ヒートアップする“国潮熱”(中国国産ブランドブーム) ースポーツメーカーから世界遺産、老舗のラー油メーカーまで?
要点:
①中国文化 x 現代 = “国潮熱”
②スポーツメーカーから世界遺産、あの話題のラー油メーカーまで
③時には迷走や、デザインの盗用、質の問題も
——
先日、中国の老舗ラー油メーカーの「老乾媽」(ラオガンマー)とテンセントの間で起きた詐欺騒動は世間を賑わせた。テンセントは、自社開発したレースゲームの「QQ飛車」において、ラオガンマーの広告を掲載。その後、ラオガンマー側からは広告費用の支払いがなかったため、未払金に対し資産差押請求を裁判所に提出。広東省深圳市南山区の地方裁判所はこれを受理し、民事訴訟法に基づき、ラオガンマーの資産(約1624万元)を差し押さえたが、これに反発したラオガンマーは本社所在地の貴州省貴陽市の警察署に通報し、後に貴陽市公安局の捜査によれば、ラオガンマーのマーケティングマネージャーと偽った三人組が、会社の公印を捏造し、テンセントと広告契約を結んだ詐欺事件だということが発覚した。詐欺行為を行った目的も、当該ゲームにおけるギフトコードを入手し、転売するためという前代未聞の事件だった。
そもそも、老舗のラー油メーカーが世界最大級のゲーム会社であるテンセントのゲームに広告を掲載、といった案件自体とても興味深いものだが、近年中国では多種多様な国産ブランドが目覚ましい活躍を見せている。その代表格がスポーツ用品メーカーの「李寧」(Lining)と北京にある紫禁城の「故宮淘宝」だろう。
李寧といえば、言わずとしれた中国を代表する名体操選手だ。1984年のロサンゼルス五輪では、種目別のゆか、あん馬、つり輪で金メダルを獲得し、それ以外にも跳馬や団体種目のメダルを合わせると計6個のメダルを獲得。中国では体操王子と親しまれ、国民的英雄とされていた。1989年には惜しまれつつも現役を引退したが、翌年に自身の名前を冠したスポーツ用品メーカー「李寧」を立ち上げ、実業家へと転身。設立当初、国民的英雄が立ち上げたスポーツ用品メーカーということで人気を呼び、1992年にはわずか設立二年で五輪の中国選手団が着用するオフィシャルウェアにも指定され、2004年には香港で上場を果たした。
ところが、2010年前後から国内におけるスニーカーブームにより、ナイキやアディダスなど海外スポーツ用品メーカーに押され、売上高が急速に減少。また国内のスポーツ用品メーカーであるAnta、361°の台頭なども影響し、市場における競争が激化。国民的英雄・李寧というアイコンで成り立っていたブランドも、挙げ句の果てには「激安スポーツ用品」との汚名を着せられた。
ひと昔の「李寧」のデザイン
その「李寧」に転機が訪れたのは2014年末、創始者である李寧氏が1998年ぶりに経営層へと復帰し、ブランドの再定義と販売ルートの多様化を図り、CBA(Chinese Basketball Association)のスポンサー権取得やNBAのスター選手であったドウェイン・ウェイドと生涯契約を結ぶなど認知度の向上に努める。さらに、2018年には従来のスポーツ用品メーカーのイメージを覆し、中国文化と先進的なファッションデザインを取り入れ、パリファッションウィークとニューヨークファッションウィークに参加を果たすと、人気が爆発。パリファッションウィークで発表したコレクションはたちまちと売り切れとなり、中国国内ではプレミアが付くほど人気に火がついた。その後も、「李寧」は中国共産党の機関紙、「人民日報」や第一汽車の「紅旗」とコラボするなど「国潮热」を牽引する。今年に入ると、「李寧」はこれまでの運営体制を一新し、新たにファーストリテイリングの中国区を統括してきた高坂武史氏を共同最高経営責任者に迎え、盤石な経営体制を築き上げてゆく。
パリコレにおける新「李寧」コレクション
「李寧」(Lining)から「中国李寧」へ
NBAの大スター、ドウェイン・ウェイドのシグネチャーモデル
「李寧」x「人民日報」のアウター
そして「李寧」に負けずと“国潮熱”を率いるのが、北京にある世界遺産、紫禁城の「故宮淘宝」だろう。2008年に、紫禁城は中国の大手ECサイト「淘宝」(タオバオ)にて「故宮淘宝」というオンラインストアを開設したが、人気に火が付いたのは2013年だ。北京の故宮ではなく、台北故宮が「朕知道了」(朕は了承した)が印字されているマスキングテープを発売したところ、大ヒット。そこで北京故宮でも、新たに文創分野におけるアイデアと人材をインターネット上で募集し、「故宫娃娃」という皇帝やお姫様、兵士など宮廷内の人物をモチーフにしたキャラクターや、かの清朝第5代皇帝である「雍正帝」(愛新覚羅・胤禛)、第6代皇帝である「乾隆帝」(愛新覚羅・弘暦)をキャラクター化し、モチーフにしたグッズなどの販売を開始したところ人気が爆発。
今ではこれらのキャラクターグッズに留まらず、歴史的建築物 x コスメという領域で商品開発を行い、第一弾は清朝王妃の衣装デザインをまとった口紅を発売し、第二弾は紫禁城創建600周年(2020年)を記念し、「閃耀星河」と称された600周年限定シリーズコスメティクスを発売。輝く銀河をモチーフにし、アイシャドウも12星座をイメージにして作られているそうだ。
「閃耀星河」シリーズ
前述の老舗ラー油メーカーであるラオガンマーも、創業以降”不貸款、不参股、不融資、不上市”(ローンを組まない、株式投資をしない、融資をしない、上場をしない)という伝統的な経営手法を貫いていたが、創始者の陶華碧氏が引退後、その息子である李妙行氏、李貴山氏が経営を引継ぎ、広告やタイアップなどを積極的に展開。しかし、新たに引き継いだ経営陣に対する評価は厳しく、自我を見失っているとの声も上がっている。「李寧」と同じく、ラオガンマーパーカーでニューヨークファッションウィーク(注:ランウェイに参加した様子はなく、オープンニングセレモニーのチャイナデーポップアップストアで商品の販売を行った模様→動画リンク)に参加こそ果たしたが、「土味時尚」(田舎ファッション)と評価され、新たに撮影した広告は「鬼畜MV」とも称された。
ラオガンマーパーカー
また1927年から続く、老舗のスポーツシューズメーカー「回力」も、レトロなデザインをもとに若者の人気を博していたが、たびたびデザインの盗用や、シューズにおける有害物質の含有量が規定値を超えるといった問題が指摘されるなど、消費者の信頼を損ねている。
「李寧」や、「故宮淘宝」など中国文化と現代をかけ合わせたブランドが”国潮熱”を牽引する中、多くの国産ブランドもイノベーションを受け入れ、変革を遂げていく。中には、ラオガンマーなど、外部の評価が厳しい例もあるが、トライ&エラーをその身で実践していく姿勢は見習うべきことであろう。伝統文化 x イノベーションが今後どのように中国ブランドを変えていくのか、引き続き注目していきたい。
他にもハッカ油に似た液体で虫除けに使われる老舗虫除けアロマメーカーの「六神花露水」とカクテルメーカーの「Rio」がタイアップした「Six God」カクテル
老舗キャンディーメーカーの「大白兎」と香水メーカーの「気味図書館」がタイアップした「大白兎香水」がある。
文/夏目 英男
Weekly China
July 6th, 2020
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?