僕は僕のままで、どこまで行けるだろう - 『楓(スピッツ)』を聴いて
今日紹介する曲『楓』sung by スピッツ
2019/10/26作成 2019/11/10最終更新
曲の世界観を物語で表現する
【Music Novelize Project】記念すべき第1弾は秋ソングの定番から
【Music Novelize Project】3つのルール
1.曲から思い浮かんだ情景を物語に
2.歌詞の表現は7割程度が目標
3.曲が終わるまでに読める長さで
この物語はフィクションです
僕は僕のままで、どこまで行けるだろう
風が冷たい。
今日も頑張ろうと気合を入れて外を出たのに、出鼻をくじかれた気分だ。
最近はよく眠れる。
同じ姿勢で寝続けて首が痛くなることもないし、思いもしない内容の夢に眠りを邪魔されることもない。
今日も自然と目がさめた。てきぱきと身支度が整う。
なのに、外を出た途端に吹き付ける冷たい風が、僕の足を止める。
もうすっかり秋か。
季節を感じるなんて久しぶりだ。
がむしゃらに働いてきて、風に頬を叩かれるまで気がつかなかった。
もうすぐ冬が始まる。
僕は、この冬を越えられるだろうか。
***
「先輩が作ったポスター、とっても好きです」
彼女がそう言ったのは、もう何もかも終わった打ち上げの席でのことだった。
僕が所属するシネマサークルは、毎年学祭に合わせてオリジナルの作品を上映する。
所属する…と言っても僕自身は活動に行ったり行かなかったりで、特に大学3年になってブラックな研究室に配属されて以来、サークルよりも学業優先。さらに言えば学業よりもバイト優先な毎日を送っていた。
最近はサークル員の溜まり場であるアトリエにもすっかり顔を見せていない。
それでも今回、ポスター制作だけでもと参加したのは、監督として作品に情熱を注ぐ同期から懇願されたからだ。
もともと、活字からそのシーンを想像するのが好きだった。
小説から情景を思い浮かべる。
その小説が映画化されると、まるで答え合わせをするように映画館に足を運んだ。
それが、僕と映画との出会いだった。
このサークルに入ることは、入学前から決めていた。
オリジナルの脚本、そこから浮かぶ情景を世界で初めて形にできる。そんな体験を想像するだけで胸が震えた。
でも、1年の時に配属された演出チームで表現の壁にぶち当たった。
頭の中にあるイメージがうまく表現できない。演出チームそれぞれが持つイメージも異なっていて、それらを擦り合わせるのにも苦労した。
思えばそこから、徐々にサークルに向かう足が遠のいていったような気がする。
そんな僕に監督のあいつはポスター制作を依頼してきた。演出チームで何度も意見を戦わせた彼が、「お前に全部任せるから」と言って。
…意外にも、すんなりと制作は完了した。
脚本に目を通して次々と情景が浮かんできた。ポスターを仕上げるのに2日もかからなかった。
出来映えに自信はなかったが、僕はイメージを静止画として切り取るのに向いてるのかもしれない。あいつがそれを見抜いていたのなら、なるほど、彼は立派な監督だ。
ポスターではなく脚本の出来が良かったからだろう。映画は評判で、学祭期間中は回を追うごとに客が増えていった。
おかげさまで、打ち上げは大盛り上がりだ。
向こうでサークル員に囲まれた監督さまが泣きながら大暴れしている。
そこで、僕は彼女に声をかけられる。
新入生の彼女と話すのは、そのときが初めてだった。
それが、僕と山本夏海(やまもとなつみ)との出会いだった。
***
僕は今、広告会社でデザイナーとして働いている。
3年前の学祭での経験が僕の進路に影響しなかったと言えば、嘘になるだろう。
…なんとかやっている。
業界に流れるどこかイケイケな雰囲気には馴染めなかったし、しょっちゅう開催される飲み会には、これまた行ったり行かなかったりだ。
辛いこともたくさんある。
それでも、ここまでやってこれたのは、彼女が「僕の広告が好き」と言ってくれたから。
彼女の言葉をずっと、心の支えにしていた。
***
あれからすぐ、僕らは恋に落ちた。
驚いたことに彼女も僕と同じ目線で映画を観ていた。
打ち上げでそれが判明して、途端に僕らは意気投合。それから頻繁に映画を見ては「あのシーンはこう撮って欲しかった」「私ならこう撮る」と語り合い、お互いの求める風景を探して色々なところを旅した。
「先輩の持つイメージって、なんだかあったかくて、私は好きです」
心動かされる風景や色彩。–––– そういった、ひどく掴みどころないものを共有できたことが、僕らを強く結びつけた。
「私のお父さんは夏が好きで、とりわけ夏は海派なんです。山本って苗字なのに…。夏に私が生まれて、迷いなくこの名前をつけたそうです。でも私は海も山も好き。せっかく自分の名前なんだもの。毎年、夏が来るのが楽しみなんです。」
