レット・イット・ビー
君と喧嘩した時、仕事がムカつく時、夜眠れない時、いつも家を飛び出して街に逃げ出していた。
夜でもキラキラと光る店に囲まれた道を歩くと、都会の喧騒に呑まれる。
笑う人や泣いてる人、倒れてる人や吐いてる人、色んな人が居て、誰も自分なんか見てないような気がした。
フラフラと知らない店に入り、カウンターに座った。
誘蛾灯のように夜道でも目立つ看板とは対照的に少し薄暗い店内、私の寂しさも溶けていくような気がした。
「ウイスキーが飲みたいんです、この店のオススメは何がありますか?」
「飲み方によりますね、何が好きですか」
「ロック...いや、ストレートで」
「それなら、タリスカーはいかがでしょう?」
なんだそれ、とは言えなかった。
その横のグレンリベットがいいです、とそう言えば良かった。
最初にオススメを聞いたのは自分だったので、見栄を張ってじゃあそれで...と注文した。
出されたお酒に口をつけて気づいた、唇が乾いて切れていた。
きっと美味しいはずなのに、これっぽっちも味が分からない。
でもそれがなんだか恥ずかしくて、わかってるようなフリをした。
きっと私のそういうところがダメだったんだね、君はいつだって等身大だったからそこに惹かれたんだったね。
いつもどんな時も見栄っ張りな私は後悔ばかりだ。
マスターは何も言わずに、チョコの入った小皿を一緒に出してくれた。
店内のBGMが変わった。
高校生の頃に音楽の授業で聞いた、世界の名曲ビートルズのレット・イット・ビー。
英語の歌詞の意味なんてさっぱりわからないけど、何故だか涙が流れて止まらなかった。