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しゃべりたい(前編)

視線を感じて顔を上げると、入り口のところに亮介が立っていて、こっちを指さしながら店員と話をしていた。おそらく、あそこの席に生1つ、だ。
軽く手を上げると、亮介も目だけでおう、と返してきた。

「ここの店、初めて?」
席に着くなり亮介が聞いてきた。
「うん、そうだ・・」「どうでもいいけどさ、なんか普通の居酒屋より騒がしくない?」
よほど気になったのだろう。こっちの返事が終わる前に立て続けに聞いてきた。
「よく気づいたな。ここはしゃべりたい奴らが集まる居酒屋らしいぜ」
この店は、昼間、同期の佐藤が教えてくれた店だった。それで、俺もさっき初めて店に入ったときになんとも言えない違和感があったのだ。
ほとんどのテーブルで会話がされているものの、活気溢れるというよりは、それぞれの発言のぶつけ合いというか、雪合戦を見ているみたいな感じで、本当の意味での会話(それ自体よく分からないけれど)、という感じではなかった。それが全てのテーブルで繰り広げられている結果、店全体がそういう印象だった。
「はあ?何それ?」「俺もよく知らないけど、サトピーが言ってた」
亮介と飲むという話をしたら、それなら近くに面白そうな店ができたから行ってみろ、と偉そうに言っていた佐藤の顔を思い出した。
「ふうん。じゃあ話を聞きに来たのは俺ぐらいってことか」
大した興味が沸かなかったのか、亮介は適当な返事を返してきた。
「そうそう、おそらくこの店でならお前モテモテだぜ。俺の話が終わったら、他のテーブルの奴らの話もきいてやれよ」
「ヤだよ、面倒くせえ」
店員がビールとおしぼりを持ってきて、亮介に渡す。俺は飲みかけのビールを持ち上げて、そのまま乾杯する。ぬるくなったビールが喉を通過する。
「ていうか、別に俺も聞いて欲しい話なんてねえよ」

「はい、油淋鶏お待ちー」「あと、親子サラダとエスニックチキンの満月ソース添えでーす」
店員が注文した料理を置いていった。
それを見て俺はげんなりした。亮介を見ると、亮介も同じ顔をしている。
唐揚げと温泉卵がのったサラダと、カレー風味の唐揚げに黄身のソースがかかったもの、それに油淋鶏。
似たようなものばかりが並んでいる。
「お前、ちょっとは考えて頼めよー」「いや、少なくとも親子サラダと満月ソースが似てるなんて想像できねえって」
「じゃあどういうものが聞いてから頼めよー」「お前もな」
亮介と飲むとだいたいこの調子だ。お互いの話を聞くどころか、何を頼んだかすらも気にしていない。

(後半へ続く)

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