で思考を止める時間を作る、忙しさという言い訳に逃げず、自分に向き合うこと。これを意識する癖をつけることで見えてくるものがあるはずです。
あなたの「本当に大切なもの」「大切にしたいこと」はなんですか?