夏の初めに2人で県外の海まで行った時、彼女が話してくれた。
自分から名前の由来を話す人に、初めて会った。
彼女は夏そのものだ。光に溢れ、キラキラ輝いている。そして光に負けない、強い自分を持っている。
そんな彼女に連れられて、暑いだけだと思ってた夏も少しは好きになれた。なんなら春夏秋冬家派な僕ですら、山と海を好きになれた。
そんな彼女が「絶対向いてる。先輩が作る広告、見てみたいな」と言ってくれたから、僕は今の仕事を選んだんだ。
***
秋の空気が冷たい。
ここ数日降り続いた雨のせいで、気温がぐっと下がったようだ。
広告業界は激務だと聞いてはいたが、これまでの日々は目まぐるしく過ぎていった。
休みもなく働いて、曜日の感覚なんてとっくになかった。
…ほとんど会えなかったな。それがいけなかったのかな。
今年の初夏、なんとか時間を作って彼女と天体観測に行った。子どものときに両親にせがんで買ってもらった、天体望遠鏡を車に積んで山へ向かう。
残念ながら、山の天気は変わりやすい。着く頃には空は薄く曇っていた。
望遠鏡の性能も子ども騙しで、ほとんど何も見えなくて2人で笑った。
けれど、帰りがけに雲の切れ間から満天の星が見えて、思わず車から出て空を見上げた。
車の中で、彼女は自分の進路について話していた。久しぶりに会う彼女からそんな話を聞くのは初めてで、いろいろ悩んでいるようだった。
それでも、「夏海なら大丈夫だよ」と一言だけ返した。彼女なら心配いらない、本心からそう思っていたから。
あのとき、かわるがわるのぞいた望遠鏡の先で2人は違う未来を見ていたのだろうか。
僕がデザインした広告が出るたびに大喜びしてくれた彼女も、4年生になった。
「自分の将来についてしっかり考えたい。私も負けてられない」と関係解消を切り出されたときは、寂しいが応援しようと決めた。
少し経って彼女が別の男と付き合ったと聞いたときは、泣きながら笑った。
彼女の名前から山を取ったらどうしよう…なんて、考えていたのが馬鹿みたいだ。
最近はよく眠れる。
狭いねって言い合いながら寝たベッドは、広々と使えるし、彼女のドライヤーの音に起こされることもない。
彼女の突拍子もない発言が頭の中をぐるぐる回って見せるおかしな夢も、すっかり見なくなった。
繰り返しの毎日の中で、夏から逃げるようにして、仕事に没頭した。
***
気がつけば2人で行った山に来ていた。
職場には体調不良で休むと連絡しておいた。
嘘ではないかも知れない。
もうずっと、自分を騙して限界まで働いていた。
楓が真っ赤に染まっている。
彼女と出会って、僕が好きになった風景だ。
彼女が僕を変えてくれた。
いや、それだけじゃない。彼女と出会って、僕は変わった。
最初はたくさんの広告を作って、彼女に届けようと思っていた。慣れなくても辛くても、彼女のために頑張った。
でも、今はこの仕事も悪くない。
僕のイメージは広告を通して世界中の人に届いている。僕は、世界中の人と繋がっている。
絶えず僕に変わるきっかけをくれた彼女は、もういない。これからは、自分自身の力だけで、仕事に向き合わなければならない。
僕は僕のままで、どこまで行けるだろうか。
ずっと僕を支えてくれた彼女の言葉は、今も胸に残っている。
一歩踏み出す。僕は歩いていく。
季節が変わろうとしている。
ありがとう。
さよなら。
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今日紹介した曲
楓
歌 スピッツ
作詞作曲 草野マサムネ
忘れはしないよ 時が流れても
いたずらなやりとりや
心のトゲさえも 君が笑えばもう
小さく丸くなっていたこと
・
かわるがわるのぞいた穴から
何を見てたかなぁ?
一人きりじゃ叶えられない
夢もあったけれど
・
さよなら 君の声を 抱いて歩いていく
ああ 僕のままで どこまで届くだろう
・
・
探していたのさ 君と会う日まで
今じゃ懐かしい言葉
ガラスの向こうには 水玉の雲が
散らかっていた あの日まで
・
風が吹いて飛ばされそうな
軽いタマシイで
他人と同じような幸せを
信じていたのに
・
これから 傷ついたり 誰か 傷つけても
ああ 僕のままで どこまで届くだろう
・
・
瞬きするほど長い季節が来て
呼び合う名前がこだまし始める
聞こえる?
・
さよなら 君の声を 抱いて歩いて行く
ああ 僕のままで どこまで届くだろう
ああ 君の声を 抱いて歩いて行く
ああ 僕のままで どこまで届くだろう
ああ 君の声を
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